6.しっぽ(1)
その後も、私は一人あっちこっち興味のおもむくまま、無言でキョロキョロしながら歩いていたんだけど、広世さんは広世さんで黙って何やら考えながら歩いていた。手は放してくれなかったけどねっ。
そろそろ声の聞こえるような近くに常に人がいるような感じではなくなってきた。
広世さんは「ぷはっ」とか言いながらしゃべり始める。別に息止めてたわけでもないだろうに大げさだよね。それにさっきまで何やら考え込んで足が遅くなってたのに、一転パタパタと落ち着かない。
「わたくしっ、あの塀の事ずっと考えてたんですけど・・・」
ちょっとまてーーーい。ずっとそのこと考えてたんかーーーい。
いやまあ、一言も言わずにその話題については、もう終わった事にしてた私がいけないんかも知れないけど。
口をポッカン開けて呆れた感じになってる私に、かまわず続ける広世さん。
「あの塀が危険なのは分かりましたが、萌ちゃんが何で悩んでいるのか分かりません」
・・・あ、そっか、私の能力がらみで悩んでるのなんか説明してなければ分からないね。
でも「悩んでる」なんて言ったっけ。
「そもそもわたくしの足りない頭では解決案が思い浮かぶ気がしませんので・・・」
はあ、自分で足りない頭とか言ってるし。
彼女の前に手をかざし、一旦黙ってもらう。
「ちょっと待って、ごめん、その話はいいのよ」
「え、でもでも」
「忘れて放置しようって、わけじゃ、ないのよ。でも、今は私だって、どうしたらいいか、分からないけど・・・」
私が少し言いよどむと、かぶせるように広世さんが言う
「ですから、わたくしの母に相談すればいいと思います。母はすごいんです。相談事のプロフェッショナルです。きっと何とかしてくれますよ」
「あ」
そっか、誰か大人に相談しなけりゃならないとは思ってたけど、彼女の自慢の母親が彼女の言う通りの人物なら選択肢の上位として覚えておいてもいい。
「でも、今日はその問題の前に、訊きたい事がいっぱいあるし、やっぱりそれはまた今度、じゃないかな」
今、なんで手までつないで一緒に彼女の家に向かってるか、まさか忘れてるわけじゃないよね。
「・・・そ、そうですよ、ね」
分かってくれたらしい。なんにせよ今日のイベントを済ませてからの話だ。
その上で相談するかどうかは、今日知る事になるだろう諸々が参考になるんじゃないだろうかと思っている。
「それなら、萌ちゃんが知りたい事はたぶん全部おうちに着いてからでないとお話しできない事ばっかりなので、わたくしのお話に付き合ってもらってもいいですか?」
えーっと、なんだ、やっぱりこの子のノリ、軽いよね。
私もそんなに深刻になってるつもりはないけど、これから彼女の家で話そうとしている内容にしても、さっきの塀についても、わりと重めの話題だと思うんだけどなあ。
まあ正直彼女との会話は、不思議と苦痛ではない。
私は肯く。彼女もニッコリ肯いてしゃべり出す・・・
「萌ちゃんしってますか?英語でおとぎ話って、妖精のしっぽって言うんですって、おかしいですよね」
私、しばしキョトン。なんでいきなしそんな話題。まあいいけど、しかしね・・・
「あ、あのね、間違い。fairy taleで確かにおとぎ話だけど、こっちはT・A・L・Eで、おはなし。しっぽは、T・A・I・Lで違う単語だよ。発音一緒だけどね」
今度は広世さんがしばしキョトン。
でも広世さんは間違いを指摘されても、別に恥ずかしいといったわけでもなさそう。そして、
「えー、そうだったんですか、つまんないですー」
全身で本当につまんなさそう。声も、顔も、仕草も。
しかし、私は限界。なんだか、だんだんおかしさがこみ上げてきて、喋るどころか顔もあわせてらんない。そして、我慢できなくなっちゃった。
「ふひひ、ひょっ、ひょひょひょひょ・・・・・・」
うつむいたまま笑ってしまった。止まらない。
「ひょひひゃへひゃひひょひひひ・・・・・・」
何ともかっこ悪いというか人目をはばかる笑い声なのは自分でも分かってる。
分かってるもん。
でも、笑い声とかクシャミなんかは直そうと思ってもどうにもならない。
て言うか、ホント止まんない。てか、とーめーてー。
「ふ、ふふふ、あははははははは・・・・・・」
お前まで笑ってんじゃあねーーー!
