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FILE.36

山口県熊毛郡上関町


 瀬戸内海に接している小さな町の一部となっているある島にはおおよそ人口5000人にも満たない町には似つかわしくない無骨な立方体の構造物が海岸に建ち並んでいた。


「臨界状態、安定しました。3号炉、正常稼働です」

「4号炉及び5号炉、連鎖反応開始しました」

「3号炉を発電状態へ移行、4、5号炉は安定まで監視を継続しろ」


 白いLEDライトに明るく照らされた制御室で作業員たちのやり取りが続けられる。

 2040年現在、日本には23か所61基の原子炉が存在していた。その内の8基がある上関第一、第二原子力発電所では今まさに未稼働のままであった6基の原子炉が稼働されようとしていた。

 過去の災害を受けて未曾有の事故を起こし、一時は脱原発へと世論が傾いた日本であったが転移前では脱するどころかその数を増やす事態になっていた。

 理由は簡単で日本の有していた原子力技術が最先端に匹敵するレベルまで成熟してしまっていたからだ。

 原発事業を廃止するとなると当然ながらその道に精通している技術者らが職にあぶれることになる。転職に成功したり、外国の原子力企業などに再就職などで済めばまだ良かったのだが、一部の者が金に糸目を付けない引き抜きを受けて原子力事業に参入したてや発展途上といった場所にいったり、ひどい例ではテロリストなどにその身を狙われたりして一時国際的な批判を受けることになった。

 原理さえ知っていれば民間でも装置自体は作れる時代だ。たとえ平和目的で民間利用のための技術とはいえ、使用方法を間違えば危険なものには違いない。そんな技術を持った者たちを何の方策もせずに野放しにすれば批判の一つや二つ出るのは当たり前であった。

 そんな批判を受けたこともあり不用意な技術流出防止のために方針の転換を図ることになった。


「一昨日は1号炉と2号炉が稼働して明後日は6、7、8号炉が運転開始か――ドンガラ扱いのこいつが稼働する日が来るとはねぇ」


 運転状況を見守りながら所長と思われる中年男性が感慨深げに言葉を漏らす。方針の転換で原子炉の数は増加したものの、実際の稼働数は原子炉単体の発電量の増加や2020年に大規模災害に備えて建築分野の関連法が改正されたことでそれ以降の建造物には自家発電能力を付与することを義務付けられた事もあってそう多くはなかった。


「来週は青森の大間と東通の原子炉6基の稼働が計画されているみたいですよ。来月には敦賀と美浜も動かすようです」

「そりゃまた大盤振る舞いだな」


 作業員の言葉に意外そうな顔をした所長がそう発言する。

 日本の発電電力量は年間1兆kWhを超えており、その内実に6割近くが海外からの燃料資源の輸入によるものだった。それらが転移によって途絶えた今、その穴を埋めるために建てられたものの稼働されることがなかった原子炉に白羽の矢が立ち現在に至っていた。

 ちなみに核燃料に関してだが、改定された新非核三原則と相まって広島及び長崎の地下保存施設に大量に保管されているため数十年は枯渇の心配がない。


「燃料の心配がないとはいえ、扱いが面倒なものであることは変わりないからな。とっとと他の方策に移ってもらいたいものだな――」

「ですね。幸い今は反対運動などといった物は起きていないのが唯一の救いです」


 腕を組みながら話す所長に近くにいた作業員が同調する。

 過去の事故を教訓として建てられた原子炉はいずれも自然災害に対して高い安全性を備えられているが、その反面常時稼働するには色々と難があるものとなっていた。

 また、いくら安全面を強化したとはいえ不安や不信感を持つ者はやはり一定数いるもので転移前の原発の扱いは緊急時用の非常電源扱いとされ、基本的に稼働はされていなかった事もあり作業員たちも不慣れなところが多々あった。

