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12月2日 日本国・官邸
「さぁ、会議を始めよう」
年の終わりが見えつつある日の朝、首相である伊東 久文が官邸の閣議室でそう声を出す。
閣議室には官房長官である田中 光秀をはじめ各省庁の要人が揃っていた。
日本が転移して初の年越しが迫っている昨今、依然として気が抜けない状況が続いてるが、それでも時間の経過に伴って国内の混乱はそれなりに収まってきていた。反面、政府や省庁が抱える問題は増大しており、より一層の努力を求められていた。
「農林水産省より今年度の食糧生産に関する報告です。今年の食糧生産量は前年度比で132%まで拡大、食糧自給率で見ると6割前後でした。幸い転移当時から厳格に行われていた配給制と災害時に備えていた備蓄食料を利用のおかげで餓死者は出ませんでしたが、来年からは備蓄は尽きるため純粋な生産力で賄わなければならず、かなり厳しい状況です」
始まって早々、白田農林水産大臣が口を開き、現時点での日本の食糧事情について報告を行う。
日本が転移してまず真っ先に問題になったのは当たり前ではあるのだが食料の不足であった。
日本の食料自給率は2010年代において、カロリーベースで40%辺りを推移していた。転移当時の2040年時点では少しばかり改善して半分以上まで上がっていたがそれでも半分である。
どうしても足りないところは災害用に備えていた物資を切り崩して補ったが、それも今年いっぱいで限界を迎えることから早急に次の手を打つ必要があった。
「来年の食糧生産計画はどうなっている? 考えていないわけではないのだろう?」
「兎に角、主食である稲作は今年同様、多収性を見込める飼料米用品種を積極的に推進していきます。タンパク源に関しては畜産業が壊滅している現状、漁業で補うほかないのですが、エネルギーの問題が……」
少し言い淀みながらも白田大臣が来年の食糧生産に関する説明を続ける。
小麦といった穀物類の輸入が途絶えたことによって今の日本の主食は専ら米である。
米そのものは自給出来ていると言える程度の数値であったが、それはあくまでパン類の需要増加によって米の消費量が減少した環境下での数値、転移後はその反動を受けて一時は品不足に陥るまで需要が激増していた。おまけに小麦に限らず肉や野菜といった物の需要まで吸い取ったせいか、依然として需要増加は続いており今までの低収量高品質の稲作では賄えなくなってきていた。
農林省も対応として飼料米の作付けへの切り替えを行っていた。何しろ収量だけなら2010年代の時点ですら10a辺り1000kg近い量を収穫出来る品種が存在しているのだ。これは食用米として一般的なコシヒカリの収量が10a当たり約500kgと比べると実に2倍近い数字である。
味はあれだが、ともかく量は取れる。農林水産省としては当分の間はこれで凌ぐ予定であった。問題があるとすれば多収性を確保するために大量に投入していた肥料をどう確保するかなのだが、そこは他の省庁と協力するほかないだろう。
また、タンパク源の確保も問題だ。
畜産業が壊滅した今、タンパク源の供給は漁業と細々とおこなわれている狩猟によって賄われている。
だが、限られた海域と海洋資源では国民の全てを賄うにはあまりにも足りなかった。狩猟の方も元々の規模が縮小傾向にあったためか、局地的な範囲で留まっているようである。
「養殖事業の拡大などで対処は出来ないのか?」
「養殖魚の殆どは他の魚を食べる肉食魚です。リスクなどを考えるとあまりお勧めはしません」
対策案として養殖業の拡大が挙げられたものの白田大臣は難しい顔をしたままそう述べる。
日本で養殖されてる魚介の種類は主にホタテガイやカキ類、ブリに真鯛などが挙げられる。
貝類などはまだ良い。これらが食べるものは主にプランクトンなどの微生物だからだ。だが、魚類となると話が違ってくる。
養殖で消費される餌に利用されるのは主にサバ類やアジといった魚なのだ。当然ながらこれらの魚類は今の日本人のタンパク源としての需要が拡大しているため、そう簡単に増やすわけにもいかない。また、区切られた生簀内で密集して飼育している関係上、疾病などにも最新の注意が必要となり薬品の投与や排せつ物による海洋汚染の対策の策定などといった問題が山積している事も事実であった。
畜産をはじめ、動物を人の手で扱うことに生活環境の安定がいかに必要かということが嫌と言うほど分かる事例であろう。
「食料問題というものは本当に厄介なものだな。手を打っても、打っても終わりが見えない。まるで底なし沼だ」
先見えぬ状況に伊東総理が弱気な言葉を漏らす。
食料の自給率の低さは転移以前から長きに渡って日本を悩ませていた問題だ。そうそう簡単に解決出来ないことは初めからわかっていたことだが、それでもこうも問題ばかり出てきて改善の兆しが見えない状況が続くと精神的にもきついものである。
