第二話 職場体験
この前セブンイレブンにある、とみ田さんの冷やし油そばみたいなの食べたんですけど、
にんにくがきつすぎてその後が色々と大変でしたね。
味は非常においしかったです。
「それじゃあ、行ってきます」
「気をつけてね。こまめに連絡するのよ」
「はーい」
ついに今日から住み込み生活が始まる。既に大学生活も1ヶ月が過ぎ、だいぶ慣れてきたところだ。楽しみな反面、やはり心配な部分も多い。まずは全力で挑戦して、困ったら家族に助けを求めよう。そう思い切り、現地に向かった。
「・・・あれ、タクシーじゃない」
前回駅前で待っていたのはタクシーだったが、今日は違った。黒塗りのセダンタイプだ。
「お待ちしておりました。これから白咲様の専属ドライバーを務めさせて頂きます、柊 正憲と申します。宜しくお願い致します」
腰が抜けそうになった。冗談ではなかったのか。この歳でこんなダンディな方が専属ドライバー?
世界が違いすぎる。
「あ、え、あ、はい、宜しくお願い致します・・・」
「基本的に白咲様の移動手段として尽力させて頂きますので、何なりとお申し付けください」
勘弁してくれ。ちょっと肩身が狭いぞこれは。
「あの、ほんとに申し訳ないんで、すみません・・・」
「大丈夫です。しっかり頂いてますから」
ここでいきなり懐事情を挟んでくるあたり、冗談は通じそうだ。なんてことを思えるあたり、自分も感覚が狂っているのかと思ってしまう。
「それでは出発しましょう」
現実味を帯びてきた。正直本当にそんなことがあるのかと思えるような、凄まじい話を聞いた。一日経った今、この車に乗り込むまでは実は夢だったんじゃないかとも思っていた。しかし、近づいている。ここから新しい人生が始まるような気がする。
30分間、他愛もない話を続けながら、遂に現地に到着した。
「それでは、これから頑張ってください」
頑張ってくださいって何?恐いんだけど。そうひねくれながらドアをノックする。
出てきたのは男性。若気ではあるが、学生のような出で立ちではない。30歳手前と言ったところだろうか。
「はい、こんにちは」
「あ、こんにちは。今日からこちらで働かせて頂く白咲です」
「あ~いらっしゃい。よろしくね。とりあえず座って」
「はい。失礼します」
奥から前回お話した女性の話し声が聞こえる。電話対応中だろうか。面接時と同じ場所にゆっくりと腰掛ける。先日とは少し違う感覚・・・。やはり出迎えてくれた人物の性別が違うからだろうか。背もかなり高いし、少し不安になってしまう。
「よいしょっと」
対面に男性が座る。まさかこの人が・・・
「初めまして、神童 蓮司と申します。よろしく」
社長だ。ホームページにも載っていた名前。若社長ということか。渡された名刺にも[代表取締役]と書かれてある。
「白咲 葵と申します。宜しくお願いします」
「なるほど、聞いてた通りしっかりしてそうだ」
何を聞いていたんだろう。でも面接に来たんだからそりゃ報告くらいされるか。しっかりしてそう?またまたそんな・・・。
「とりあえず君の仕事はえりちゃんのサポートがメインになるから、机はあれだね」
そう言って社長は、昨日の女性が今現在話しているであろう席の、向かいの席を指差した。そこにはパソコンだけが置かれたデスクがあり、正面に向かい合う形で昨日の女性がいる。今は仕切り等で顔が若干見えない。
「当面はえりちゃんに仕事のことを教えてもらう感じかな」
「わかりました」
「あ、えりちゃんってわかる?」
「あ、面接してくださった方ですかね?」
「そうそう!しっかりしてるからね。頑張ってついてってな」
「は、はい」
あぁ見えて意外とスパルタなのだろうか。なんだか緊張してきた。すると奥に居た女性が、電話を終えたのか姿を現す。
「あ、いらっしゃい。よろしくね」
「宜しくお願いします」
絵梨花がニコリと笑う。かわいい。
「社長、○○市〇〇町で立てこもりです。既に5時間が経過しているとのことで、人質の安否の確認が危うくなってきているとのことです」
「人質の年齢は?」
「11歳です。家族が出掛けていた隙の犯行のようです」
「なるほど、周到だな」
○○町といえばそこそこ近くである。
「依頼人は?」
「警察です」
「OK。行こうか。詳しい場所教えてくれ」
「はい」
聞き間違いか・・・? 警察???
