「潜む凶刃」その2
「潜む凶刃」
その2
あれから暫く歩いて、俺たちは予定していたキャンプ地まで無事に到達した。
ここまで来たならば今回の目的地、ドリアードの巣はもう間近だろう。
まあ、このチームは俺を除いてドリアードを討伐する前に非業の死を遂げてしまうわけだが。
〈『客人様』。『客人様』。……キョウジ様。もし、キョウジ様〉
目の前をふわふわと飛び回るアイザ。無視して戦闘態勢を整える俺。
なにせ今回の相手は五人だ。あまりに気を抜いているようだと、いくら人外の身とはいえ返り討ちすら有り得る。
特にあの大男は、相当に場馴れした雰囲気があった。
〈キョウジ様。聴こえますかキョウジ様。聴こえてますよね? これが世に聞く焦らしプレイですか?〉
俺の目を覗き込んでくるアイザ。近い。邪魔だ。
焦らしプレイなんざ、どこで覚えたんだそんな言葉。
異世界ルートランドにもあるのか、焦らしプレイ。
いや、駄目だ。集中だ。
まずはリーダー格である大男に奇襲を掛ける。
そして不意を付かれている隙に、女魔道士と剣士の男まで殺す。
なんなら最初から獣化していてもいいが、人間態に戻った際の疲労を考えると……
〈いじわるキョウジ様! ドS『客人様』! ばか! ばかキョウジ様! キョーウージーさーまー!〉
〈あぁ煩い! 俺がつまらん作戦ミスで死んでもいいのかアイザ!〉
俺は遂に我慢を止めて、目の前でじたばたと暴れる女神に向かって怒鳴りつけた。
怒鳴りつけたと言っても口には出さない。脳内で思念を送るのだ。
いわゆるテレパシーというものである。
アイザはこの三年間、頻繁にこうして俺にしか見えない幻影として現れては無駄口を叩いてきたのだ。
戦闘中だろうと食事中だろうと。
後はまあ、その他の会いたくないタイミングだろうとお構い無し。
女神とはよっぽど暇な仕事なのか。
さておき、女神アイザは俺の怒声に柔らかな笑みを返してきた。
〈あ、やっと御返事戴きました。道中からおそばにずっと居りましたのに、何故に無視したのです。何故にシカトしたのです〉
〈なんで言い換えた〉
〈わたくし、はいからな女神ですから横文字も使うのです〉
どうだ参ったか、という顔をして胸を張るアイザ。
なんで自慢げなのかも解らないしそもそもシカトは横文字じゃねえよ。日本語だよ。
……とツッコミを入れそうになる自分を制する。
こいつのペースに付き合っていると埒が明かないのはこの三年間で身に沁みている。
身に沁みているので、俺が話題を進めてペースを握ることにする。
〈今回は周りに五人もターゲットが居たんだ。不審な素振りはなるべく見せたくなかった〉
〈そうおっしゃる割には挙動不審で御座いましたね、キョウジ様〉
〈……疲れているのかもな。連日女神サマの為に働いてばかりで〉
〈ほう。ほうほう。ならば先程の魔道士娘のお誘いを受けて、じっくり、たっぷり、癒して戴いては?〉
小首を傾げてそんなことを言うアイザ。
よし殴ろう。
俺は覗き趣味の巫女服女神の頭を、軽く小突いてやる。
すると、この手には確かにアイザを小突いた感触が伝わる。
〈はう! 今宵のキョウジ様は乱暴で御座います……〉
なにが「はう!」だ。
……この幻影はアイザが望めば、感覚を本体にフィードバック出来るらしい。
そしてアイザは本当に痛そうな攻撃だと透過するのだが、戯れ合い程度の攻撃にならばむしろ当たりたがるフシがあった。
狂っている上に変態である。
手の施しようがない。
〈とにかく、だ。これから俺は奴らを始末する。リクエストはあるか〉
〈キョウジ様がお持ちになっている木の実入りのチーズ、ひと口だけでいいので下さいませ〉
分かった。
リクエストは無いようなので、殺害プランを実行に移すことにする。
五人の『勇者様』には気の毒な話だが、通りすがりの狼にでも噛まれたと思って諦めて成仏して欲しい。
と、腰掛けていた岩から立ち上がろうとしたその時。
