8.しっぽ(3)
でっかくて立派なお屋敷、広世邸の中。
広世ぷらむの私室はもう何がなにやら分からない、メチャクチャのムチャクチャ状態。
巨大なぬいぐるみなんか二つもベッドの上に置いてあると思ったら生きていた事。
しかもそいつらが別世界から来たなどという。
その上妖精みたいなモノまでいたり。
そして、広世家の謎やひょっとしたら自分の能力あるいは変質能力について聞けるかもと、期待と不安にドキドキ新入生のような気持ちでここを訪ねた私は、今その場にへたり込んで幼児のように泣き出してしまっていた。
普通ならとても恥ずかしいし、走って逃げ出したい所なのに、そんな気も起こらなかった。
「あれれ?萌ちゃん・・・萌ちゃんっ!!」
広世ぷらむは、母親の“お使い”だという妖精(にしか見えないナニカ)が姿を現した事が気になってていたようだが、私の異状に気がついてかけよってきた。
だけど、なんで私が泣き崩れているかなんて彼女には分からないよね。
彼女のテレパシーらしい能力は相手の深い思考や記憶なんかまで見えてるわけじゃないらしいと思ってたけど、どうやら間違いないみたい。
で、私のこの事態はいったいどう言う事か。
もとよりこの訪問で緊張していたところへ、別世界の龍神だという奴らがあろうことか女の子のベッドの上でその部屋の主を待っているという、あまりにも非常識かつ突拍子のない出来事に出会って、ここですでに充分ぶっ飛んだ状況だったところで、私自身も私の内部事情でおかしくなってしまった。
もうテンヤワンヤだ。
まあ無理だっただろうけど冷静になれたらまだマシだったんだろうか?
私が、よせばいいのに普段からなんとなくだけど思ってたこと。
私は普通ではないかも知れないけれど、まともな人間の範疇を外れてるわけではない、と。
能力とかばれなければ全く普通に生きていける、と。
そう思おうとしていた。
・・・・・・・・・・・・
けど、私はまともだ、と、思えば思うほど反対の考えが頭の中で育っていく。
そもそも変質能力というのは存在は確認されているものの、その研究は全く進んでいない。
はっきり言って能力者の存在も能力自体も全く得体の知れないものとしか、どれだけ調べても分からなかった。本当に何も分かっていないのか、それとも隠されているのか、それさえも分からない。
それは、能力者当人にとっては不安にしかならない。
だって、得体の知れないものが私の身体、しかも頭の中にあるんだもの。
なんにせよ、心の底で怖い怖いと思っていたことで、精神内部にすっかり恐怖回路が出来上がってしまった。
そして、ちょっとした事でこの回路に思考が繋がると冷静でいられなくなるのだ。
で、今回は始めからテンパってた上に見事に条件がはまってしまったと言うワケ。
自分が人外である可能性への恐怖。
そして目の前に現れた明らかに人外の知的存在。
「イヤだ」
「イヤだ」
「イヤだ」
「違うもん」
「違うもん」
「違うもん」
頭を振り涙を流し座り込む私。
もちろんそんな状態の私がこんな冷静な実況が出来るはずはないよ。
そこは俯瞰するもう一つの人格とか、後語りの物語ナビゲーターとでも、なんとでも思ってちょうだい。
とにかくこの時の私は「イヤだ」と「違うもん」を繰り返し泣きじゃくる、駄々をこねる幼児とちっとも変わらない、どうしよもない存在だった。
だけど、端から見れば私の内部事情など斟酌しようもないんだから、ただただ目の前に起こったわけの分からない事に恐怖する女の子にしか見えないだろう。
広世さんは私とベッドの上の二体それから妖精らしきモノをグルグル見ながらも、どうしていいか分からずに、困っていた。
そりゃあ、ね。
しかしあの“お使い妖精”なる彼女の母の能力らしきモノは、能動的な行動をするもではないのか、ときおり鈴のような音を僅かに発しているけど、しゃべりもせずにフヨフヨと浮かんでいるばかりだ。
その目だけはよく動いて周りをつぶさに見ているようだけど。
その主、広世さんの母親(そう言えばこの時まだ名前も知らなかった)が帰宅する予定時間はいつ頃だったっけか。出来れば早く帰ってきて欲しいと広世さんもたぶん私も望んでいた。
あれ、しかしなんかベッドの上の二体が静かすぎる。長そうな語りを始めたばっかりだったし、お使い妖精なるモノの突然の出現(まあ彼らのほうがその表現が適切なんだが)で驚いてもいたのに、なんだか静かだ。
広世さんはしかし私の豹変に感情が追いついてない感じで、その違和感に気付いていない様子。
そう思ってる間に再び白いのが口を開くが、
「ああ・・・思ったより、消耗が、激・・・しい」
ふらつき、言葉は途切れ、ずいぶん辛そう。
いつからそんなだった?やせ我慢してたのかな。
でもね、相変わらず私の事はあんまり気にとめてないね。私、こんななのに。
「出来れば、ボクたちの事情と思いを、ちゃんと理解してもらって、助けを乞いたかった・・・」
広世さんはこれを聞いてても、彼女の理解の度を超してたそうで目を丸くして固まるばかりだったそだ。
私はまるで言葉が耳に入ってなかったから、セリフを覚えてもいない。
奴らが何か話してる時はサスガにわめき散らすのは止めてたと思うんだけど・・・
そして黒いほうはと言うと、
「だから・・・始めから、無茶な計画だった、一目、見たら・・あ・と・は・・我々・・・・・・」
あ、倒れた。眠ってる?