うだうだ言っていても仕方がないので会議の話題はそのまま国内の経済状況に移る。
「国内経済に関する報告です。今年のGDP成長率は当然ながらマイナス、失業率は類まれ見ないほどの高水準を更新しております。その他にもエネルギーや資源等々、問題が山積している状況です」
議題が変わって早々、谷経済産業大臣の報告によって閣議の参加者全員がため息をつき、項垂れる。
これもまた分かり切っていた事なのだが、ただひたすらに増産を促せばよい食糧問題とは異なり様々な要因が複雑怪奇に絡まって成り立っている経済では有効な手段を一つ打つだけでも中々に骨の折れる作業であった。
「失業者対策に関しては海鳥列島と日之出に民間団体が入植を始めるまでもう少し掛かるか……。それにしてもエネルギーはまだしも資源か――現在の活動領域での解決はやはり難しそうか?」
難しい顔をしながら伊東総理が問い直す。
転移当時から食糧問題と並行して解決に取り組んでいた資源問題だが、その進展はやはり芳しくない。幸いにして転移前の国際情勢の煽りを受けて、備蓄量の拡大やリサイクル技術の急速的な発展のおかげで現状では多少の不自由はあるものの何とか保つことができている。
だが、今後は各国外駐屯地での開拓が活発化することが予測されており、民間企業の受け入れも法整備等が完了の目処が立ったことから消費量の増大が確実視されていた。
国内で保たせる分には時間的猶予があるが、開拓を推し進めるには圧倒的に不足している状況が今現在の資源事情であった。
「日之出南方にある鉱山地帯の開発準備がどうにか完了しているので民間企業の入植が始まり次第、本格的な開発を始められますがそれでも現状で把握している採掘可能な鉱物資源は鉄や銅類が殆どで先端機器などに需要があるレアメタル系は依然としてまとまった量は見つけられておりません。こうなると燃料資源として消費されている石油資源の削減のための政策が進められません」
総理の質問を受けて谷大臣が答える。
転移から10カ月が経った現在、日之出では現地の自衛隊の駐屯部隊の活躍によって民間人を受け入れられるレベルまでには環境が整備されている。特に南方に広がっている鉱山地帯の整備は目を見張るものがあり、開発に必要な技術者と機材さえ搬入出来れば支障なく即開発が進めれれる程度に生活環境が整えられていた。
だが、南方で確認されている鉱物資源は銅類が殆どであり、ある政策のために需要が増加傾向にあるレアメタルの類は依然として国内の備蓄に頼る状況から脱せずにいた。
「やはり活動圏を拡大して調査を進めるしかありませんかな?」
「しかし、すでに自衛隊の国外展開能力は飽和寸前です。リスクが高すぎるのでは?」
「それなら国の海底資源の開発を進めるのはどうだ? そっちならまとまった量が複数箇所で確認されていただろ?」
「採掘技術がまだ開発段階のものをどうやって開発するのですか、無理に掘ってもロスが多すぎて長期的にみると損しかありませんよ」
「そういえば国内の既存の鉱山の再開発の件はどうなっているのですか? 量は期待できないとはいえ取れることには取れるのでしょう?」
「すでに取り掛かっていますよ。その結果を踏まえての現状がこれです」
「もういっそのこと東方にある古代遺跡近辺を短期間だけでも調査するべきでは? アンティアさんが言うには資源産業を主要としていた種族の領域だったのでしょう?」
「ですから、すでに輸送能力が一杯一杯ですと言いましたよね? あそこは遠すぎますよ!」
「皆、すまないが一度静かにしてくれ……」
閣議に参加している閣僚たちが各々に案を出してくるが、いずれも何らかの支障がありなかなか考えが纏まらない。それに比例して紛糾し始める様子を見て伊東総理が口を開いて一度場を鎮める。
「一先ず谷大臣、確認しておきたいのだが日之出南方の鉱山地帯は民間企業さえ入れば直ぐに開発を始められるのだな?」
「はい、そのように報告を受けておりますし、すでに本省の方で開発を執り行う企業の入札を開始しています」
「そうかわかった。それなら我々は今は打てる手を打つことを優先しよう。つまり日之出及び海鳥列島への民間人の入植の前倒しだ。幸いにして関連法案は既に通してあるからやれるはずだな? 現時点で入手の目処が立っていない資源に関しては今後も対策案を模索するほかあるまい」
日之出南方の状況を今一度谷大臣に確認した伊東総理がそう宣言する。解決の糸口が見えないものを延々と考えるよりも今出来ることを片っ端から取り組んでいく方を優先することにしたようである。
大まかな方針が決まり、次の閣議は次の議題へと移っていく。新たな年を迎えるまでいよいよ1ヶ月を切ったこの頃、日本の取り巻く環境は待ったなしの状況一歩手前まで迫ろうとしていた。




