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FILE.37

12月10日 日之出


 復拓政策が施行されてはや10ヶ月、その間日之出を中心とした復拓領域では持ちうる限りの能力を行使して整備が続けられていた。

 その成果として今現在の日之出には硬くひび割れた岩盤の一部表面が柔らかい土に代わっており所々に弱々しいながらも雑草の類が生えていた。


「え~では、今から定期会議を始めたいと思う。各自報告があれば行ってくれ」


 日ノ出駐屯地の会議室で葉山 幸三郎陸将が口を開く。

 日ノ出駐屯地は自衛隊の施設でありながら復拓政策の拠点としての機能も設けられているため復興省をはじめとした他の省庁の者たちも存在している。

 復拓政策自体が複数の省庁による共同政策であるためその細かい調整なども兼ねてここ最近ではこう言った会議が日常の風景となりつつあった。


「では農林省から日之出における農地開発の進展状況について報告をさせてもらいます。現在日之出において開発が終了した農地の総面積は5万haまで拡大することに成功しております。とはいってもまだ土壌改良など諸々の作業が残っていますがそれでもイモ類の類であれば耕作は可能と思われます。また、今現在も開発は継続中で年が明けることには更に2割ほど拡大する見込みです」


 開始一番で農林省の役人から日之出で進められている農地開発の報告が上がる。

 5万haと言えば日本国内の農地の総面積の1%越えに当たる。割合から見れば少なく見えるが日之出の地盤は前述の通り硬い岩盤が露出した場所が大半だ。10ヶ月という期間の中で拓いた面積としては上々と言えよう。


「特科の奴らが砲撃で耕してやると言ってきたときは正気を疑ったが、案外うまくいくものだな――作付けは来年から出来るのですか?」

「土壌改良や水源などの問題がありますので全てをすぐに使用ということは難しいかと」


 葉山の質問に農林省の役人が簡潔に答える。

 日之出における農地開発は最初の一時期は電動工具を使っての掘削が主だったが、今では特科によるりゅう弾砲の砲撃と施設課の爆薬による爆破が殆どである。

 というのも岩盤が硬すぎて工具の類が全くと言っていいほど役に立たなかったからだ。

 そんな作業が難航している中で一部の隊員が何をとち狂ったのか「砲撃で穴だらけにすればよくね?」と言ったのを切っ掛けに実際に実行した、してしまったのである。

 りゅう弾自体は爆発によって広い範囲に被害を与えるものだが、一応着弾地点に限れば穴をあけるぐらいの事は出来る。あとはその抉り出した穴を基点に爆薬をセットして岩盤を内部から割るように爆破した後、本土から輸送してきた土壌と入れ替えれば一先ずの開発は終わりである。

 何ともまぁ贅沢な開発方法だが、使用している弾薬は本来であれば訓練や総火演などで消費される予定だったものを使っているので問題と言えるほどのことにはなっていない(F-2などの航空機による爆撃案もあったが流石に費用対効果が悪すぎるということで却下されている)。


「まぁ、何はともあれ順調のようで良かったです。農地開発は派遣当初からの最優先事項でしたからな。あと他には……何がありましたかな?」

「来年に予定されている民間の入植に関する準備ですね」

「あーあれか、確か食糧の備蓄が予定より遅れているとか聞いたが?」


 話題が民間人の日之出への受け入れの準備について変わった中、陸将が担当である復興省の役人に対して質問を投げかける。


「確かに食糧の備蓄が遅れていたのは事実ですが、現在は自衛隊から戦闘糧食などを融通してもらったので大丈夫です。どちらかというと水の確保のほうが深刻ですね。飲料水をはじめとした日之出で消費される生活用水は全て本土からの輸送に頼っているのが現状ですから」


 陸将の問いに復興省の者が頭を掻きながら答える。

 水の確保は本当に頭の痛い問題で今の日之出には雨など降るわけもないので水の補給は専ら本土からの補給に頼り切っていた。

 一応、ちょっとした手違いで起きた水素爆発による事故で小さめな湖沼が出来てはいたが常日頃から使えるほどの規模もないためそちらの方は水草などの植物の移植実験の試験場として利用されている。

