作戦会議・2
「え、ええとそれで、金髪男の目的はユーグ君、だったとして。あいつらがリテアさんに向けたあの視線は、どういうことだい?」
「そうですね……、そこは、少し憶測が入ってくるのですが」
リテアが少し考えるように視線を下に落としながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「恐らく。彼らは私に、別の人の面影を見ているのです」
「と、言うと?」
「そうですね……、グレイズ叔父様は姉君を奪った私の父、スヴェンの面影を。そして恐らくアギゼおじ様は、私の祖母の面影を」
「リテアさんの、お祖母さん?」
「はい」
リテアが頷く。彼女の言葉に、アランも頷いて同意を示した。
「カイン様は、このハイムウェル家の成り立ちを、ご存知ですか?」
「ハイムウェル家の? そうだね、確かリテアさんのお父上が2代目の、まだ新しい家だということくらいかな。……そうだ、その辺りについて、俺も気になっていたんだ。良かったら教えてくれるかい?」
カインは身を乗り出す。
リテアの書斎に初めて入った時、そして書類を勝手に見た時に気になっていたこと。
それは主に、リテアの父・スヴェンのサイン――彼のフルネームに起因していた。
わざわざ誰かに訊くのもどうかと思って、図書室で色々と調べ物をしていたのだが、この邸の住人にとっては当たり前の事項であるからか、結局十分なことは分からなかったのだ。
それを、今から彼女が話してくれるらしいと察して、カインはこんな状況で不謹慎だと思いながらも、少しわくわくしてしまう。
そんな彼の様子が予想外だったのか、リテアは一瞬目を見開くと、次いでくすりと笑い、はい、と答えた。
「カイン様の仰った通り、ハイムウェルは比較的新しい家です。父で2代目ですから、私やユーグで3代目になります。そしてここからは、少し説明が難しいのですが」
彼女は、ええと、と呟き、カインに目を向ける。
「もしやカイン様、書斎の書類で、父のサインを見ましたか? それで、父の過去について、疑問に思った?」
「ああ、流石リテアさん。実はそうなんだ。ごめんね、勝手に見てしまって」
「あ、いえ、それは全く問題ありません。見られて困るようなものではありませんので。……では今、父のフルネームを覚えていらっしゃる?」
「勿論。リテアさんの父君の名前は――スヴェン・ティアトーレ=ハイムウェル、だった」
「はい。その通りです」
「この国の一般的な習慣として、貴族は何らかの理由で家名が変わった時、元の名字に新しい名字をくっつける。だから俺の名も、今はカイン・アーシファ=ハイムウェル、だ。でも俺は、ティアトーレという名を聞いたことが無かった。だから、少し気になっていたんだけど」
「はい。この説明の難しさも、まさにそこに関わってくるのですが。まあ、結論から言ってしまうと」
リテアは一呼吸置き、こう続けた。
「ティアトーレはお祖父さまが、臣籍降下……つまりは王族を抜け、一貴族となられた際に与えられた家名で、ハイムウェルはお祖母さまが領地発展の功績によりいただいた家名です。本来ならば一代限りの筈でしたが、父の希望で、本来継ぐべきティアトーレではなく、祖母由来のハイムウェルを家名としているのです」
「……はい?」
何か今、ものすごい単語が混じっていたような。
「え、うん、ちょっと待って……王族?」
「ええ、はい。祖父は当時、王兄だったみたいで。今の王様の伯父、にあたりますね」
「つまりリテアさんやユーグ君は、現王家の……あの王太子の、はとこ、になるの?」
「はい、そういうことになります」
「……ええええええ!??」
「きゃっ」
カインは驚くリテアやユーグたちに構わず、頭を抱える。
(えっちょっと待って、あいつの!? リテアさんたちが、あいつの、親戚!? え、じゃああいつが言ってた「妹分」って……、「おまえにおすすめの子」って、まさか)
ものすごく混乱しているカインに対して、リテアはきょとんとした顔をしている。
王族に近い血筋だなんて、家の第一の誇りとして掲げても良い位のとんでもないことなのに、リテアはまったくそうは思っていないようであった。
彼女はただただ、カインのオーバーリアクションに驚いているのみである。
「あの、カイン様? お話を続けても宜しいですか?」
「ああうんごめん、どうぞ続けて」
「は、はい。祖母のフルネームは、メイベル・ティアトーレ=ハイムウェルといいます。生家はルスト男爵家です。本来ならばルストという名も、名乗るべきなのですが……。実は当時の当主、お祖母さまのお父君が、よからぬことを企んでいて、それを祖母が事前に阻止したとかで。結果、ルスト男爵家は取り潰しになり、本来家を継ぐべきだったお祖母さまの弟、つまりアギゼおじ様の父君は、継ぐべき家と貴族位を失いました。それで、おじ様はメイベルお祖母さまと、お祖母さまに似ている私のことを恨んでいるのではないかと……」
「……つまりは逆恨みってこと? 性質が悪いな」
「まっったくもって、その通りでございますなあ!!」
「うわ!?」
突然の大声。
何事かとカインがその方向を見ると、先ほどまではうつらうつらと船を漕いでいたウルスが立ち上がってこぶしを握り、ふんすふんすと鼻息を荒くしていた。
