聖人の死
粗末な木の器に盛られた、パンのかけらと葡萄酒。一見して銀ではないとわかる古びた真鍮の燭台に灯る小さな灯は、運命を語るかのようにびくともぜす、ただ、ただ明るく息づいている。それは蒼白な顔の僧たちを照らすためではなく、かの偉大なる長老の最期を聞くためだった。最期の、…懺悔を。
どこからか尼僧の啜り泣く声が聞こえ、それはあっという間に周囲に広まった。長老、長老!我らが導き手、私たちの父、生ける奇跡。貴方を喪うことがどれほどのことか分かってはくれまい。しかも貴方は、死の直前に私たちを裏切ろうと言うのだ!
死の床にある長老コジマが、微かに息を吐く。薄く開いた瞳に宿る色に、私たちは戦慄する。哀しみと裏切りと憎悪と、何よりも深い愛と…
「すまなかった…君たちは、裏切られている」
「…あなたが裏切ったのですか」
誰が口にしたのか、そんなことはどうでもいい。コジマ長老はとうに盲いているはずの目に涙を浮かべ、我々を見渡した。そして声に成らぬ声で言ったのだ、そうだ、と。
「私は君たちを裏切った。神に祈ることが救われる道であり力であるのだと、罪深い嘘をつき続けた。もう、何もかも終わりだ。…この道に力はない」
絶望よりも深い静寂が、偉大な長老を包みこむ。優しい表情に聖印を組む手、既に友人となった死神を待つにふさわしい立派な態度。
「私たちは貴方を愛しています、長老」
「それは裏切りだ…罪だ。涙であり、原罪そのものだ…
私たちは人間だ。それを愛と呼ばずして、何と呼ぶか…」
ウィレム歴27年3月某日。最期の聖人コジマ長老、心肺停止により死亡。遺体は遺言のとおり、木製の棺に入れられて賛美式場の床下に葬られた。
奇しくも私たち姉妹が誕生したのは、その同日であったと母は抜かしている…。どうせ嘘に違いない。なぜなら母は姉と同じく、「力」を持っている選ばれたクソババアなのだから。