白いのが心配そうに一瞬目を落としていたけど、自分だってフラフラだ。
急いで話せるだけ話す事にしたみたい。
「あちらから、こちらへの、移動は、ボクらだけに可能で・・・不可能ではない、と言うだけ、だったのと・・一発勝負、だったから・・すごく大変だったけど、それ以外は・・・何も、特別な力を使ってないから、もう・・ちょっと・・・頑張れると・・思った、ん、だけど」
もうだめだよこれ。
「信じては・・もらえないかな・・・・・・ボクらは・・こちらで、頼るものが無い。・・・せめて・・寝て起きるまで・・・・・・ここに居させて・・・」
白いのもここまでだった。ただ無理をしすぎてダウンしただけなのか、何か深刻な問題でもあるのかは、分からない。
でも、どうも寝てしまっているだけのように見える。
こいつらの言ってた事を鵜呑みにするなら、別世界の存在なんて言うモノの身体がどんなのかなんて考えてもしょうがないのかもしれない。
が、言葉を話し、息もしている様に見える。まあ、見た感じそんなに地球の生物とかけ離れているようには見えないから、別世界のどうと言うのも少し怪しいと言えば怪しい。
ただ、広世さんは、こんなわけの分からない、しかも闖入者である彼らでも心配そうに見ている。
お使い妖精なるモノはこの状況を観察しているのか、クルクルと静かに部屋を回りながら目をあちこちに向けていた。
と、ここで、外からけたたましいエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。
聞こえたと思ったらもう車庫の間近まで来た爆音は静まり、車庫に納まる気配より先にドアの閉まる音がしてすぐに邸内に人が駆け込む響きとともに声が聞こえる。
「ぷらむちゃんっ!萌ちゃん!!ぷらむちゃんっっ!!萌えちゃーーん!!!」
この屋敷の車用の門は確か、正面玄関に対面する正門のある南側の塀と生け垣から道(敷地をほぼぐるっと道路が囲んでいる)を時計回りに一つ角を曲がった西側のさらに北寄りにあって、正門から玄関の間に広いお庭がある南側と、生け垣と屋敷の間に庭がつづいている東側と違って、自動開閉機構のある鉄門から屋敷の西側に隣接する車庫まではそんなに距離はない。
たぶん車を急かして帰宅した声の主は、その車を車庫にしまわせる間ももどかしく勝手口より駆け込み、私たちの名を叫びながら娘の部屋へと走ってくるのだった。
走る足音が近づいてくる。開けっぱなしだった部屋に駆け込んできたのは、やはり広世さんの母親だった。
そしていきなり私と自分の娘を抱き寄せる。
「大丈夫、大丈夫だからね」
幼子にするように私の頭を撫でる。
そして優しい声で話してくれるが、あまり意味のある話はなく、ただ慰めてくれるだけ。
一緒に彼女に腕の中にとらえられた広世さんはちょっと困惑してたけど、しばらく大人しくつかまったままだった。
「うわああ」
唐突に正気に戻った私はその状態から離脱すべく?奇声を発する。
まさか突き放すわけにもいかないが、顔を真っ赤にしてモゾモゾしているとやんわり放してくれる。
あらためて今の状況を振り返るに、とんでもないとか大変なとかでは間に合わない途轍もなく無理無理な事態。
だけど、一番の問題は赤っ恥の私をどうしようということでしょ。
文字どおり私の顔は真っ赤っかになってるはず。
しかし顔が爆発しそうな恥ずかしさを抱えてなお、さっきまでのパニックの時とは違う意味で逃げ出せずにいた。
思えば昨日からいろんな目にあった。
もとより何を約束された事でもないし、損得勘定でどうこう言う状況ではないのだろうけど、私にとってマイナスに思える事ばかりで収支が合ってないと思っても仕方ないんでないの?
