第三話 急襲
暑くなってきましたね。私はドロドロに溶けてしまいそうです。
いっそのことこのまま溶けてしまっても面白いかもしれません。
スライムとしての第二の人生・・・これがほんとの転スラ、なんちって。
(ごめんなさい)
「おはようございます」
「おはよ~」
ここに住み始めて初めての土曜日。ゆったりとした朝だ。サークルや部活は未だに全く決めておらず、とにかくまずは今の生活に慣れることを重視しようと思った。
「トーストですか?」
「そうだよ。ピザトースト。チーズは大丈夫?」
「大好物です」
まだ朝の7時30分というのに、体が自然と起きてしまった。高校生活の名残だろうか。
ジ・オールの仕事開始は基本的に遅い。お昼のあとの13時30分からだ。その代わり夜は22時まである。夕飯休憩の1時間半を除いて7時間勤務体制だ。なぜ午前中やらないのかを聞くと、職業柄、午前中に来る電話相談は少ないからだという。それに午前中を空けることで、何か急な仕事が入った時に動きやすくするためだそうだ。割と社畜の考えに近いような・・・。
ちなみに葵は学生なので、休日のみの出勤扱いだ。
「社長は出られたんですか?」
「今日はまだ寝てるよ。昨日お疲れだったみたい」
「あらら」
「急な仕事が舞い込んできてね。赤ちゃんの世話」
「えぇ・・・すごいですね」
「そこのお客さんが社長のことお気に入りでね。容赦無いのよ」
「なるほど・・・」
「金払いの良いお客さんだから無下には出来なくてね」
「常連さんですか?」
「そうだね。このあたりじゃあ割と有名な大富豪さん」
「はぇ~」
いただきますと言いながら、差し出されたトーストを頬張る。実に美味である。
「ちなみにその仕事、いくらくらいなんですか?」
「お金?」
「はい」
「50万」
「はい?」
「50万円だよ」
??? 一回で? 赤ちゃんの世話をするだけで?
「すごいよね。まぁそれだけ気に入ってもらってるし、何故か社長が行くと泣き止むんだよね」
「もしかして絵梨花さんも行ったことあるんですか?」
「最初は私だったの。でも全然ダメでね」
「えぇ!そうなんですね」
わかってない赤ちゃんだこと。
「社長が行ってみたらもうすぐ泣き止んじゃって。そこから社長がずっと行ってる」
「不思議ですねぇ」
「言い値でいいよって言われたから冗談半分で50万でいいですよって言ったらしい」
「そしたらOKだったと」
「そういうこと」
プリクラの件といい、結構破格の金額のような気もするが、そんなものなのだろうか。
「あのぉ」
「ん?」
「前からふと気になってたんですけど、金額ってどんな感じで決めてるんですか?」
「あー、全体的に高いから驚いた?」
「ま、まぁ正直・・・」
「これはね、一般的思考の『時間外』を意識してるの」
「時間外?」
「そう。この会社って、勤務時間が13時30分から22時ってだけで、基本的に電話対応は24時間なの」
「え、そうなんですか?」
「私達が基本的に日中の電話を取って、勤務外の電話は全て社長に転送されるの」
「そうなんですね」
「だからいつでも案件を受けられる体制にしてて、社長は私達の勤務時間は基本的に寝てることが多いの。この前葵ちゃんが付いていった立てこもりの件、あの時社長が起きてたのは結構稀なケース」
「ラッキー?なんですかね」
「ラッキーだね。あまり社長の仕事は目の前では見れないから」
「確かにすごかったです・・・」
「話を戻すんだけど、『時間外』って聞いてどう思った?」
「そもそも『時間外』が何に対してなのか・・・あ、営業時間的な?」
「そういうこと。営業時間もそうだし、人間が基本的に活動している時間以外、要するに睡眠中とか・・・まぁウチの場合は睡眠前になるかな。朝の電話対応をやってない理由の一つとして、朝くらいは頑張ってくださいってことらしい。昼からの段取り変更や、次の日へ向けての準備ならお手伝いしますよってスタンスかな」
「なるほど」
「そういった時間に焦点を当ててるの」
「ということは、基本的な需要とは外れた・・・ライバルがいない時間帯ってことですか?」
「いいね、頭の回転と飲み込みが早い。助かるよ」
「いやぁ、えへへ」
「もちろんウチみたいな業界って、他にも会社はあるんだけど、まだ全然少ないのよ」
「独占し放題ってことですか」
「独占禁止法がある時代に、意図せず独占出来てしまっているのが強みだね。だから金額も強気にいけるの」
「そういうことだったんですね」
そんな会話を続けていると、ふと電話が鳴る。まだ朝の8:30だ。転送されないということは・・・社長は電源を切ってしまっている