 そんな中でも行われる稼働作業、日本のエネルギー事情を如実に表す一つの光景がそこにはあった。



 場所は変わり、とある県の近郊外にひっそり建っている工場があった。いや、工場というよりかは作業所と言った方が適切かもしれない。何しろそこで行われているのは組み立てではなく解体でそれらを行っているのは工員等ではなくそこらに居そうな学生や子供、主婦といった人たちであったのだから。


「ゆかおねえちゃん、ここの部品ってどうやって外せばいいの?」

「んー? あぁ、そこはここをこうやってねー」


 まだあどけなさが抜けきれない中学生と思われる女の子に話しかけられた八代 ゆかは女の子の手に収まっていた小型の機器を見て、柔らかい口調で教えながらそれを部品ごとに分けていく。

 彼女たちは今、生活保護管理制度の継続適用条件となっている公共奉仕義務の消化のためにある資源リサイクルセンターにて廃棄された機器の分解作業を行っている最中であった。

 生活保護管理制度はより包括的で完全な社会保障制度の名目で改正された生活保護制度の新たな名前で、制度の仕組みとしてはベーシックインカム制度をベースとして組み立てられている。

 ベーシックインカムと違うところは適用される対象者が完全な未収入者である事と、適用を継続されるためには八代達がしているようないくつかの条件を満たす必要がある事である。これはいわゆる不正受給者に対する抑止を目的とする反面、200万人にも達する受給者の人材を有効活用するための作られた規則であり、労働が可能な健常者であれば各自治体から紹介された労働をこなし、障害や傷病者には医療技術への貢献のための臨床試験等の協力、義務教育課程の子供に対しては貧困による学力レベルの格差を是正するために一般の教育課程以上の勉学を義務付けられていた。

 また、名前に『管理』の文字が入っているだけあって受給者に対する支援はそれなりに手厚く保障――を通り越してかなりきつく基準化されている。住む場所は勿論のこと、着る服や所有できる物品、その日の食事の献立とその名の通り完全に自治体の管理下に置かれていた。この制度の受給者たちに「自分たちは絶滅危惧種の動物か何かか?」と言わしめるあたり相当なものであることが感じ取れる(転移後は受給者の数が増大したこともあり多少緩和、もとい保障の質の低下が行われたが)。蛇足だが、この制度の性質上外国国籍者への適用は外交問題になる可能性もあるため罰則付きで明確に禁止されており、一部界隈からは批判の声が上がっていた。

 まぁ、この制度のおかげで配給制への移行がさほど混乱もなく行えたり、耕作放棄地の再生や都市鉱山のリサイクルによる資源回収といった人の手が大量にいる分野への人材確保が容易に出来たのだから一概に悪いと言えないのがまたなんともといった感じである。


「それにしても、平日の、しかも真っ昼間から学生が働くっていうのもなんか変な光景よねぇ。冬休みだからっていうのもあるんだろうけど」


 黙々と分解を続けていた八代がそう呟く。

 部屋には彼女を含めて数十人ほどの人がいるが、割合はほんの少しではあるが学生の方が多いようだ。

 本来であれば義務教育課程の者は労働をする必要はないのだが、計画停電などの政策の影響を受け娯楽が壊滅なまでに減った今、時間を持て余した生徒たちが暇つぶしの一貫で参加する事があった。また、作業内容によっては小さな子供などに今では貴重品の類となった嗜好品(チョコや飴等)といった物品の融通が時たまされることもあって、それ狙いで作業に従事している子供などもそれなりにいた。転移前であれば子供の人権云々で騒ぎ立てる輩が出てきそうな光景だが、逼迫する日本の状況を実生活で直に感じることが出来る今となっては態々そんな無駄な事に興じる者などいるはずもなかった。仮にいたとしてもかなり高い確率で民衆から白い目で見られることになることになるだろうが。

