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FILE.38

12月10日 19:00 水那富駐屯地


 日もすっかり沈んで地上がすっかり闇に覆われた中、日之出から北方に位置するミーホウ古代遺跡に隣接する水那富駐屯地では一日の課業を終え、一部の建物に明かりが灯っている以外では静けさを保っていた。


「だぁ、林おまえスキップばっか出すなよ。全然手札が減らねぇじゃねぇか」

「そんなの知りませんよ。文句なら手札配った自分自身に言ってくださいよ」


『えーと、みどり、みどりっと……アンティアさんドロー2枚お願いしますね』

「ちょっ!? さっき、4枚引かされたばっかなんだけど、やることエグすぎるわよ。エメル」


 駐屯地内にある営舎の広間の一角でイタリア語だがスペイン語だがで数字の1を意味する名前を冠するカードゲームで暇を潰していた葉山たちの声が入り混じる。

 いくら自衛隊員と言えと気晴らしは必要で各々が本土に戻っていた際に持ってきた品々は娯楽の「ご」の字もない水那富のような駐屯地では貴重な暇つぶしの道具として重宝されていた。


「はぁ、よくよく考えたらカードゲームでお前にまともに勝ったことの方が少なかったわ」


 自分の番がようやく巡って来て、青の8のカードを出した葉山が何か達観したような感じで息を吐く。


「そんなこと言ってますけど、隊長将棋やチェスとかのボードゲームだったらほぼ無双じゃないですか、イーブンっすよ、イーブン。そういえば明日自分たち物資搬入の手伝いを言い渡されましたけど、特別な物でもくるんですか?」


 軽口を叩いていた林が思い出したかのように明日予定されていた物資搬入の支援について葉山に質問を投げかける。

 駐屯地設営当初は人員の関係でしょっちゅういろいろなところから人手を駆り出されていたが、設営が一段落した今では物資搬入は専ら輸送機を保有している空自の隊員が担当していた。


「別に特別な物ではないぞ、強いて言えば物資の一部の宛先がモノート族宛だから管理責任者のお前が居る俺の隊に声が掛かっただけだよ」

『私たち宛にですか?』


 「なんてことはない」と言いたげに簡潔に理由を話した葉山の説明にモノート族であるエメルが反応する。

 ちなみに彼女の手札はあと1枚まで減っていたがアンティアから林、葉山と連続して受け流したドローカードの応酬によって一気に4人の中で最多の数にまで増やしていた。若干涙目になっていたがそこはスルーである。

 それは置いとき彼女自身は自分たちに向けて送られてくる物について皆目見当がつかない様子であった。


「日本語教育用の教材や子供向けの絵本が送られてくると報告を受けているのですが心当たりありませんか? 前々から要請されていた物だと聞きましたが」

『いえ、心当たりはありませんわね』

「あー、それ自分がちびっ子たちに頼まれていた物ですよ。なんせここって何にもありませんし、子供にストレス溜めさせるわけにもいかないので何とかできないかなぁって思いまして、他にも幾つか遊び道具を申請しておいたのですがそっちの方はどうなっています?」


 アンティアからスキップを喰らった林が割り込むように話す。

 自衛隊によって保護されたモノート族は13人、その内訳は老人1人、成人男性3人、成人女性4人、子供が4人である。

 当たり前ではあるが水那富も日之出に劣らぬ荒野である。唯一の違いがあるとすれば古代遺跡内に高度な建造物群があるくらいだ。

 そんな大人でも参ってしまう環境だ。子供にとっては苦痛この上ないことであろう。余剰となったゴーレムや手の空いている自衛隊員などが相手をしてくれてはいるが、それでも限界がある。何らかの緩衝材が必要であることは自明であった。


「お前ちゃんと考えていたんだな。あんまり動いているようには見えていなかったから気づかなかったわ、――黄色か、リバースで、ほかの物品に関しては残念だが聞いていないな」

「流石にそれはひどくないすか隊長……押し付けられたとは言えこれでも責任者ですから。本当は本土の方に行かせてあげられたら良かったんですけど、以前流れたニュースの様子を考えると厳しそうなんですよねぇ、あ、アンティアさんドローお願いしまーす」