「け、警察?」
「ん?あぁせっかくだから一緒に行こうか」
「え、えぇ!?」
「職場体験ってやつだな。えりちゃんは来る?」
「いえ、案件処理がありますので」
「あ~ん残念。んじゃ行こうか。すぐいける?」
「え、あ、え、は、はい」
流されるがままだ。もう社長は上着を着て出ようとしている。追いかけるようにそそくさと後をつけた。
「警察からも依頼が来たりするんですか?」
「よく来るね」
「そうなんですね・・・」
それはそれで大丈夫なのかと不安になる。ちなみに車は柊さんの車だ。ドライバーももちろん柊さん。
「今回の件をざっくりと説明しとこう」
「はい」
「11歳女児人質の立てこもり事件。犯人の要求は身代金2,000万円と移動用の車」
「はい」
「依頼人は警察。依頼内容は人質の保護・及び犯人の拘束」
「え・・・」
「ん?」
「いや、警察でさえ困っているのにその・・・なんというか・・・」
当然と言えば当然の疑問である。ただでさえ警察から依頼が来ていること自体が信じがたいというのに、もはや警察を差し置いて解決に至ろうとしている。
「真っ当な疑問だな。俺一人に何が出来るんだって話よね」
「いや、その・・・」
「気持ちはわかるが、まぁ見たらわかると思うよ。ウラの人間ってのを教えてあげよう」
「ウラ・・・?」
「とにかく、今日葵ちゃんが見ることは全て現実です。そして・・・あまり表に出てきてはいけない人間というのもいるというのをその目に焼き付けて・・・これからの仕事に活かしていってくれ」
意味がわからない。ヤクザ・・・?ヤクザ的な何かですか?頭の中がこんがらがっているところに、現地に着いたようだ。
「柊さん、あそこらへんに停めてください」
「かしこまりました」
停めた位置のすぐ近くに警察がいるようだ。車を停め、ガチャリとドアを開ける。その瞬間、大柄な男が社長に駆け寄ってきた。
「神童さん!」
「竹田さん。ヤバそうですね」
「そうなんですよぉ。なかなか交渉に応じなくて・・・」
「ある程度の覚悟はあるんでしょう。ご家族の方は?」
すると後ろから、人質になっている子の両親と思われる二人が現れた。
「お願いです!助けてください・・・!ウチの子を・・・!」
「任せてください。一つだけお聞きしますが、この家で壊れて良い部分はありますか?」
「え・・・?」
何言ってんだこの人。まさか家ごと破壊するとか言い出すんじゃないだろうな。いくらなんでも非現実的すぎる。
「・・・構いません!ウチの子が助かるなら、何が壊れても・・・!」
父と思われる人が絞り出すように叫ぶ。私が命の危機になった時も、両親はここまで言ってくれるだろうか。
そんなことを思っていると、社長が言った。
「安心しました。それなら2分以内に終わらせます」
??????? 頭がおかしくなりそうだ。本当にミサイルでもぶっ放す気か?