「電源切れてるの珍しいなぁ・・・一応出ようか」
絵梨花が電話に出る。表情は険しくない。普通に急ぎの案件だろうか。
「・・・はい、はい。かしこまりました。10時には到着出来ますので、はい。宜しくお願い致します。ありがとうございます。失礼します」
「・・・案件ですか?」
「そうだね。イベント関連なんだけど、着ぐるみバイトがバックレたらしくてね」
「あらま・・・」
「葵ちゃん、いける?」
「わかりました」
もうここへ来て1週間弱。実は数件ほど役割を与えてもらい、何度か現場に赴いている。内容はさほど難しくなく、今回のようなバイトの代わりや、小学生の通学路での旗振り等だ。
「○○町の花見イベントだね。結構近いとこだし、時間できたら少し楽しんできてもいいよ
」
「え、なんかすみません・・・」
「真面目にやってくれてるからね」
天使ですか? なぜ人間界に・・・?
サッと服を着替え、早速出発する。
「それでは、行ってきます」
「気をつけてね」
まぁ着ぐるみのバイトだし、今回もそこまで厳しい内容ではない。葵は問題なく終わるだろうと思っていた。
「到着しました。それでは私はまた予定時間になりましたら戻ります」
「はい、宜しくお願い致します」
正憲を見送り、現地へ向かう。9時40分。少し早かっただろうか。少し時期の外れた桜は見事に咲き乱れ、大勢の人で賑わっていた。既に屋台も数件、販売を始めている。
「あ、ジ・オールさん?」
「え、あ、はい」
屋台方面に夢中になりながら歩いていると、法被を着た男性に呼び止められた。
「お待ちしておりました。急で申し訳ございません。アルバイトが連絡つかなくなってしまって・・・」
「いえいえ、大丈夫です。私はどれを着れば・・・?」
「控室にあるうさぎの着ぐるみです」
うさぎか。バニーガールじゃないことだけを祈ろう。
「わかりました」
「こちらになりますので・・・」
法被の男と共に控え室に向かい、説明を受けた後着ぐるみに着替える。まずは・・・普通のうさぎであることにほっとする。初めて着るが、結構重たい。なかなかに重労働だぞこれは。
そうこうしている内に仕事が始まる。内容は風船配りだ。子供達が寄ってくる。かわいい。なかなか良い仕事だこれは。
桜を見ながら仕事をしていると、遠くで悲鳴が聞こえた。
「!?」
悲鳴の方向を見ると、大男がナイフ片手に暴れている。既に何人か切られてしまったのか、倒れている。
「何あれ・・・!」
切られた人は死んでいないだろうか。いや、それよりも自分は無事で済むだろうか。阿鼻叫喚の中、気が動転してしまいそうなのを必死に抑え、どうにか解決策を巡った。しかし、自分1人で何ができようか。
「絵梨花さん・・・!」
着ぐるみのまま急いで着替え室に向かった。携帯が置いてある。すぐに絵梨花に警察を呼んでもらおう。
途中で最初に出会った法被の男性に出会う。
「な、何があったんですか!?」
「ナイフを持った暴漢がいます!観光客を避難させてください!」
「わ、わかりました!」
着替え室に着く。すぐさま携帯を取り出し、絵梨花に電話する。
『もしもし?』
「絵梨花さん!大変です!」
『どうしたの!?』
「暴漢が出ました!ナイフを持って暴れています!私がなんとか食い止めますので、すぐに警察を呼んで下さい!」
後日葵は思ったのだが、この時・・・直接警察に電話した方が普通に早かったような気がした。
『わかった!すぐ向かわせるから!粘れる!?』
「はい!!」
葵は電話を切り、急いで現場で向かう。勢いで粘れると答えたものの、どうすれば良いか・・・。倒れている人数が増えている。周りの観光客も逃げているのでだいぶ人は減っていた。
だが、逃げ遅れた女性が今にも刺されそうだった。
「このっ・・・!」
葵が着ぐるみの頭の部分を投げる。なんとか命中するもダメージは無い。
「バーカ!」
精一杯のおびき寄せである。暴漢は狂ったように追いかけてきた。着ぐるみでは勝ち目がない。着ぐるみの背中を切りつけられる。勢いでコケてしまった。
「ぐぅ・・・!」
そのままの勢いで顔面にナイフを振り下ろそうとしてきた。
「いや・・・!」
「やめろぉ!」
すると、大声を上げながら最初に出会った法被の男が現れ、タックルで暴漢に突撃した。勢いよくぶつかられ、暴漢はよろめきながら倒れた。
「あ、ありがとうございます!」
「逃げましょう!」
「ダメです!まだ人が・・・」
そうこうしていると暴漢がすぐに立ち上がってナイフを振りかぶる。
切られる!