結局ひとしきり笑って、人が来たのであわてて走る去る。
ホントにもう、なんだこいつ。
ナニハトモアレ、広世邸に到着。
立派な屋根のある門、数寄屋門って言うんだっけ?に、昨日は余裕がなくて気付かなかったけど、あんまり目立たないようにある表札には、「廣世」とある。これは単純に旧字になってるだけかな。
しっかし、やっぱりでっかいなー。門もだけど、その両サイドに延びる塀も立派。派手さは微塵もなく質素ささえ感じるけど、重厚で少し威圧感あり。そして、塀は敷地をぐるっと囲っているわけではない。数メートルで途切れた塀から先は違和感なく生け垣になって、ずうっと向こうにつづいているよ。
生け垣はマキかな。当たり前のようにビシッと刈りそろえられているけど、無機質なまでに整然としていると言う訳でもない。内側にある植え込みとの調和と、適度で適切な刈り込みのおかげなんだろう、しっかりと生命力を感じる。
そんでやっぱり、その奥のお屋敷はでっかいのに平屋なのもあってか、外からは見えない。
私は彼女に案内されるまま門をくぐる。そこは呆れるほど広い庭。
やっぱりここも、昨日はちゃんと観る余裕がなかったので、ちょっとゆっくり眺めたい気もする。
車が出入りするわけではない正門の内側は、お屋敷の玄関まで飛び石が案内している。その敷石と玉砂利の径は、まあまあな広さの公園ほどもある庭園にふさわしく堂々としてまた長い。うん、長い。門から玄関までが長すぎるよ。
その飛び石の径の両脇に広がる庭園には、様々な樹木草本そして花々がそれぞれ主張するでなく埋没するでもなくあった。広く、よく手入れはされているけど、豪奢でもないが凡庸でも無論貧相でもない、日本風の庭園。日本風と言ったのは、よく見ると純日本庭園に相応しいとは言いがたいものがチラホラと見えるから。
つまり、高級料亭や有名旅館の庭園のような客の目を楽しませるものではなく、大名庭園みたいなご大層なものでもない、言ってしまえば田舎のちょっと大きいだけの庭の究極進化版みたいな?
だから、お金のかかった良く出来たお庭にあるような、大きな庭石や枯山水、石灯籠とか鹿威し、はたまた錦鯉のいる池なんかは何一つない代わりに、洋風の花壇やベンチとか普通庭木には植えないような雑木なんかとか田舎くさくなりそうな果樹までが有るのに、全体的には見事な日本庭園になっているこのお庭に、私は目を奪われてしまっていた。
「あの、萌ちゃん?」
はっ、思った以上にお庭に見蕩れていたらしい。しかし広世さんが「良かったらゆっくり観ていきますか、わたくしはあそこのシイの木の木陰が・・・」とか言い始めたので、適当に辞して玄関へ急ぐ。
「ただいま帰りました」
「おじゃまします」
そう言えば、門から入るときも、今開けた玄関の引き戸も、鍵を開けた様子がなかったんだけど。
今、この屋敷に人がいるようでもないし、広世さんも今日はこの時間は誰もいないと言っていた。訊いてみてもいいだろうか。
「この家、戸締まりとかって、どうなってるの」
「あ、えーと、ちゃんとしてますよ?我が家のセキュリティーの事なので細かくお話は出来ませんが、なにやら特殊で独創的かつほぼ完璧な防犯対策だとおじいさまが言ってました」
ふむふむ、広世さんの祖父は確か、町民で知らない人はいない、いわゆる街の名手、らしい。
と言うか、とある業界では世界的に知る人ぞ知る豪傑という噂があったり(その業界とやらがなんだか分からないのがまた怪しい)、名前は知れ渡っている割に本人の顔を知っている人があまりいないとか、主に私のおばあちゃん情報だけど、ちょっと怪しい人、なんだけど。まあ、そのおじいさん、つまりこの屋敷の家長折り紙付きのセキュリティーというわけね。それが市販の防犯機器とか警備会社のホームセキュリティとかじゃなくて、独自の防犯対策というのがまた怪しいんですけど。
「あ、それと関係無くはない事で言っておかなければならない事がありました」
しかしそこでちょっと黙って、広世さん斜め上を向いてなにやら一生懸命思い出している様子。
マヌケな行為のはずなのに仕草がいちいち可愛いからずるいよね。
「えと、失礼ですが、萌ちゃんに一つ確認させてくださいね」
そして私たちは、玄関に入ってすぐ横にある土間の応接室に入る。