 それでも何とか日之出で確保できないかと複数種類の技術を導入しているが、それで得られた水資源は微々たるもので充足には程遠かった。


「水は食料と違い軽量化が出来ぬからな、輸送するのも一苦労だ。そこは空さんに頑張ってもらうしかないな」

「葉山陸将無茶言わんでください、今以上の量を輸送するとなると輸送機の数が足りませんよ。海さんの持っている輸送機をまわしてくれるのであればまだ別ではありますが」

「いやぁ、うちの所は海鳥列島の開拓のための輸送で手一杯ですわ、ヘリで良ければ送れるんですがね」


 葉山陸将の言葉に空自の幹部が抗議の声をあげ、話が飛び火した海自の幹部が目を逸らして苦笑しながらやんわりと拒否する。

 実際問題ここ最近の空自の輸送部隊は民間の入植準備や各省庁の活動の本格化の煽りを受けて労働量が増加していた。


「あー、輸送の問題なのですが、先日国会でようやく話が纏まったようで今後は民間機も利用が可能となりましたのでじきに解決すると思いますよ?」


 どうしたものかと唸る自衛隊の幹部たちを見て、国交省の役人が本土で決定した民間航空機の日之出への立ち入りを許可されたことを話す。

 元々、民間機の利用は早い段階から議題に上がっていたのだが、整備やら管轄といった事で片付けないといけない問題が多すぎて今の今まで実現せずにいた。

 それもようやく落ち着き、今現在日本国内では各航空会社が保有する旅客機の小改造といった準備が進められていた。


自衛隊(こちら)の方ではそういった話は聞いていませんでしたが、そのようなことになっていたのですか、それなら何とかなりそうですな」


 頭を悩ませていた輸送の問題が解決されるとなって安堵する。

 その反面、そのような大規模な事が進められていたのにも関わらず日之出に居た自分たちの方は何も知らずにいたということに内心危機感を抱き、知らず知らずのうちに広がっていた情報格差の是正をする必要がある事を悟った。

 その後も会議は日之出南方の開発計画や生態系定着と話は続いていく。それが日本の未来が掛かっている最前線の光景であった。



日ノ出駐屯地内第1滑走路


 駐屯地内でもっとも面積を持つここでは日々絶えることなく日本本土から日之出で消費される消耗品などの物資の搬入が行われており、駐屯地内で最も稼働率の多い場所の上位に入る。


「えーと、こっちが農林省が取り寄せた種苗と農業機械で、これが環境省の奴で、あれが南方の鉱山開発で使う機材でぇ……自衛隊の戦闘糧食の数が予定より多いな?」


 輸送機から降ろされた荷物を一時保管する倉庫の中で積み荷の確認していた空自の隊員が手に持った端末に記されているデータよりも多く積まれていた戦闘糧食の数に疑問符を浮かべる。


「それ一部復興省宛の奴混じっていないか? 入植前の準備で幾らか融通する話になっていたはずだぞ」

「え!? あ、ほんとだ。復興省の所に載ってやがる。いい加減各省庁ごとにまとめるんじゃなくて物資ごとに情報まとめてくれよ。面倒くさくてかなわん」

「これでも大分マシになった方なんだがなぁ……」


 情報のまとめ方に不満があるのか文句を言う隊員に同じように作業をしていた他の隊員が苦笑する。


「まぁ、分かってはいるんだけどよぉ――なぁ、データにない車両が幾つかあるんだが何か連絡貰ってるか?」

「えーと、ちょっと待ってろ。――――ああ、あった、あった。装備庁から開発中の車両が幾つか実地試験の名目で送られているな。結構急に割り込まれたみたいだから反映されていなかったんだろ」

「装備庁からぁ?」


 装備庁という言葉に怪訝な顔を浮かべる。

 自衛隊の装備の開発を一手に引き受けている防衛装備庁であったが、転移が発生して以降は主だった脅威もなく、予算やリソース等の関係からその活動の殆どを停止しており、縮小化していた。

 そんなところからいきなり実地試験といって開発途中の試作品を送られてきたのだ、疑問の一つや二つぐらいは浮かぶ。


「なんか、前々から進めていた自動運転技術を搭載させた輸送車両みたいで日之出の人員不足解消を理由で送ってきたみたいだな。丁度、8月から進めていたGPS網も完成したって噂だし、チャンスと見たんじゃないか?」