そう思った瞬間、暴漢の手からナイフが弾け飛んだ。誰かが蹴り飛ばしたのである。
「・・・ひ、柊さん!?」
そこには手を後ろに組んだままの正憲が立っていた。
「白咲様、お下がりください」
暴漢が正憲に掴みかかる。正憲は相手の鳩尾をつま先で正面から蹴り上げた。その衝撃で、前のめりに悶絶しながら数十センチ浮いた男の胸あたりを、真上に蹴り飛ばした。男は背中側にクルクルと回転し、10数メートルは飛んだのち、地面に叩きつけられた。
「・・・???」
何が起こっているかわからない。専属ドライバーが意味不明なくらい強い。暴漢は・・・ピクリともしない。
「・・・高田様には連絡しましたか?」
「あ、・・・は、はい!もうしてます」
「ありがとうございます。じきに警察と救急車が来るでしょう」
次の瞬間、法被の男が隠し持っていたナイフで正憲に襲いかかる。しかし正憲はそのナイフを人差し指と親指でつまみながら止め、言い放った。
「あなたが黒幕ですね」
法被の男は即座に正憲から離れ、背中を向けながら、これまた常人とはかけ離れたスピードで逃げ出した。しかし、それをさらに常人離れした速度で追いかけて行く影があった。
法被の男が手首についている機器に話しかける。
「応答せよ。失敗した。繰り返す。しっ・・・」
次の瞬間、柊の凄まじい蹴りが法被の男の顔面に炸裂し、法被の男は元の位置まで蹴り飛ばされ、葵の眼の前に落下した。
「うわっ!」
蹴られた男は完全にノびている。葵はまだ状況が飲み込めていなかった。
混乱していると、正憲が手を後ろに組んだまま戻ってくる。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、は、はい・・・」
「この男に違和感を感じていたので、少し遠くから見張っておりました」
「そ、そうだったんですか・・・」
「数人ナイフで切られてしまったこと、後悔しております。もう少し早く来れば・・・とにかく怪我人の手当をしましょう。動けますか?」
「は、はい」
その後、怪我人の手当を行い、救急車を待った。幸い死人は出ておらず、重症者も少なかった。しかし凄惨な事件・・・。警察と救急車が到着し、事情を説明したのち、開放された。後日またお話を伺うとのことだ。
「・・・みなさん、大丈夫でしょうか」
帰路、正憲の運転する車の後部座席で考えに耽る。
「高田様の迅速な行動により、恐らくみなさん無事手当されるはずです。白咲
様もナイス判断ですよ」
「いえいえ・・・」
違う。そんなことを聞きたいのではない。他に聞きたいことは山ほどある。何故暴漢が現れたのか、何故法被姿の男が敵だとわかったのか、なぜ・・・なぜあなたもそうなのか。
「あの・・・」
「色々聞きたそうですね」
「え・・・あ・・・」
見透かされている。素直に聞くしか無い。
「あの・・・柊さんもウラの世界の方ですか?」
「そうなりますな」
「そうなりますよね・・・」
「私の名前、何かピンと来たりはしませんでしたか?」
「え?」
お世辞にも芸能界に詳しい方ではない。思い出そうと唸っていると、正憲の方から切り出した。
「まぁスポーツ関連・・・特に一昔前の人間ですからね」
「スポーツ?」
「私、昔はサッカー選手だったんですよ」
なるほど、だからあんなに蹴りが見事だったのか。この褒め言葉は合ってるのか? というより見た目のダンディさからあまり想像できない。
「えぇ!そうなんですか」
「もう20年以上も昔の話です。こう見えて、結構良いとこまで行ったんですよ」
「ほぇ~」
「社長と同じく、私もスポーツが原因で・・・こうなってしまいまして」
「そうなんですね・・・」
タイミングがどうあれ、一度こうなってしまうともう戻らないのかなと、ふと疑問に思う。
「あと・・・なぜあの法被の人が悪い人だとわかったんですか?」
「そうですな・・・勘、でしょうか?」
「か、勘・・・」
ここまで来て勘。ちょっと拍子抜けしてしまった。
「まぁ勘・・・というと拍子抜けしてしまうでしょうから・・・一応取ってつけたような理由を言いましょう」
心の中がわかるんですか?それに取ってつけたって・・・適当かよ!