大きい家ではそんなにめずらしくないものだけど、ここには間に合わせではない、質素ではあるけど安物ではなさそうな家具が一揃えあって充分広く、この家の偉容さを示す一端をになっている。
そこで広世さん、少し真剣な顔になって話し始める。
「いくつか質問させていただきますが、その前に一つだけ我が家の秘密をお話します。その上で、お答えをいただけるか、それとも大変残念ですがこのままお帰り頂くかしてもらわなければなりません」
来た来た、ドキドキしちゃう。
「実は我が家の中にいる以上、来客や侵入者の嘘や悪意は必ず暴露します。これは行動や思考を制限するものではありませんし、具体的な思考まで読むものではありませんが、家自体に掛けられた強力な術式で先ほど申しましたセキュリティーシステムの一部です。ここまではいいでしょうか」
マジですか、こわいですねすごいですね。
とりあえず私は肯いて続きを聞く。
「単刀直入にお尋ねしますが、萌ちゃんは変質能力保持者で、それを隠している。そしてわたくしや母も能力保持者である事を気付いている。これで間違いないんですよね」
あぁ、やっぱり、どこまでだかわからないけど、いや、たぶん何もかも知られてるんだね。
想像してた事だし、今さら帰るなんて選択肢は、無い。
「そう、私は変質能力保持者。 なぜか私の事がバレてっるっぽい事がすごく気になってる」
バレてしまってるとしても私が能力者なのを隠してるって、わざわざ言葉にしなくてもいい。
彼女ら親子が能力者であると自ら認めてしまっている事も。
「あ、もし不安な気持ちにさせてしまってのならごめんなさい。分かっていた事ですが確認が必要だと言われてました。それもこれも含めて萌ちゃんの希望に応える事が出来ると思いますが、あとはわたくしの部屋で、と言うことになります。」
そしてニッコリ微笑んで立ちあがる広世さん。
私も肯いて席を立ったが、きっと顔は笑えていないんだろうな。
「あっと、それと、たぶんご存じないと思いますが、いわゆる変質能力と呼ばれている力には、発動時に使用者による確たる優先順位がありまして、さらに常に家のセキュリティーシステムが能力に必要なマナとか精霊とか呼ばれてるモノを大量に消費していますので、特殊な符号を持っている我が家の人間でないと、まず能力は使えませんので」
「は?えぇ~っと??」
「とにかく、わたくしの部屋に行きましょう」
まいったな、全く頭が追いつかない。この家の中では能力が使えない、それと?
結構なおバカだと思ってた広世さんが、この私の理解が追いつかない事をさらさらと喋ってる・・・とか思ったけど、これはいろいろ説明不足の彼女のセイだよね。
こってり質問攻めにしてやる。
昨日も通った屋敷の内側を貫いてるっぽい板張りの廊下を奥へと進む。
確かに私の能力は動いてる感じではない。
昨日と同じだ。私をどうにかしようというならホントにどうにでも出来るわけね。
でも、昨日は普通に私を帰したし、なぜかとても友好的な彼女とあの母親は信じる事が出来る気がする。
どちらにしても今は私が知りたい疑問の答えを得る機会を逃す事は出来ないんだけど。
彼女の部屋は長い廊下の中程にあった。女の子の部屋に似つかわしくないやけに重苦しい印象の戸は、しかし、あり得ないほどの静けさで開く。
振り返り、彼女は私を自室の中へ招いた。
「さあどこででもくつろいで下さいね。わたくしの部屋はちょっと日当たりは悪いですけど招かれざるモノは人も物も情報も出入り禁止の万全セキュリティーです。」
部屋の中は入り口の引き戸(そう、ドアじゃなくて引き戸なんだよ)とは違って、ちゃんと女の子っぽい普通の内装だった。確かに窓が天窓しかなく、少々圧迫感がなくはないけど、十分な照明とすっきりとして可愛らしい構成で、結構おちつけそうだ。
けど、ひときわ目につくものが、ベッドの上に二つ。
見たことのないデザインのやたらリアルででっかいぬいぐるみ。
白っぽいのと黒っぽい二体のそれらはしかし、ぬいぐるみではなかった・・・
やっとここまで来ましたよ。
ええ、やっとです。
ここが初期プロットの第一話、スタート地点なんですよ。
しかし書いてしまって言うのもなんですが、広世邸のお庭は実際あったらどうなってんのか。
とても絵におこす気にはならないですな。