「竹田さん、ご両親を安全なところへ」
「わかりました。さぁこちらへ」
竹田さんと呼ばれる警察官が、二人を連れて行く。人がいなくなり、周りに誰もいなくなったところで社長が切り出した。
「・・・よっしゃ、行くか」
「え?」
「まず、すぐに人質連れて帰るからしっかり見守っててくれ」
そう言った瞬間、凄まじい土煙と共に、社長の姿が消えていた。
「!??!!?!?!?」
衝撃のような風圧。なかなか降りてこない土煙。スカートを履いてきてしまっているが、パンツが見えるかどうかを気にするような余裕も無い。何が起こったか理解できなかった。
次の瞬間、犯人が立てこもっているであろう家からガラスが激しく割れる音がした。
「何!?何!?」
あたふたしていると、どこからやってきたのか社長が飛んできた。凄まじい土煙がまた巻き起こる。
「わぶっ」
「とりあえず無事だったな。この子、見といてくれ」
そう言われ目をやると、そこには小さな女の子が放心状態で立っていた。
「さて、もういっちょ」
また凄まじい土煙が巻き起こる。そしてもう社長の姿は無い。子供は・・・。
「だ、大丈夫!?」
「・・・」
少女はぽかーんとしている。何が起こったのかわからないのだろう。自分にもわからない。
「とりあえず怪我は・・・」
少女の体を確認すると、首元から少しだけ血が出ていた。刃物を当てられていたのだろうか。
「・・・ちょっと待ってね。絆創膏があったはず・・・」
傷の部分をハンカチで拭き、絆創膏を貼る。そうこうしている内に社長が飛んできた。知らない男が縄でぐるぐる巻きにされている。
「よし、帰るか」
「え?もう終わったんですか?」
「とりあえず今から竹田さんが来るから、この男とこの子を渡したら終わりだ」
そう言ってる内に竹田が走って来た。
「神童さ~ん!」
「竹田さん、とりあえずコイツが犯人で、この子が人質だった子です」
「いやもうほんと助かりました!ありがとうございます!」
「それじゃあ騒ぎになる前に退散します」
「また宜しくお願い致します」
「こちらこそ」
そう言うと社長は葵に車に乗り込むように指示し、同時に社長も車に乗った。聞きたいことが山ほどありすぎて、逆に思いつかない。
「どうだった?」
帰り道、急な質問に驚きつつも、頭はそのことばかり考えていたので案外スムーズに飲み込んだ。
「いやまぁ・・・なんというか・・・あれは何が起こってたんですか?」
至極当然な質問である。もちろん漫画やアニメの世界に触れたことのある現状の知識、頭の中にある程度の想像は出来ているが、実際に現実ではありえない事であるが故、確信を得られない。
「簡単に説明すると、走って女の子助けて、そのあともう一回走って犯人捕まえた感じかな」
予想以上に想像通りだった。想像そのままである。だがそれを可能とし得る能力が普通の人間には無いことくらい、葵も理解出来ている。
「・・・もしかしてこれがウラがどうのっていう・・・」
「お、鋭いな。勘が良さそうだからこのまま説明しよう」
あえてここでは、結構漫画とかアニメ見てるんで、とは言わなかった。
「お願いします」
「人間とはかけ離れたスピードだったでしょ?」
「それはもう・・・目で追えませんでした」
「俺はね、普通の人間とは少し違って、自分の能力を開放出来ている」
「・・・?」
「出来ているってのも少し違うな。正確には『開放された』かな」
「???」
「まぁ難しい話だが・・・聞いたことあるかな?人間は己の能力の100%を発揮出来ないって」
「あー、どこかで聞いたことある気がします」
「実際に人間が全ての能力を全開で出せるのは、最大でも限界の30%らしい。それも相当の鍛錬を積んだ者だ」
「へぇ~」
「だが俺は、100%どころかそれを超えるであろう力を発揮できる」
「そ、それはまた・・・何かあったんですか?」
「これがまた説明しづらくてな」
「・・・というと?」
「なるべくしてなったわけではなく、ある日ふと急に、思いもよらぬタイミングでなるんだ」
「・・・?」
「例えば俺がこうなった瞬間はな、昔ハンドボール部だった頃にジャンプした瞬間でな」
「えぇ!不思議なタイミングですね」