「まあぁぁぁあ奴らの傍迷惑なことといったらないですじゃ! メイベル様はこの領地の為、ご家族の為に尽力されたからこそ女性の身ながら爵位を与えられたというに、メイベル様の陰謀だ、本来は自分たちが享受すべきものだとかなんとかつらつらつらつらと」
ものすごい勢いでまくしたて始めたウルスを誰もがぽかんと見つめる中、アランだけがのんびりとした様子で、ウルスに話しかけた。
「なんだおまえさん、起きとったんか」
「失敬じゃのうアラン、わしは居眠りなんかしとらんぞい」
「本当かねえ。まあ、荒ぶるおまえさんの気持ちは分からなくもないがの」
アランはウルスに呆れた目線を寄越し、次いでリテアとカインに向き合うと、こう言った。
「メイベル様は本当に立派な方でした。早世された夫君に代わって女手一つでスヴェン坊ちゃんを育て上げ、荒れた土地であったイシスの地を、ここまで盛り立ててくださった。儂らの世代で、メイベル様に感謝しない者はいません。ですのでリテアお嬢さま、あ奴らの言葉は全く気にする必要はございませんぞ」
「……そうね、アラン。ウルスも、ありがとう」
リテアはゆっくりと微笑む。それにアランは軽く頷き、ウルスは懐かしそうに目を細める。
「ふぉふぉ、やはりリテアお嬢さまは、メイベル様にそっくりじゃ」
「ふふ、そう? 嬉しいわ」
束の間、書斎に穏やかな空気が流れる。
親密な彼らの様子を、ある種の羨望と共に優しい眼差しで見守っていたカインは、「……それで、どうしようか」と、話を元に戻す。
「事情はだいたい分かったよ、ありがとう。あと一つ確認したいんだけど」
「はい、なんなりと」
「あの2人組は、またこの邸に押しかけてくると思う?」
「十中八九、来ますな。あれで懲りるような者共ではありませぬ」
アランが答える。
「そう、だよね。俺が抑止力となり得なかったから。本当に、すまない」
カインはリテアに、改めて深々と頭を下げる。
「カイン様、もう謝らないでください。私たちは本当に、気にしていません」
「いいや。これは、俺のけじめでもあるから。それに」
カインは昨日の男たちの様子を思い出し、眉間にしわを寄せる。
「……どうも、嫌な予感がするんだ。あいつらの目付き。やっぱりどう考えても、尋常じゃなかった。随分長いこと膠着状態だった中、俺がここに来たことで、あっちも焦っているかもしれない。昨日を機に、もっと思い切った行動を起こすことも考えられる」
「ふむ。一理ありますなあ」
アランが難しい顔でため息をつく。
「そんな、アランまで」
「いえ、お嬢さま。カイン殿の言う通り、注意するに越したことはありませぬ。と言っても、ふうむ、ここの兵はちとのんびりしておりますからなあ。どうすべきか」
「ひどいじゃないですかアランさん! お嬢さまや坊ちゃまに危険が迫っているとあらば、俺らだって本気を出しますよー!」
「そうだそうだー、ひどいぞー」
「私たちだって、いつも以上に屋敷の様子に目を光らせますよ!」
「使用人、というか私たち女性陣の情報伝達網、なかなかすごいんですからねー! 男にゃ負けませんよー!」
アランがそんなことを呟くと、今まで黙っていた使用人たちが一瞬で騒ぎ始める。
といってもこんな時でさえなんだか脱力するような空気感があり、アランは苦笑いをした。
「まったく、そんなところが少々心配なのじゃが……。ま、信じてみるとしましょうか。確かに、団結力はピカイチですからの」
「「「「いえーい! お任せあれ!」」」」
早速息の合った動きでハイタッチをしあう使用人たちを横目に、アランは続いて、ユーグに声をかける。
「では次に、ユーグ坊ちゃん。申し訳ありませぬが、稽古はしばらく休みにしましょう」
「えー!? どうしてですか、こんな時こそ僕も!」
「こんな時こそ、です。儂は邸の警護の見直しで忙しくなりそうですし、坊ちゃんが標的になる可能性は十分ある。中庭といえども、邸の外には出ない方が宜しいでしょう」
「ええー……」
「でも」「やっぱり」と、もごもご呟き、アランを見上げ。
なんだかんだ甘いところもある自分の師匠が、今回に限っては譲る気が無いことを悟ると、ユーグは不承不承ながら頷いた。
「……わかり、ました。僕、しばらく邸の中で、ウルス爺とお勉強を頑張ります」
「良く決断なされた。ありがとうございます、坊ちゃん」
ユーグの頭をがしがしと撫でた後、アランはリテアとカインに向き直る。
「カイン殿は、どうしますか」
「そうだね、この流れで行くと僕は、リテアさんの警護をした方が良いかな。一番狙われる可能性が高いのは、リテアさんだから」
「そうですな。まあ、最近はいつもご一緒ですからなあ。いつもより、まあ、付きっきりで? お嬢さまの身辺に危機がないか気をつけていただければ、良いのではないですかな!」
「なっ、ちょっ、アラン!?」
真面目な話をしていたのに、最後の最後でそんな茶目っ気をぶっこんできたアランに、リテアは顔を真っ赤にしてあわあわする。
そんな彼女の抗議をにやにやしながらいなしつつ、こちらにさりげなく目配せをしてきたアランに、カインは応えた。
「うん、そうだね。もう付きっきりで、身辺警護をこなしてみせよう。大丈夫、こう見えて俺は有能だから、いつもの補佐業務も完璧にこなしてみせるさ!」
カインのそんな一言で、この日の作戦会議は幕を閉じたのだった。




