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伸ばした腕は


 ざわりと、空気が動いた。


 アランの到着を待ちながら書類の整理に従事していたカインは、はっと顔を上げる。

 どうしましたか、と首を傾げるリテアに駆け寄り、ぐいっと頭を下げさせた。


 次の瞬間、書斎の窓が割れる。ガラスの破片がぱらぱらと飛び散り、悲鳴を上げるリテアを抱きしめながら部屋の中心へと駆ける。

 窓の方を見ると、顔を隠した数名が次々と着地するところだった。

 ここは2階だ、加えて邸の中でも奥まった場所にある。侵入するのは簡単ではない。

 それでもこうして侵入(はい)ってきたということは、相手が相当な手練れである、ということで。


「書斎に侵入者だ!!」


 大声を上げる。廊下には見張りの兵士が数名居るはずだ。

 カインが声を上げるのと同時に、彼らが慌てた様子で飛び込んできた。

 書斎の惨状に目を見開いた彼らは素早く武器を構えようとするも、音もなく近づいた侵入者に瞬く間に伸されてしまう。

 くぐもったうめき声をあげ、見知った兵士たちが次々倒れていく。


(強い)


 冷や汗をかく。

 久しく感じなかった緊張感だ。


「リテアさん。俺から、離れないで」

「っ、はい」


 彼女が小さく頷くのを視界の端で捉えながら、目の前の敵に集中する。

 此処にいるのは全部で3人だ。カイン達を包囲するように、じりじりと迫ってくる。


 自分一人であれば、強引に突破口を開くこともできるのだが。

 背後には、リテアが居る。彼女を守るのが最優先だ。ここは(しの)ぎつつ、増援を待つか。

 ……いや、下手に来られても先ほどのように無力化されるだけだ、邸の中で対抗できるような実力を持つのは、恐らくカインの他にアランくらいしかいない。

 彼が来てくれれば突破できるかもしれないが、この状況、敵が狙っているのがリテアだけとも限らない。もし邸の誰かが被害に遭って、そちらの対処に追われているとしたら、アランの到着はますます遅れるだろう。

 つまりは自分一人で対処する、と考えて動いた方が良い。

 ……ああ、くそっ!


 回り込まれないよう、壁を背にしながら敵との間合いを測る。

 出来れば一人一人倒せれば良いが、あちらもカインがそれなりの実力者だと察しているらしく、不用意に飛び込んできたりはしない。

 時折力量を測るように剣を突き出してくるのをいなす。

 時間があまりにもゆっくり流れていく。


 とうとう敵の一人が焦れたらしく、ぐっと一歩踏み込んできた。それに呼応し、もう一人が後ろに回り込もうとしてくる。

 カインはすかさずリテアの腕を引いて斜めに踏み込み、身を(かわ)しながら踏み込んできた敵の脇腹に剣を叩きこんだ。

 防具の隙間を狙ったそれは的中こそしたものの、手応えが弱かった為、よろめく敵の胴をすかさず蹴り上げ距離を取る。

 その返す足で回り込もうとしていた敵に正対し、リテアを奪おうと伸ばされていた腕を逆に掴み、床に引きずり落とす。そして無防備にさらされた背中に剣を突き立てた。

 うめき声を上げた敵から数歩下がり、距離を取る。

 これで2人、無力化に成功した。


(あと、1人)


