二人の契約
「なるほどね……。貴女の事情は、だいたい分かったよ」
カインは、目の前のリテア・ハイムウェルという、17、8歳の――自分より6歳近くも年下の少女を、改めて見つめる。彼女はやはり厄介な事情を抱えていた。
伯爵家という、どう考えたって少女一人では支えきれないほどの大きなものを抱えていたのだ。
……それは、どれ程の重みを持つのだろう?
突然庇護者である両親を失い、導き手がいない中で、たった一人で家を守ってきた彼女。
この1年間、カインには想像もつかない苦難を味わったに違いなかった。
「……それで、その相手にどうしてわたしを選ぼうと思ったんだい?今の話をきいても、そこのところは全く腑に落ちなかったんだけど」
「……そう、ですね。まず、私が結婚相手に求めていた最低条件が、ありまして」
「ふむ?」
「ひとつ目は、ご実家が私の家以上の力を持っていること、そして二つ目は、私と対等に話してくださること、でした」
「……」
「家格が同じかそれ以上の家、もしくは家格が低くとも、ご領地が豊かだったり、その方のお父上やご兄弟が、国で発言力を持っていたり。とにかく、親戚の人たちが納得できるような、何がしかの力を持った方が、必要だったのです。……ごめんなさい、とても失礼なことかもしれませんが」
「いや、いや。貴女の置かれた状況を考えれば、至極尤もなことだよ。まあそれに、貴族の結婚なんてだいたいそんなものだろう。自分や自分の家に利益になるかならないかは、とても重要な選考基準だ。……しかし、なるほど。わたしの家は一応公爵家ということになるから、一つ目の基準はクリアしているね。でも、二つ目の基準は……」
「はい。これが、とても難しくて」
彼女は苦笑する。
「アーシファ様は私の話を、同じ目線に立って、親身に聞いてくれますね。そういう人は、本当に少ないんだって、ここ数日、嫌と言う程思い知らされました」
「それは……」
そうだろうなあ、と思う。
基本的に世の貴族男性はプライドが高く、女性や年少の者などを自分たちの下だとみなしている。女性を自分と対等の存在として――少なくとも、目の前の彼女が望むような意味で――接する男はほとんどいない、と言ってもいいだろう。とはいえ、基本的には自分もそういう男どもと変わらないような自覚はあるので、何とも言えなかった。
……なんというか、彼女が特別なのだ。彼女には一見柔和に見えながら、こちらに襟を正させるような、ちゃんと向き合わないといけないと思わせるような、凛とした雰囲気がある。感覚的なものなので上手く説明できないが、少なくともカインはそんな風に感じていた。
それは、一般的な女性に求められているものとは大分ずれているが、彼女自身が持っている魅力なのかもしれなかった。
「ですから、この二つの条件が揃った方というのは、今の所アーシファ様だけなんです。それに」
「それに?」
「……こうして二人でいても、全く不快に感じませんし。むしろ楽しいと思っています。私、けっこう人見知りの筈なのですが。不思議ですね」
「……それは、なんというか。照れるなあ」
ふふふ、と彼女が笑う。彼女の笑顔は、なんというか、癒される感じがする。かわい……いやいや何を思っているんだ俺は。
「色々条件を並べてはみましたが、生活を共にすることになるのですから、やはり最終的には、一緒にやっていけそうだと感じられる人が良いなと、思っていまして。アーシファ様となら、大丈夫かなぁ、と。……曖昧に聞こえるかもしれませんが、本当にそう思ったんです」
そう言って、彼女は居住まいを正す。そして、まっすぐこちらを見つめ、深く頭を下げてきた。
「……無理は承知の上で、どうか考えていただけないでしょうか?何なら、本当に結婚しなくても構いません。弟が成人する数年後、もしくは親戚たちの問題が片付くまでの間、お名前を貸していただくだけでも良いんです。……どうか、お願いします」
「……」
カインはしばらく沈黙する。
今までの会話を思い返して、じっくり考えて。そうして、自分の中で結論を出す。
「……そうだね、いいよ。その契約、乗ってあげる」
「!?」
彼女――リテアがはじかれたように顔を上げる。
「実は最近、今日あったことみたいなのが増えてきていてね。社交界に顔を出すのが、ちょっと億劫になっていたところだったんだ。……貴女の領地は、ここから離れたところにあるだろう?だから、避難させてもらえれば、なんて思ってね。それに」
そして少しわざとらしく、おどけた仕草で、言葉を続ける。
「わたしは面倒事が大嫌いなんだ。領地経営なんて面倒だろう?それを貴女が代わりにやってくれるというなら、大歓迎だよ」
硬直したように身動きをしなかったリテアが、その言葉を聞いてしばらくして、ふ、と吐息のような笑い声を漏らし、
「まあ、ご冗談をおっしゃって。……ありがとう、ございます」
……今までみたどれとも違う、へにゃりとした笑顔を浮かべた。
それは思わず視線が吸い寄せられるような、年相応の、可愛らしい笑顔だった。
「……」
「アーシファ様?」
「はっ」
「……どうかなさいました?」
「いやいやいや、何でもない! 何でもないよ!」
「そうですか?」
「そうそう! ……さて、話がまとまったところで。わたしたちが婚約したってこと、周囲に見せびらかさなくちゃね」
カインが、気取った仕草でリテアに手を差し伸べる。
「ということで、美しいお嬢さん。わたしと踊っていただけますか?」
「……!」
リテアが、遠慮がちに、少し照れ笑いを浮かべながら手を差し出す。
「……はい。喜んで!」
そして契約を結んだ二人は、カインは慣れたように、リテアは少しぎこちない動きで腕を組み、二人の仲を知らしめるべく、舞踏会場へと向かっていったのだった。