土と草を踏む音が、確かにこの耳に聴こえた。背後。忍び足のつもりか。恐らくは女。右手に何か持っている。
俺は即座にナイフを投擲できるよう意識しつつ、音の正体へと向き直った。
「へぇ。カンがいいね」
カンではない。戦闘型人造人間の強化聴力が役立ったのだ。
そいつは水晶付きの杖を構えたまま、ジリジリと俺に歩み寄ってきた。
今夜のターゲットのひとり、女魔道士だ。
〈おやおや。日も暮れましたし、いよいよ……お誘いですかね?〉
〈黙れアイザ。ちょっと集中したい〉
叱られてすねたフリをするアイザを意識からシャットアウトして、女魔道士の様子を観察する。
どう見てもこれは臨戦態勢だ。
杖の先端で渦巻く魔力は、魔術の素養に乏しい俺にも陽炎めいて視認できるほど圧縮されている。
あとは呪文を詠唱するだけで魔力に指向性が与えられ、火球や雷撃や氷塊に変わって襲い来るだろう。
しかし俺は敢えて身構えず、冷静な調子で問い掛けてみる。
「何か用事か?」
女魔道士は、俺に不意討ちをしようと思えば出来たはず。
つまり俺と会話する為に接近してきたはずなのだ。まだ問答無用の殺し合いには早い。
張り詰めた空気の中、女魔道士が口を開く。
「アンタ、本当に……アタシに付き合う気は無いのかい?」
「……なに?」
……マジか?
マジでお誘いに来たのか?
いやそんな、まさか。だってまだ俺たちは今日の昼間に会ったばかりだし、物事には順序というものが……
違う、違う。
俺は冷酷で無慈悲な人造人間だ。
こんないかにも怪しい、見え見えの罠なんかには絶対に掛からない。
〈わーお。ヒョータンからコマですね、キョウジ様。おや、動揺されてます? 動揺されてます? んー?〉
してない。
動揺など断じてしていない。
俺は常にシリアスな男であり、そして殺戮者なのだから。
そんな冷静極まる俺に対して女魔道士は言葉を続ける。
「アタシはね、マジな話……アンタなら……いいかなって思ってるんだ」
「な、なにがだ」
「とぼけちゃって。決まってるだろう?」
「だから、なにがだ」
呪詛にも似た調子で言葉を紡ぎながら、じりじりと歩み寄ってくる女魔道士。
そのふらついた足取り、爛々と輝く瞳を見るに、まともな状態には見えない。
酔っているのか? それとも別の、何らかの理由でこんな状態に陥っているのか?
距離を測りつつ観察する俺の視線をまるで意に介さないように、女魔道士はゆっくりと微笑み、そして言った。
「心中」
しんじゅう。
想い合っている男女が連れ立って自殺すること。情死。
……と、俺の脳がその言葉の意味を弾き出すより早く、俺は後ろに跳んでいた。
一瞬前まで俺が立っていた地面を、女魔道士が放った魔力の塊が破砕する。
なんだこれは。支離滅裂にも程があるぞ。
なんで俺がこいつと心中なんかしないといけないのか。
それこそ俺たちは出会ったばかりだし、物事には順序ってものがあるだろう。
「アッハハハハ! あはっ、あは……ハハハ!」
哄笑と共に放たれる魔力の矢。更に次弾。更に次弾。
当然だが、それらの攻撃は俺にかすりもしない。詠唱すら省いて、単に魔力を打ち出しているだけだ。
攻撃のタイミングも単調で、まるで素人以下。勝負にもならない。
それでも、回避されていることすら眼中に無いのか闇雲に魔力を放ち続ける女魔道士。
観察してみれば口の端からは涎を垂らしているし、視線も俺を捉えていない。
とんだサイコホラー体験だ。
〈ヤンデレですよヤンデレ。キョウジ様はお好きです?〉
嫌いだ。
尚もでたらめに飛んでくる魔力の矢を躱しながら、ホルダーからナイフを二本引き抜き投擲する。
一本は魔力の矢とぶつかり合い、地に落ちた。
もう一本は狙い通りに、女魔道士の額に深く突き刺さった。
〈ビンゴ!〉
アイザの心底楽しそうな快哉と共に、ゆっくりと仰向けで倒れる女魔道士。
あまりにも理不尽な戦闘。あまりにも呆気ない決着。
戦う為に生きてきた俺の第六感が、俺の理性に面倒事の予感を激しく伝えていた。
「潜む凶刃」
その2 終