 残った1人は若干の動揺が見られたものの、慎重にこちらを窺っている。

 敵の覆面の隙間から見える瞳、その背格好は存外若いようだ。

 加えて頭から指先、足先まで厳重に覆い隠すような服装に少し違和感を覚えるのと同時に、記憶の隅が刺激されるような感覚。

 歴戦の動きをする若い襲撃者と、身体を念入りに覆い隠す服装。

 ……咄嗟(とっさ)には思い出せない、が、今はこの場を何とかすることが最優先だ。

 掴むリテアの腕が震えている。彼女の為にも、早く。


 睨み合いが続く。

 額の汗がじわりと滑り落ちる。

 敵が隙を窺いじりじりと間合いを詰めてくる。

 ついに一歩踏み出そうとしたのを察知し、カインも全身に力を入れた、その瞬間――。


 遠くから足音が聞こえた、それは瞬く間に書斎に近づき、アランかと思ったが違う、これは複数人、そして何か重いものを運んでいるようなずっしりとした。


「おい、まだかよ!」


 扉を蹴立てて飛び込んできたのは、先日まみえた男――リテアの親戚の一人である、アギゼ。

 息を切らせながらずかずかと入り込んできた茶髪の男は、後ろに覆面の襲撃者数名を従え、こちらを見ると忌々しそうに舌打ちした。


「なんだよ、やられてんじゃねぇか。使えねえ」

「……」


 カインに対峙していた襲撃者は沈黙を貫きながらも、アギゼに頭を下げる。

 カインは人が増えたことに焦りを感じながら武器を構え直し、リテアは分かっていてもやはりショックだったのだろう、アギゼの顔を見て小さく呟いた。


「アギゼおじ様、どうして」

「あぁ? どうしたもこうしたも、お前があんまり強情にイシス領(ここ)を渡さねえもんだから、わざわざ貰いに来てやったんだろうが」

「……なにを、馬鹿なことを」


 リテアはきゅっと唇を噛みしめる。

 その様子を見下したように鼻で笑いながら、アギゼはぎろりとカインを睨む。


「で? そろそろその娘を渡してくれやしませんかねぇ、赤髪の坊ちゃん」

「渡すはずがないだろう」

「あぁ?」


 きっぱりとそう告げるカインに眉をピクリと動かす。


「お前、この状況が分かってねぇのか」


 アギゼが顎で示す、この状況。

 カインの前には複数名の襲撃者、出口からは遠く、背後は今はまだ辛うじて取られていないが彼らはじわじわと迫り、囲い込まれ、逃げ場が無くなろうとしている。


 絶体絶命なのは分かっていた、けれどカインの中には微塵(みじん)も、リテアを渡すという選択肢は存在していなかった。


(リテアさんを、守る。たとえ、俺がどうなろうとも)

「カイン、さま」


 決意を胸に、目の前の敵を睨む。

 その気迫に、襲撃者やアギゼたちは一瞬たじろいだ様だった。


「チッ。……おい、あれを寄越せ」

「は」


 その時だ。

 忌々しそうに顔をゆがめていたアギゼが、一転下卑た笑いを覗かせ、唯一背後に控えていた大柄な男にそう、指示したのは。


 そいつは書斎に入ってきた最初から、何か大きな袋を抱えていた。聞こえてきた重い足音もこいつのものだ。

 その袋は、そう、小柄な人間一人くらいは入りそうなくらいの。


 嫌な予感がした。


 そのときにはもう、遅かった。


「おい、こいつがどうなっても良いのかァ!?」

「う……」


 小柄な身体、うめき声をあげるぐったりとした色白の少年。

 輝く金髪に母譲りの美貌を持ち合わせた、彼女(リテア)にとって最愛の。


「……っ、ユーグ!!!」

「リテアさん駄目だっ」


 どこからそんな力が出たのか、しっかりと握っていた筈の腕を振りほどかれる。

 リテアが、カインの後ろから飛び出す。居なくなる。

 その瞳は必死に、弟を助けようとして。


「今だ、捕らえろ!」


 カインがリテアに伸ばした腕は、襲撃者によって叩き落された。

 同時に、頭に衝撃。


「ぐっ」


 まずい、意識が、落ちる。


 必死に瞼を押し上げながら、カインが最後に見たものは。


 元通り袋に入れられ担がれるユーグと、我に返った顔でこちらに手を伸ばし――、口を布で覆われ、昏倒するリテアの姿だった。



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