「ちょっとぉ!?」


 部下の働きに葉山が驚嘆し、それに林が細目になり。、妨害を喰らったアンティアの悲鳴があがる。

 モノート族の日本本土受け入れの案は今までも政府の方で度々出てはいたのだが、受け入れ地の選定から住民の説明、交流を始めた接触時の問題の対処など諸々のリスクを鑑みた場合、現状維持が一番楽で安定するということで毎回お流れになっている。

 次いでに理由をあげるとすれば、モノート族の古代遺跡の調査を続けて分かった事なのだが、エメルの名前に入っているエンペラッサという言葉はモノート族の中でも皇族またはそれに近しい血縁を持つ者につけられるものらしい。

 つまり今現在カードゲームに興じている彼女はそれ相応の立場にある者であるのだが、当の本人が保護される前までの記憶の殆どを失っていることもあってこの事実を伝えた時に物凄い薄い反応を返されたがそれでも高貴な出であることは変わりなく警備の面からも水那富の方が安全なところもあった。エメル自身は記憶が無く、どのみちはるか過去の事なのだから気にしなくても良いのにと親しい者に漏らしているようだが。


「日之出と違ってここは古代遺跡の調査のために置かれたようなものですからねぇ。優先順位が低いのは仕方ないっすね。よっしゃ、あがりっと」

『あ、わたくしもあがりです。私たちとしては自衛隊の皆さんに保護されている身ですし、特段不満もないのでそこまで気になさらなくても良いのですが……』


 最後のカードを捨てた林が両手をあげて宣言する。それに追随するようにエメルも同じ数字のカードを3枚同時に捨てて二着でゲームを終える。

 2人がクリアした後、残った葉山とアンティアの一進一退の攻防によってゲーム自体は更に15分間続けられた。結果はアンティアが12回目のドベを刻む形となった。



「水を生成する技術……ですか?」

「はい。ミーホウ族から供与された技術の中にそういった物は無いかと日之出の方から問い合わせが来ているのですがどうでしょうか? 八洲博士」

「うーん……」


 翌日の朝と言うには遅く、昼というには早すぎる頃、ミーホウ古代遺跡に設けられた特務調査課室で八洲 日御子調査員は文部科学省の者の質問を受け、眉間にしわを寄せていた。

 水の生成技術、なぜ今になってそんな技術の有無を日之出が確認してきたのかは、まぁなんとなく察しが付く。で肝心の生成技術の有無だが、結論から言うとミーホウ族由来の技術には存在しない。


「そうですか……」

「元々、ミーホウ族自体海洋を活動圏にする種族でしたからどちらかと言うと浄化技術系の方が優れていますね。そちらの方の技術でしたら設備も回収出来ているので利用できますけどどうなさいますか?」


 八洲の答えに文科省の人間が落胆した表情を浮かべる。

 ミーホウ族は海洋を活動圏とする種族、これすなわち水そのものは溢れるレベルで有していた事を意味する。そうなると海水から淡水化する技術などの方向性の技術であれば色々とあるが水そのものを生成する技術など必要もなかっただろう。何しろ不足することが無かったのだから。


「そういった質問はアンティアさん本人に聞いた方が早かったのでは?」

「いま彼女どこに居るかわからなくて、技術解析を行っている此処の方が早かったんです」

「そうでしたか(十中八九葉山さんの所に逃げたわね)あ、そう言えばミーホウ族の技術ではないのですけど、あれだったら似たような事が出来たような――」


 役人の言葉にアンティアの居場所に見当をつけた八洲が何かを思い出したかのように研究のサンプルなどを保管している部屋の方へと入っていく。

 数分後、彼女は何やら円盤の入った箱を持って戻ってくる。


「えーと、青色の波模様、波模様っと……あれ? 水色だったけなぁ、まだ、色と模様の関連性がはっきり分かってないしなぁ――あぁ、あったあった。これだ。これ」


 持ってきた箱の中身を漁っていた八洲が一枚の円盤を引っ張り出す。

 その円盤は他の物と同じで鉛色をしているが片面には青い水晶のようなもので三重の緩やかな波の模様が装飾されており、中央にはこれまた立派な青色の丸い水晶がはめられていた。