「俺のようなケタ外れた力を発揮できる人間は他にも存在するが、全員が全員こうなるタイミングが決まってるわけではない。年代も幅広く、若くしてなるやつもいれば、もはや60歳を超えてなる人もいる」
「そ、そんなバラバラなんですか」
「なぜこうなるのか、なぜこれほどまでの力が発揮できるのか、残念ながら解明もほとんど進んでいない。まぁ表に出て良い力でもないしな」
「そんなもんなんですかね」
「俺がこうなった瞬間、めっちゃくちゃ飛んでな。わけわからんくらい」
「は、はい」
「当時の周りのみんなには見間違いくらいで済んだが、すぐに本能で理解してな。俺はもう普通の人間ではない、と」
「・・・」
「そうやって表の世界から流れてきた、常人とはかけ離れた身体能力を持つ人間が、ウラの世界で生きている」
「ウラの世界・・・なぜ表の世界から身を隠すんですか?」
「さっきもチラッと言ったが、本能だな」
「本能・・・」
「例えば、俺くらいの能力があれば、オリンピックで金メダルなんて量産できる」
「はぁ」
「野球なんてやってしまえば球速500kmも可能だろう」
「まぁ確かに・・・」
「しかし許されない。それをしてしまったら、努力してきた他の『開放されていない』人達はどうなる?」
「・・・!」
「自分が今出せる最高のパフォーマンスをするために日々努力しているというのに、俺らみたいなのが一瞬でそれを崩壊させてしまったら、スポーツ業界は盛り上がらない」
「確かにそうですね・・・」
「一般社会でもそうだ。これだけの力があれば犯罪なんて軽く起こせる。警察から逃げるのも簡単だろうな」
「な、なるほど・・・」
「そういう思考が、巡るんだ。こうなった時にな。すると自ずと・・・自分は表の世界に居てはいけないと、なってしまうわけだ」
「みんながみんなそうなるんですか?」
「良い質問だな。正直なことを言うと9割の人間がそうなる。だが、残り1割はと言うと・・・葵ちゃんの想像通り悪い方に使ってしまう」
「やっぱりいるんですね・・・」
「そういった案件も扱ってるからな。いずれそういうやつらと会えるかもしれんぞ」
「恐いですね」
「まぁそういう場に俺がおらんことは無いから、そこは安心してくれ」
「は、はい」
「ただいも~」
「お疲れ様です。早かったですね」
出発時は10時過ぎたくらいだったか。現在は10時37分。1時間も経っていない。
「楽な方だった」
「良かったです」
楽?人質立てこもりが楽・・・。最初警察が5時間くらいあたふたしてたって言ってた気がする・・・。
「仕事ありそう?」
「山ほどあります」
「え~ん。重要そうなやつだけ先に終わらそうか」
「それだと・・・」
仕事の会話が始まる。すごいものを見た。改めてとんでもないところに来たと思った。しかし同時に、あれほどの能力なら確かに様々な事件を解決できると思った。最初は半信半疑で話を聞いていたが、全て納得が行く。
「葵ちゃん」
「は、はい!」
ふいに声を掛けられ、カバンを降ろそうとした手を止めた。
「俺また出るから、あとはえりちゃんに色々と教えてもらってくれ」
「わかりました」
「よろしくね」
「よろしくお願いします」
「ほんじゃ行ってきます」
「お気をつけて」
ガチャリとドアを開け、そのまま小走りで車へ向かう姿が、ゆっくりと閉まるドアから確認できた。
「・・・次はどこへ行かれるんですか?」
「○○コーポレーションの社長の護衛かな。服を買いに行きたいらしいよ」
「ご、護衛・・・」
服を買いに行くだけで・・・。日本ってそんなに危ない国だったっけ。
「若干距離あるから、明日もいないかも」
「すごいですね・・・なんでもやるんだ・・・」
「ふふ、これから慣れるよ」
「慣れますかね」
「改めまして、よろしくね葵ちゃん。私のことは気軽に絵梨花って呼んで」
「わかりました。よろしくお願いします、絵梨花さん」
「新しい後輩!頑張らなくちゃ」
めちゃくちゃかわいい。なんだこの生物は。この人の元でなら頑張れる気がする。
誤字・脱字が気になりすぎてなかなか進みませんね・・・。
言葉使いも気になりだすと何も良い言葉が浮かんでこなくなっちゃいます。
でも気づいたら時間が経ってるので、有意義な時間を過ごせてるのかなと思います。
これからもこんな感じでやっていきます。