「確かにこっちには交通法なんかないからな、絶好の試験場ってわけか」


 彼らは知る由もないが今回送られてきた試作車はEVタイプの自動運転車で実地試験という建前で日之出と南方の鉱山帯間の輸送を行うために送り込まれてきた。

 ちなみになぜEVなのかと言うと、単純に輸送の際に消費される燃料の削減を狙ったものである。

 何しろ日之出から鉱山帯までは200kmもの距離があるため、その移動だけでも消費される燃料はバカにならない。加えて今後は本格的に鉱山の開発も始まるためその交通量も増加することは明らかなため、燃料消費の削減は重要であった。

 幸いにして転移前の世界ではエコカーや自動運転技術の開発が盛んだったため、日本でもそれ相応の技術自体は完成されていた(法律や制度の関係で普及に関しては後れを取っていたが)。

 元々が国内の複雑な交通事情の中での運用を想定して開発していた物なので道路標識も速度制限もない日之出―鉱山帯のような単調な一本道で走らせる分には十二分だと判断されたのだろう。


「道理で最近太陽光とかの発電設備が増設されているわけだ。――と、よし、これでもう全部だな。まさか他に緊急で運ばれたものとかはないよな?」

「ああ、大丈夫だ。今日予定されていたフライトもこれで最後だからもう無いぞ。発電設備も増設されているがそれ以上に蓄電設備の方が凄いって噂だぞ、何しろ今回の拡張工事では潜水艦に搭載する予定だった蓄電池を利用するって話だ」

「そりゃ、また随分と思い切ったことで」


 確認作業が終わり倉庫から出る途中、同僚からそんな噂の話を振られる。

 日之出の電力事情は良くはないが悪くもないといった感じである。発電される電力の大半は太陽光によるものなのだが、日之出ででは雨もなければ雲すら出ずずっと晴れ続きの天気模様なため天候に左右されやすい太陽光でも割かし安定した量を発電し続けられていた。

 そうは言っても太陽の出ていない夜間では発電が出来ないため、その穴を埋めるために蓄電設備の拡充も同時に進められていた。

 今回、隊員が言った話もそれに関わる話なのだが、流石に潜水艦に搭載する予定だった蓄電池を利用するなんて話はなかった。

 これには日本国内でも蓄電池の需要が拡大し、供給面で不安がある中で建造が中止になった潜水艦用の蓄電池が余ったのでこの際別の所で利用してしまおうというやむを得ない事情があった訳なのだが、そんな事現場の人間が知る由もなかった。


「別に前々から他所の物を代用したり、本来とは異なった用途に使っているものなんか色々とあっただろ? そんなに不思議なことでもないじゃねぇか」


 特に珍しい事ではないと言い切る。

 事実、こういった事例は自衛隊だけでもそれなりにあるもので特科隊による岩盤掘削などがいい例である。


「まぁ、そうなんだがうちの弟が海自に居るんだが、転移を受けて陸やうちらと違って色々と苦労しているようでな。『ここ最近海自に対する扱いが雑すぎる』って本土に戻った時に愚痴られてよ」

「お前の弟の事情なんか知るかいな。確かに今の海自の状態には同情するが」


 突然の身の上話に雑に応える。

 転移後、日本の窮状を打破するために精力的に働いてきた自衛隊ではあるが、陸海空と分けて考えると陸空に比べ海自は目に見えて貢献度が低い状況が続いていた。

 海自の活動領域である海洋が日本のEEZ内までしかない状況では仕方ないのだが、それに追随するように予算関連でも転移前では冷遇されやすかった陸自と立場が逆転しており、装備取得に関しては大部分の装備が取得中止となっている次第である。

 まだ人員の削減が行われていないのが唯一の救いだが、艦艇の乗員たちは燃料の節約のため一部を除いて殆ど陸に上がっているような感じなのでより一層惨めさを引き立てるような事になってしまっていた。


「別に海自全体がそんな扱いではないのだろう? 今日だって確か西方への長距離探索の為に哨戒機が明日送られてくるって話があったじゃねぇか」

「そりゃ、航空部隊は活躍しているが護衛艦乗りの奴らなんか悲惨だぞ、転属願いも増えているって言っていたし」

「めんどくせぇな、おい」


 何とも言えない海自の内情に苦笑を浮かべる。

 気づくと雑談を続けている間に日が傾いていたのか、夕陽が滑走路を淡く照らし始めていた。何事も無い繰り返してきた一日が過ぎ去ろうとしていた。

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