FILE.34
「うーん……ここは……?」
意識を取り戻したアンティアはいつの間にか自身の姿が生成されている事に困惑していた。
ルタツミの淡い光で照らされている部屋は馴染みある地下室なのだが、なぜかいつもとは違う雰囲気が感じられた。
「あれは……人?」
しばらく周囲を見渡していたアンティアが整然と並べられている機器の周囲で動く人影を見つけそっと呟く。だが、その意匠は今ではすっかり見慣れた自衛隊員をはじめとした日本人の形ではなく彼女と同じ体部に魚のヒレのようなものを生やしたミーホウ族のものであった。
『……――――?――……――』
『#$……%#、―――##%!?』
何やら話しているようなので聞き耳を立ててみるが全くと言っていいほど内容が頭に入ってこない。しばらく考えた後に今彼らが話している言葉が日本語ではなく、本来ミーホウ族が使っているべき言葉であることに気付く。
急いで言語システムを切り替えた所、今度はなんの問題もなく理解できるようになった。
『避難船はこれで全部上がったのか?』
『ああ、さっき衛星の基地から無事に出港できたものは全て確認したと連絡が来ていた』
『陛下はやっぱりお残りになられたのか……』
『一国の王たるもの民が居る限り居続けるのが役目だとか言って無理やり居座ったらしい。宮廷務めの奴らが頭を抱えていた。まぁ、何とか王太子殿下や姫殿下は逃がせることが出来たから避難民の事は心配はないだろう』
作業をしながら話しているミーホウ族の者たち、だがその言葉は何故か薄い膜を通して聞こえているみたいに現実感がない。まるで古い映像を見ているような感覚だ。
「これは一体何なの?少なくとも現実ではないのでしょ『ちょっと貴方達!父上を見なかった!?』」
『ひ、姫殿下!?何でここに!?』
機械の稼働音が続く地下室に突然女性の声が響き渡る。そして部屋に入ってきた者を見て部屋に居た者たちが驚きの声をあげた。それはアンティアも例外ではなかった。
「え、わたし!?」
驚く彼女の目の前に現れたのは自分と瓜二つの姿をした女性だった。
突如現れた女性は周囲の者たちが驚いている事を気にせずにスタスタと部屋の中を歩いていき、そのままアンティアの目の前まで進み、そして彼女の身体をすり抜けて奥へと向かって行った。
その光景を見てようやくアンティアはこれがシステム内の情報によって形作られた世界だという事を悟る。
そしてシステム情報によって形作られた自分が地下室の奥の一室へと入った所で場面が変わる。今度は何やら高官と思われる者たちが円状の机を囲い話し合っている所であった。
『避難船は全て宇宙へ上がりました。今この星に残って居るのは政府関係者と軍だけとなります』
『第7軍との通信が2時間前を最後に繋がりません。壊滅したものと思われます』
重苦しい空気の中、淡々と言葉を述べていくミーホウ族の者達、その雰囲気から何らかの軍事行動中だという事が察せる。
『皆、苦しい中でよく堪えてくれた。諸君らの働きのおかげで我が国の未来を絶やすことなく繋ぐことが出来た。本当に大義である。だが、まだ我らの役目が終わったわけではない。我々に国を、そして星を捨てさせた奴らは今もなおその脅威を振りまいており、その勢いは衰えることは無い。せめて奴らに一矢を報いなければ今まで犠牲となった者たちに顔向けが出来ぬ。諸君らの命、今一度譲ってほしい』
最高位についていると思われる初老の男性が部屋に居る者たちに向けて言葉を掛ける。その言葉を聞いている者たちの反応は様々であったがそれでもその瞳には強い意思が宿っていた。
『父上!!』
広い会議室に凛とした女性の声が響く。
気付くと部屋の入り口で当時の『アンティア』が立っていた。
『アンティア、何故ここにいる!?避難船はどうした』
『父上が居ない事に気づき、無理を言って戻ってまいりました。父上、今ならまだ間に合います。私と共に来てください。民にはまだ父上が必要なのです』
慌てた様子で「父上」と呼んだ男性に向かって言い寄る『アンティア』、だが、意見に相違があるのかなかなか話が纏まらず口論が続く。
だが、そんな最中、突然大きな揺れが辺り一帯を襲い口論はそこで中断される。
『最終防衛ラインが突破されました!このままでは数時間もしないうちにここへ到達します!』
『――クッ!!アンティア、こっちへ来なさい。そなた達、暫くの間この場を頼んだぞ』
『かしこまりました。陛下』
『父上!?一体どこに――脱出艇は逆の方向です!』
何か決心をした男性が『アンティア』の腕を掴み強引に引っ張っていく、意図しない行動に驚き『アンティア』が声をあげるが意も介さずにそのまま彼女を引きずっていって更に地下へと続く階段を降りていく。
降りた先には幾つもの縦長のカプセルが並べられた部屋が広がっていた。何らかの機械が始動しているのか、低い駆動音が部屋に響いている。
『父上、一体ここはなんなのですか――?』
『いつか奴らが消え、再びこの星に生命が宿る時が来た時に我が国の再興のために必要なものだ。ここで眠っている者共らは国家再興の未来のために今は死んでもらっている――』
動揺している『アンティア』に語り掛けるように男性が説明する。その間も足は歩むことを止めず進み、やがて他の機械群よりひときわ大きい機械の所までたどり着いた。
『最後の防衛線が破られた今、この周囲の海域はもう奴らの手に落ちているだろう。その中で脱出する事は不可能に近い。これはマガミヤ、アム・ルー・スン文明圏と我らのカテル・ルルオ文明圏が共同で造り上げた最初で最後の発明品だ。目的は此処に在る物と変わりないが、これは使用者を生きた状態で保護できるように設計されている。本来であれば私がこの役目を引き受けるはずであったが状況が変わった。アンティア、そなたがこの国の未来を再び切り開くのだ』
