第一席
本当は全一話にしたかったです
いつもの帰り道だった。いつも通り校門を出て、坂を下って、住宅街を抜けていく。春の暖かい日だった。顔に当たる風が心地良い。大通りの桜は満開だった。そんな景色を横目に角を曲がる。次の瞬間、俺の体は宙に浮いていた。道行く人々が俺を見つめている。受け身のやり方を思い出そうとしたが体育教師のカッパのようなハゲ頭しか思い浮かばなかった。地面に激突するかと思ったが、そんなことはなかった。俺は再び何かに撥ね飛ばされた。
弱冠十六歳にして、俺の人生は終わりを迎えることになったのだった。
気が付くと俺の横にはフードの男が立っていた。死んではいなかったのかと思ったが、道路には首から上が弾け、脳みそをぶちまけている何かがある。それから白い糸のようなものが俺に伸びているのを見るに、やはりこれは俺の死体なのだろう。俺が冷静でいられたのはそこまでだった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
俺は叫んでいた。理性は消え失せ、思考なんてものは出来なかった。ただ、自分が死んだという事実の前では、俺は人でいることは出来なかった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaっ」
絶叫は、フードの男の一太刀によって止まった。止められたが正しいかもしれない。別に俺が斬られたわけではない。俺と俺の死体を繋いでいた白い糸のようなものが断ち切られていた。
俺の意識はそこで途切れた。
気が付くと俺は長蛇の列に並んでいた。皆一様に同じ服を着ている。列は少しづつだが動いていた。一体ここは何処なのだろうか。ひたすらに石の道が続くだけの場所のようだが…
そんなことを考えていると長い列の先から声が聞こえてきた。
「ざ……す…き…もこ……まは…ごく…きだ!」
途切れ途切れでほとんど聞こえなかったが、恐らくこの列の先で何かを告げられるのだということは分かった。しかし何故俺はこんなところにいるのだろう?そう思った瞬間、ひどい頭痛が襲った。脳裏にあの光景がフラッシュバックする。桜吹雪の中、脳味噌をまき散らしている自分の死体。手足は有り得ない方向に折れ曲がり、さながら卍のようであった。そうだ、俺は死んだのだった。今度は発狂しなかった。そのかわり、虚しく悲しく、また同時に寂しかった。もういつも通りのあの生活には戻れない、家族や友人にはもう会えないのだと分かった。もう俺には一切の未来も無いのだと、そう考えると悔しくなってきた。なぜ俺は死なねばならなかったのか。十六歳で死ぬなんて惨いと思った。キリスト教徒でも仏教徒でもないが、神も仏も無情であるなと思った。段々と自分が死んだことに腹が立ってきた。けれどもいったい何にこの怒りをぶつけろというのか。
そんなことを考えているうちに、俺は列の前の方に来ていた。ここにきてさっきの声の正体が分かった。巨大な老人が死人に対して天国行か地獄行かを告げている。恐らくあれが閻魔大王とやらだろう。しかし俺はどちらなのだろう。そりゃ天国に行きたい。この年で死んだうえに地獄行とかは勘弁だ。そうこうしているうちに俺の番が回ってきた。
「次!貴様は…珍しいな。」
いったい何が珍しいのだろうか。あまりいい気持ではないが続きを聞くことにする。
「貴様は現世に転生だ。」
まさに青天の霹靂というやつだ。天国でも地獄でもなく現世とはどういうことか。俺が驚いているのを察したのか閻魔大王はこう言った。
「何故現世行なのかという顔をしているな。貴様はちと珍しい死人でな。」
また『珍しい』か。なにが珍しいのか。死因か?年齢か?
「普通死人というものは、生前に積んだ得となした悪行とを秤にかけて、行先を決めるのだが」
ならいったいなぜ俺は現世行なのか。善行も悪行もした記憶はあるのだが。
「貴様の秤はあれだ。」
閻魔大王が指し示した先には、綺麗につりあっている秤があった。
「貴様は積んだ徳となした悪行が等しいという珍しい例でな。たまにそういう死人が出るのだが、そういう時はもう一度、現世に行き、新たな人生を歩んでもらうことになっている。」
いきなり色々言われたので困惑していたがつまり俺はもう一度現世に戻れるということなのだろうか。それなら家族や友にも会えるということだ。だが閻魔大王の言葉は再び俺を驚かせた。
「だがな、貴様が行く現世にはある原則がある。それは『貴様の死因が存在しない世界』というものだ。」
これはつまり「お前が行くのは現世は現世でも異世界だ」といっているようなものではないか。恐らく俺の死因は車だろうから、それこそ文明が発展していない世界だろう。そんなの現世ではないではないか。しかし流石は閻魔大王という所だろうか。大王はこう言った。
「貴様の死因は…『六人席』だ」
全二話の予定です