「えーと、これはですね、モノート族の古代遺跡から回収した取扱説明書、取扱説明映像と言った方が合ってるかもしれないけど、分子魔法? というのを発動するための物みたいですよ」

「分子魔法?」


 八洲の説明を聞いた文科の者が理解出来なかったのか、重要そうな単語だけを反復する。


「原子を魔力で覆って、原子同士の繋がりを断ち切ると同時に予め設定しておいた分子構造に再構築するとかなんとか言っていたわよ」

「すいません。もう少し分かりやすくお願いします」

「原子を操って物質を形成する魔法を発動する道具」

「なるほど」


 三回目の説明でようやく概要を理解する。

 モノート族の技術体系が日本のそれとは違い魔法というものを基盤として成り立って居ることは今までの調査でわかっていた。

 八洲から言わせてもらえば科学を構成する要因が化学や物理とは違う物なだけらしいのだが、凡人にはさっぱりである。


「これに生成したい物質の分子構造を登録して魔力を使って起動すれば周囲から必要な元素を収集して合成をするみたいよ。化学に喧嘩売っているわよね。ほんと」

「つまりこれを使えば日之出や水那富での水不足を解消出来るわけですね?」

「え? 無理に決まっているでしょ」

「はい?」


 お互いの認識に差異があったのか今一つかみ合わない会話に文科の人間が一瞬頭をひねる。

 今までの話の流れからして日之出などでの水不足解消のための手段を提示してきたものとばかり思っていたがどうも違うらしい。


「いや、だって分子構造の登録が出来ないし、そもそもこれを起動するための動力源となる魔力の利用方法だって分からないのだから使えるわけないじゃない。バカなの?」

「え、説明書があったんですよね?」

「あったけど、だからって使えるとは限らないでしょう。元々が私たちの常識を遥かに超える技術で作られたような産物よ?」

「じゃあ、なんで出してきたのですか」

「水を生成する技術があるかどうかは聞かれましたけど、使える技術かどうかまでは聞かれませんでしたから考慮に入れてなかっただけ」

「えぇ……」


 まさかの八洲の使えない宣言に困惑の色を隠せない文科の役人、確かに技術の有無しか聞いてはいなかったが聞いた目的が水不足の解消なのだから使える物が前提だということぐらい考えればわかるだろうよと言う言葉を飲み込んだのはよく耐えた方だろう。


「えっと、これの他に何か可能性がありそうな物は――」

「あるわけないでしょ」

「ですよねぇ」


 ダメ元で他の方法を聞いてみるがピシャリと否定されてしまう。

 折角希望の光が見えたと思ったら一気に谷底に突き返された気分であった。


「えーでは、この技術を使えるようにする事は可能でしょうか?」

「今はミーホウ族の技術解析で手一杯だからそんな余裕ないわよ? ご要望でしたらモノート族の物を優先しますけど」


 イエスかノーで答える質問に時間が無いと返す八洲、はっきりとした言質は取れなかったがつまりはそういうことなのだろう。


「――――はぁ、わかりました。上にはそのように報告しておきます。そう遠くないうちに別命があると思いますのでその時はどうかよろしくお願い致します」

「はい、わかりました。あ、そうだ。折角ですし、これ次いでに持って行ってください。最新の研究成果の報告書です」


 要件を終え帰ろうとした役人に八洲が思い出したように大量の書類の束を押し付ける。

 本来であれば定期便にて持っていかれる予定だったものだが、どうせなら帰る次いでに持って行ってもらおうという魂胆のようである。


「持っていくのは構わないのですが、やけに量が多くありませんか、これ」

「あぁ研究が中途半端なのが多くてしばらく定期報告サボっていたからねぇ、量が多いのは仕方ないわよ。気にしないで」

「気にしますって、中途半端でも構いませんからちゃんと報告はしておいて下さいよ」

「前向きに検討して善処します」

(あ、これぜってーやんねぇわ)


 八洲のテンプレ的な拒否の言葉を聞いて役人の目線が遠くなる。

 これ以上は何を言っても無駄だということは分かり切っているため、そのまま大人しく引き下がる。

 役人が帰り、ようやく面倒事から解放された八洲は中断させられていた研究を再開するのであった。


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