『父上、それは――きゃ!』
話を聞いていた『アンティア』が何かを言おうした瞬間、いきなり身体を抱きかかえられて機械の中へと押し込まれる。
突然のことで抗う事が出来なかった彼女をよそにカプセルの扉が閉まり外界と遮断される。ガラス越しに立つ父に向けて叫び声をあげるが無情にもその声は外に伝わることが無かった。次第に視界が眩みだし意識も朦朧としはじめ、そして――――
「ツッ!!――――――」
システムが作り出した情報の世界から意識を切り離したアンティアが激しい動悸とともに目を覚ます。無意識のうちに姿を形成していたのか、いつもの地下室で横になっていた体を起こして辺りを見わたす。額にはガラにもなく脂汗を浮かべていた。
「今のは……過去の記憶?なんでこんなものを今の今まで――あーダメ、完全にこれ以上の記憶の情報が遮断されているわ。そういえばあの記憶が事実なら、あそこも――」
混乱する頭でどうにか考えを纏めようとするアンティア、しばらく考えてまずはさっきの情報の事実確認をしようという考えに至り、メインシステムを介して遺跡全体の設計を再読取しはじめる。
しばらくして目的の部屋を見つけたので一度身体を消して移動する。
再度身体を再生した部屋はついさっきまで見ていた機械群が収められている部屋と完全に一致していた。
しばらく辺りを散策していたアンティアであったがやがて部屋の中で一番大きい機械の前にたどり着き、機械に掛けられていたプレートに刻まれていたミーホウ族の文字を指でなぞる。
『我が愛しき娘アンティア、いつの日か目覚めし時が来ることを願う。幸あれ』
短いその文字を読んでアンティアが膝をつく。彼女の頬には光るしずくが筋を描いていた。
「私の身体、ここにあったんだ……」
絞り出すような声で呟いた彼女の言葉が誰もいない部屋で静かに伝わる。何とも言えないその事実にしばらく彼女は動くことが出来ず、自分の身体が収められている機械に光り輝く己の身体を預けていた。
日本国・官邸
「ふーむ……いったいどう扱ったものかな」
日之出での視察が終わって数週間後、いつもどおり行われていた閣僚会議の最中で伊東総理のそんな声が漏れ聞こえて来る。
今彼の頭を悩ませているのは復拓領域にて提供されたモノート族の長と思われる者が残した演説とそれによってミーホウ古代遺跡より新たに開示された情報についてである。
「どう考えても厄介な事になる予感しかせんな。防衛省の見解を聞きたい。頼めるか?」
一先ず他の者たちの意見を聞こうと腕を組んで思案していた総理が西郷防衛大臣にそう言って発言を促す。話を振られた西郷大臣は軽くうなずいて席を立つ。
「防衛省の見解としては一先ずこの星に我々の脅威となる存在が居る可能性がある。この事実に対して対応を考えていきたいところですが情報が足りません。しばらくの間、アンティアさん達と協力して情報の収集に当たりたいと考えています。もっとも今分かっているだけでもかなり面倒な輩であることは確定の様ですが」
「仮に報告で示唆された敵対勢力と交戦が不可避となった場合、今の自衛隊でどのぐらい戦えそうか?」
話を聞いて総理がそう繋げていく。未だに危機的状況を脱していない現状で余計な争い事は勘弁してほしいがそれでも避けようのない事であれば腹をくくるしかない。そうなると重要となってくるのは自衛隊が有している継戦能力だろう。これの程度によっては日本の未来が変わるかもしれないので余計な不安定要素は取り除いておきたいところだ。
「相手が分からぬ以上、断言はできません。ですが、継戦能力に関しては装備ごとに差がありますがだいたい4日は全力で戦えるとこちらでは考えております」
書類を確認しながら西郷大臣がそう伝える。
転移前の世界では自衛隊はその保有する継戦能力は法律によって1週間前後を目標としていた。期間だけを見ると余りにも短いと思うかもしれないがこれにはちょっとしたカラクリが仕込まれていた。
自衛隊の継戦能力を導き出す時、想定されている弾薬などの消耗状況が該当する装備の『全保有数』がその能力を『永続的』に発揮すると仮定して完全に消費しきる期間という事になっている。
例として89式小銃での弾薬保有量を推測するとした場合、89式の保有数は大雑把にまとめて10万丁、発射速度は分間で最大850発、以上のことから10万丁の小銃が分間850発撃ち続けて消費仕切るまで掛かる時間が89式小銃の継戦能力という設定となる。普通に考えればありえない想定である。
航空機用のミサイルであれば装着可能な全ての機体が再装着などを鑑みないで延々と撃ち続けて消費仕切る期間となる。
これを現実に即した運用方法で換算すればその期間は月単位まで延伸することになるのだから馬鹿に出来ない。財務省から予算を分捕るために考え出された規定であったが今はこれが良い面で効力を発揮していた。
「まぁ、一先ず慌ててもどうにもならないか。なにが起こるかは予測がつかぬが出来るだけ万全の準備を心掛けるよう、各自意識の統一は進めておいてくれたまえ」
情報が少ない今では取れる手段も少ないと判断して有体な指示を出すに留めた総理、思わぬところで余計な懸念が生まれてしまったが、今は着実に一歩ずつ進んでいくほかない。
彼らの安息の日はまだまだ遠そうだ。
久々の投稿です。
断続的に書き溜めていたせいで話をどう持って行こうとしているのか謎になってきた。まぁ、話の流れは大雑把に定まっているのでそこまで問題は無いとは思うのですが……。