 転移前では考えることも出来ないような事が普通と化している現在、悲しい事ながらこれもまた日本の日常の一面であった。


横浜市磯子区


 海岸に面する巨大なドックの中にこれまた巨大な灰色の艦が鎮座していた。


「機関部とバッテリーの接続は慎重に行えよ。向こうでは何度も爆発しているんだ! こんなところでやらかしたら一大事だぞ」

『了解です』


 艦の周りで作業をしていた者たちのやり取りが行われると同時にクレーンを使ってドック内に一際大きい機械が運び込まれる。

 そのまま甲板に置かれた機械は待機していた作業員の手によって艦内に運び込まれていき設置作業が行われていく。


「しっかし、ただの整備作業かと思ったらまさか改装を命令されるとはな。おまけに改装の主役が異世界製ときたもんだ」


 作業員の一人がドックで鎮座している巨艦、もといJD/C-184『かが』を見上げる。

 かがは8月に定期整備でドック入りをしていた訳だが、今はミーホウ古代遺跡より回収されたエンジンの性能確認を行うための改修作業を施されている最中だった。

 改修内容としては主にエンジン周りに手を加えられることになるが、それと並列して艦の形状の変更も行われることになる。これは試験に使われるエンジンの仕様上、運用される環境が海洋から陸上、空中まで拡大するためで、水を切るように設計された今の形では色々と不都合が起きるとの判断で決定されたものである。とはいっても、行われることは船底の形を平面にするために追加の装甲を取り付けるだけなのでそこまで大規模な工事とはならない。


「それにしても普通の作業ではないとはいえ、工員の数が多いですねぇ、いがやこうがを造った時より多いのでは?」

「転移災害によって第5護衛隊群創設のための建造計画が殆どストップしたからな。少しでも働き手を動員したいんだろう」


 転移前の東アジアでは言わば一種の軍拡競争が繰り広げられており緊張が高まっていた。特に中国が10年単位で作り上げた多数の機動艦隊は専守防衛を堅持しようとしていた日本にとっても自衛隊の能力拡大を決断せざるを得ないほどの存在となっていた。

 その計画の一つとして立ち上げられたのが「第5護衛隊群編成計画」であるのだが、それに付随するかのように自衛艦の建造を手掛けていた企業ではここ数年は建造ラッシュによる好景気に沸いていた(ついでに言うと本計画と並列して進められていた機動航空団編成計画によって航空機産業の関連企業も同じような現象が起きていた)。

 それも異世界転移が起きたことによって表立った脅威が消失した事で計画の大部分が凍結されたことによって吹き飛んでしまった。結果的に拡大した需要を満たすために施設投資などをして拡充を行っていた企業群に思わぬ負債を抱え込むこととなった訳でその穴埋めをしようと今回の改修作業には通常の3倍の工員が導入されており、納期の2月を待たずに年内の完了も範囲内入れられるほどのスピードで作業が進められていた。


(これの結果次第で今後の日本の未来が変わる……。ネットとかじゃそんな噂が立っているが実際どうなることやら、何でもいいからしっかり頼みますぜ)


 改修が続けられるかがを作業員が見つめる。

 彼のいう噂は半ば本当のことであり、政府は来年に控えた日之出方面への民間企業の入植の調整や準備を行っており、その一つとして今回のカテル・ルルオ文明圏由来の技術検証が入っていた。

 特にエンジン技術の検証は最優先対象でこの結果によっては日本―日之出間の物資輸送事情が変化するのだ。依然として日本―日之出間の物資輸送は輸送機に頼っているのが現状である。場所が場所故に方法が限られるのは仕方がない事なのだが、民間の入植が始まるとなると流石にもう少し効率の良い方法が取りたいところであった。また、ひと昔前と比べ国内の航空業界が発展しているとはいえ、航空先進国であるアメリカなどと比べるとまだまだ日本の業界は層が薄く余裕があまりない現状では無茶をさせたくないというのが政府レベルでの見解であった。

 そんな中行われたミーホウ族からのエンジン技術供与はまさに救いの一手みたいなもので、政府関係者としては何としてでも取得しておきたいものであろう。

 様々な思惑を受けながらも改装が進められていくかが、その様相は異世界に放り込まれながらも適応していこうとする今の日本を表しているかのようであった。

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