エピローグ・The Dragon Slayer -1
ニーチェに関する独自解釈が含まれます。ご注意ください。
たいてい…私たちは私たち自身にとって無知である。私たちが「私」を見つめることも、発見することも普通は、ない。
だから、私はそれを行った殆ど唯一の魔法使い。自分を見つめ、自分の中のルサンチマンを発見し、乗り越えた、ただ独りの魔法使いだ…。
「エマさん!この商品、伝票通ってないみたいなんだけど知らない?」
「処理はミスタ・ボウルズのはずですから、そちらへ伺ってみてください!」
「エマ!三階に新製品のサンプル来てるはずだから、取りに行ってくれ」
「すみません、今手が離せませんので別のかたに!」
新しい職場は丁々発止のやりとりが楽しい。皆、以前の職場と違ってチャキチャキの性格で、怒鳴り合いになることも多い。いわゆる「優しい人」なんていないに等しい。皆揃って「性格の悪いひと」…なのかもしれない。
でも、性格の善し悪しなんてただの見方なのだと、あの女が教えてくれた。だから…もう、怖くない。
「あれ、エマさんもう上がり?」
「ええ、ちょっと用事があって」
「残念だなあ。今晩飲みに誘おうと思ってたのに」
「嬉しい。でも、今夜は先約があるので、ね!」
外に出ると、むわり、と熱い空気が顔を包み込む。…生け垣は真っ青に育ち、咲き誇るツユクサの中に夕顔の花がついていた。このへんではあまり見ない花だ。どこから種が飛んできたのだろうか、真っ赤に見える。サマーヴィルのことをふと思い出し、私はかぶりを振った。サラ…今はもう会えない、私の姉。
まだ定時だというのに、パブは満員御礼だった。前の職業では定時に上がることなどできなかったので、いかにも労働者ふうの人々が集っている光景は新鮮に見える。盛りあがる集団の男女たち、やかましいピアノの音。その奥、懐かしい顔が手を振っていた。
「久しぶりだね、ミス・エマ。会えて嬉しいよ」
「こちらこそ、ミスタ・オーウェン、お会いできて光栄です」
「光栄なんてものじゃないだろ」
「何を仰いますか。ご昇進、おめでとうございます。今度、宮廷魔術師管理官として第二王子の直属になったと伺いました」
「…と、言いつつもこんな風に、在野の魔法使いのスパイをしている。相変わらず損な役回りさ。
ミス・エマ、君もエールでいいかい?」
「ええ、1パイント!」
「とりあえず、君が元気そうで安心したよ。『力』のある人間が不幸なのは、誰にとっても幸運じゃない」
「結局、第二王子の『ルサンチマン』の理論は、証明されたのですか?」
「世間では、君という弱い…弱かった人間が強力な魔法使いになったことで、証明されたということになっている。聖コジマへの配慮もあるのだろうけどね。しかし…」
「ええ。私は今…魔法が、使えません」




