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第三声

結局、勅使河原さんはそれっきり誰からも話しかけられず、誰にも話しかけないまま一日が終わった。


可哀そうだと思うけど、だからといって声を掛けることも出来ないまま、俺は教室を出た。そのまま階段を駆け下りて、部室棟まで続く渡り廊下を抜けていく。


部室に入ると、すでに寛いでいたニノが片手を上げて挨拶をした。


「やっほ」


「ニノ早いな、浅田と長井さんは?」


こう見えて、俺たちは、茶道部だ。構成人数は男子2人、女子9人。たくさん着物の女の子に囲まれて部活とか最高じゃん、何ていう下心は続かず、仮入部で冷やかし半分に入ってきた奴らはいつの間にか姿を消した。それでも何故だか俺が残ってしまったのは、仮入部の際に気の合う奴らと出会ったことが大きい。


その1人が目の前のニノこと二宮正治だ。高2メンバーは、俺とニノを含めて4人。先輩たちは全員女性で、人数は3人だ。今年の1年は4人で、もちろん全員女の子。


「さっきメールしたけどクラスの友達と話してからこっち来るって」


「あっそ」


「つーか、聞いたよライチ。面白い子転校してきたみたいじゃん?」


ニノが楽しそうに笑う。にこりと笑う顔は非常に中性的で、柔らかい。振るいにはかけられたけど、今年の新入生の仮入部の人数が多かったのは、こいつが部活紹介に出たからだったのは、まず間違いない。


「あぁ、入ってきたよ」


「何か超変な声なんでしょ?」


「デスボイス」


「は?」


「いや、だから。デスボイスなの」


「え、どのタイミングで?」


「日常会話から」


「えええ」


ニノが楽しそうにふふふと笑いながら口元をおさえる。しなを作ってるようにしか見えない。こいつ茶道部入って女に磨きかかってるけど大丈夫なのか?


「面白い子だね」


「えー?そういうリアクション?……実際周りドン引きだよ。マジかわいそう」


「ドン引き?何で。面白いのに」


「いや、実際目の前でデスボイスされてみ。単純には面白がれないから。皆持て余しちゃってるよ」


「ふーん。でもすっげえ美人なんでしょ?」


「あ、それは間違いない。俺あんな美人な子初めて見たわ」


俺が思わずそう零すとニノがにやりと笑う。


「声かけてあげたら?」


「タイミングあったらね」


そこでちょうど、残りの高2メンバー、浅田陽菜と、長井由紀さんがやってきた。


「やほやほー」


「二人とも早いねえ」


畳にあがると、すぐさま浅田がにじり寄ってくる。


「アミダ!!クラスに転校生きたでしょ!?」


「あぁ、来た来た」


何、その話題で持ちきりなの?


「やっぱ、そうなんだ」


「ん?やっぱそうなんだって何?」


「いや、さっきさぁ、渡り廊下でめっちゃ美人な子に話しかけられたんだけどさ、デスボイスで。インパクト強すぎて何言ってるのか最初全然分かんなかったんだけど。何か部室棟に来たかったみたいだからさ。……ねえ、入ってきなよ」


そこまで言うと、浅田は部室の扉を振り返った。


……おずおずと入ってきたのは、勅使河原小鳥さんだった。






♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪




「ア゛ノ゛…ヴァダジガア゛!!イ゛ル゛ドオオオ!!メ゛イ゛ワ゛グニ゛ナ゛ル゛ガラアアアア!!!!!」


勅使河原さんは恐らく彼女の出せる最低限のボリュームで喋ってくれているらしく、近くで聞いても仰け反るほどじゃなかった。でも聞き取りづら!!!



「何で、だって仮入部の為に部室棟来たんでしょ?いいじゃん、いいじゃん!!うちに入っちゃいなよ!!可愛い着物着れるしー。所作綺麗になるしー。女子力上がるよー?」


浅田が熱心に勅使河原さんを勧誘している。……浅田は美少女、美女、男装の麗人に目が無い。勅使河原さんなんか好みのド真ん中ストレートだろう。もうほとんど業界の何かみたいなノリで誘っている。