「送迎の去り際、法被の男性の顔を確認しました」
「はぁ」
「見たことがあったんですよね、過去に」
「え、知り合いとかですか?」
「いえ、どちらかというと悪い方向ですね」
悪い方向・・・。今回の結果からしてもなんとなく想像がつくが、正憲も何か特別な過去があるのだろうか。
「なるほど・・・」
「深く聞かれないんですか?」
「ん~・・・今は他のことも気になるんで、また今度にします」
「ふふっ、わかりました」
「あと・・・あの暴れてた人もグルだったってことですか?」
「グル・・・というと少し語弊があるかもしれません」
「というと?」
「あの暴漢を見てどう思いましたか?」
「どうって・・・ん~」
狂っている?正気じゃない?どちらにせよ、まともでは無いように思えた。
「恐らくあれは、何かしらの薬を投与されています。法被の男が用意した刺客でしょう。いや、法被の男というよりももっとバックかもしれません」
「く、薬!?やっぱりまともな状態ではなかったということですか?」
「ということになります。恐らくあとで目を覚ますと思いますが、当件の一切の記憶は残っていないでしょう」
「え、えぇ・・・」
話が広がってきた。犯罪組織・・・?恐らくその類ではないだろうか。薬で人を狂わせるなんて可能なのか? しかし、割と何でもアリになってきている昨今、飛び抜けて驚かないのも、変な耐性がついているからだろうか。主に二次元・・・。
「な、何が目的だったんですかね」
「恐らく、私か・・・社長の暗殺でしょう」
「!? な、なんでまた・・・」
「こういった業界ですから、命を狙われることはよくあります。まぁほとんどが犯罪組織ですよ。」
出た、犯罪組織。何なのこの世界。今日着ぐるみ来て子供と戯れる予定だったんだけど。
「こ、怖くないんですか?」
「まぁそれだけそういった集団に恨みを買うことをしてきましたからね。社長なんてすごいもんですよ」
「へ、へぇ~・・・」
何をしてきたかはまた今度聞こう。今聞くと頭がオーバーヒートしそうだ。
「とにかく今日はお手柄です。帰ったらゆっくりされてください」
「はい・・・」
そう言われると、急に肩の力が抜けてきた。帰ったら寝たい。
「それでは、お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
いやほんとに・・・疲れた。まさか犯罪に巻き込まれるとは。死にそうな顔で事務所へ入ろうとするとドアが開いた。
「葵ちゃん!」
「え、絵梨花さん・・・」
なんだかんだ帰ってきた。命があることに感謝しなければならない。フラフラになりながら事務所へ入る。
「今日はもう休んで。寝てていいからね」
「あ、ありがとうございます・・・」
お言葉に甘えて爆睡します・・・。葵は洗面器に向かい、ぼーっとしながら手洗いとうがいと済ませると、自分の部屋に入った。
勢い良くうつ伏せでベッドに倒れる。
「つかれた・・・」
まだ慣れない。蓮治の意味不明な動きを見せられても、正憲の意味不明な強さを見せられても・・・まだ、慣れない。今まで住んでいた世界と違いすぎるからだろうか。
葵は仰向けに寝転がる。
「・・・ふぅ」
気付いたらそのまま夢の中へと足を運んでいた。
冷やし関連のおいしい季節がやってきました。
何を隠そうこのうさぎ、ざるそばとざるうどんがこの世の麺類で一番好きです。
もはや冬にでも全然食べます。
あぁ、お腹空いてきましたね。
今夜はカレーにしよう。