そもそも何のためにここに居るんだってこと。
私は私の知りたがりの足しになる事をすこしも得てない。
むしろ謎ばっかり増えてるんだよね。
でもしかし、度重なる赤っ恥に今すぐここから逃げ出して、何もかも忘れて自分の布団に潜り込みたい衝動も、あらがいがたく有る。
また、パニックになった原因の恐怖心が完全に無くなったわけでもない。
結果表れた私の行動は「むーむー」言いながら、半開きになった手と所在なくブラブラする腕、その場でぐるぐる足踏みして回るという珍妙なものだった。
我に返るまでの数瞬だったとはいえ、またしても痴態を晒した私の心はもう逃げ出すほうへだいぶ傾いてた。
「お母さん、お母さんはピーちゃんの目と耳でここでの事は全部知ってるんですよね」
「ええ、だからお母さん、すごく急いで帰って来ちゃった」
そう話す彼女をよく見れば、何かすごい格好をしている。
急いで帰ってきたと言うからには仕事着なんだろう。
派手なガラがあるわけではないから気付かなかったけど、ちょっとコスプレっぽい。
和装?でも普通に見られる着物とは明らかに違う。
それと、ピーちゃんってあの妖精みたいなののことか?
「トーちゃんとワッちゃんは居るの?」
「そうね、どこかその辺に居ると思うわよ」
増えた。しかも見えてない状態でそこらへんに居るらしい。
「そんなことよりどうしようか、ぷらむちゃん萌ちゃんにまだ何も話せてないんでしょう?」
「はい。あと家ちゃんは異常を感知していませんよね。ですから、家ちゃんはあの子達を悪意ある侵入者ともここでの発言に嘘があるとも思っていないという事ですよね」
「ええ、そうね」
と言いながら別世界の龍神を名乗る二体のほうへと向かう。
と思ったら私のほうへあわてたように振り返る。
「ごめんなさい。まだ名前も言ってなかったわね。ぷらむの母の広世静と言います、昨日にも会ってるのにホントにごめんなさいね」
「あ、い、いいえ、私は彩葉萌、です・・・おじゃまして、ます」
うう、何ともマヌケな受け答え、どうしたらよかったんだ。
この二人、どうも性格が軽いんだよ。それともこんな事態は日常茶飯事なのか。
「さすがにそんなことはないですよ、萌ちゃん」
ああ、そうだったこいつ考えてることを読めるんだ。
「あーー、あの、これはお部屋に案内したあと一番にお話しようと思ってたことなんですけど」
広世さんが話し始めて、彼女の母親は少しこちらを見た後ベッドのほうへ向かう。
「まずわたくしのいわゆるテレパス能力は変質能力と呼ばれているそれではありません。超能力と言われるとそうなのかも知れませんが、区別のために技能と言ってます。つまりわたくしが必要にかられて身につけた技術だという事です」
はあ、すると何か、自分で頑張って習得した技だってか。
イヤありえないでしょ。
「そんな・・・テレパシーが、習得すれば、誰でも使える、技術だってんなら、その、ええっと、いろいろおかしくない?」
あはは・・・何て言っていいかわからないけど、おかしいよね、私間違ってないよね。
「??そうですね、テレパシーって、すごくありふれた言葉だと思うんですけど、実際に使える人は聞いたことがありませんね、どうしてでしょう」
そお言う事じゃあ、ない。
そこで母親が振り返りつつフォロー(?)する。
「ぷらむちゃん・・・あのね、いつも言ってるでしょう、すごく特別な力だから気をつけないと駄目なんだって。“カリスマの声”ももちろん念話だってそうですよ。それに、誰だって考えてることが覗かれてるなんて事は全く許容できることじゃないんだからね」
「それは分かってますよう」
カリスマの声!
それが広世ぷらむの能力、か?
いやしかし、テレパシーなどと言うでたらめな技能を習得しうる彼女のポテンシャルはいったい何だろう。
そのカリスマの声以外に何かあるのかな。
「それにわたくしが出来るのは、わたくしの言葉を声に出さずに伝えることと、すでに会話が成立していると認識している方が言葉に発すると決めてる思考が分かる程度ですよ」
「分かってるわよ、それでも、です」
「はぁ~い。・・・あ、でも萌ちゃんごめんなさい、なぜだか分からないんですけど萌ちゃんには私の声が効かないみたいだし、萌ちゃんの思考が他の方よりすごく明瞭に聞こえてしまってるみたいなんですけど・・・」
なんですと・・・
「それなのよね~」
それなのよね~、じゃあないですよ、静さん。