「いいでしょー。入ろうよ入ろう?ね。ね!!」


「陽菜。あまり無茶言っちゃダメだよ?」


強引な誘い方に長井さんが浅田をたしなめる。


「えー!!勅使河原さん、合唱部の仮入部断られたんでしょ?茶道部なら声出さなくていいし、ぴったりでしょ?」


「え」


浅田の言葉に、若干皆が凍り付く。合唱部、断られたのか。うちの学校では、合唱部は全国大会にも出場する強豪だ。門前払い。理由なんて、問う必要もないだろう。


「……ヴァダジ……ウダウノガズギデ……(……私……歌うのが好きで……)」


勅使河原さんが、顔を伏せてしまう。本当に悲しそうに、ぽつりぽつりと呟く。


「デヴォ……オドウザンノデンギンデェ、ズグデンゴウジチャウガラ、ブガヅモギダグブデエエエ……。モウデンギンバナイッデイウガラ……ワダジモ、ブガヅ、バイリダグデエ……。

(でも……お父さんの転勤で、すぐ転校しちゃうから、部活も出来なくて……。もう転勤は無いって言うから……私も部活、入りたくて……)」


空気を震わせて、勅使河原さんが呟く。


……やべえ何言ってるのかぜんっぜんわかんねえ!!


浅田も頭の上にはてなマークが浮かんでいるのがはっきりと見える。瞳が揺れている。うおおい!!ここはお前だけは何言ってるのか分かるって流れじゃねえの!?つうかお前顔に出過ぎ!!


思わず助けを求めようとしてニノを見ると


「……そう、なんだね……」


ニノがしんみりしている。えーーー!?分かるの!?今ので分かるの?!ニノすっげ!すっげ!!IQたっけ!!IQ関係ねえ!!耳良い!!!


俺が一人で勝手にテンションを上げていると、事態は急変していた。


「勅使河原……さん。もし良かったら、うちに仮入部してみない?全然、合唱とは関係ないけどさ。部活をやってみたいっていうんだったら、うちでも悪くはないと思うよ。……先輩たちは受験もあるし、もうあまり顔を出さないけど、俺たち2年と、1年生の後輩も居て、ほとんど女の子ばかりだから、きっと友達も増えるよ」


ニノが慈愛に満ちた表情で、勅使河原さんに話しかける。イケメン!!こいつ顔だけじゃなくって心までイケメン!!超かっこいい!!俺が好きになるかと思ったわ!!ならないけど!!


「ヴォオオオオオオ……」


勅使河原さんの可愛い顔がくしゃくしゃになる。え!?泣き!?それ泣いてるの!?声ひっく!!


浅田が泣き出した勅使河原さんを見てぶるぶると震えだした。え!?っていうかよだれ垂れてる!!おい!!よだれ垂れてるぞ!!


「……もう辛抱たまらんっっ!!」


「浅田!?」


浅田が勅使河原さんをがしっと抱きしめる。


「ありえない……こんな美少女で、薄幸とかマジありえねない!!幸せにしてあげたい!!!」


「浅田お前何言ってんの!?」


「うるっさい!!勅使河原さんは茶道部で保護する!!これ、部長命令だから!!つーかお前らクソ男子には指一本触れさせないから!!……なんっだこれクッソやわらけーなちくしょう天使か!!」


「長井さん止めろ!!」


「陽菜!!抑えて!!勅使河原さん固まっちゃってるから!!」


「クンカ!!クンカクンカ!!!はんぱねえ!!美少女の匂いハンパない!!超美味しい!!」


「浅田ァ!!!!!」


男2人がかりで浅田を無理やり引っぺがした。


「ヴォオオ…」


「ほら見ろ、勅使河原さん超怯えてるじゃん」


「……キスしたい」


「うおおおお!???お前はほんともう眩しい位に欲望に忠実だな!!俺もニノもリアクションに困るわ!!」


「私もだよ!?私もリアクションに困るよ!?」


完全にスイッチの入った浅田を前に俺もニノも長井さんも慌てふためくしかない。


「……と、と、とにかく!!!どうかな、勅使河原さん、歓迎するよ!!あと、そこの痴女はまかせて、俺とライチで抑え付けるから!!」


「誰が痴女!?」


「私も守ってあげる!!」


「由紀!?」


俺とニノと長井さんで勅使河原さんをガードしながら、痴女を隣の部屋へ押し込んだ。



「……ヴァ、ヴァダシ……メイワグジャナイ…デズヴォアアアアア」


ぺたりと座り込んだまま、ほとんど泣きそうな声でデスボイスを出す勅使河原さんの姿は、あんまりにも比護欲を掻き立てられるものだった。


正直変な子だ。周りからはすっげー浮いている。でも、健気でいい子じゃん。


思わずニノと長井さんと顔を見合わせる。2人とも大きく頷いた。


「勅使河原さん。茶道部入りなよ」


「……ヴァイ」


こくりと頷いた勅使河原さんに、俺もニノも長井さんも、思わず満面の笑みになった。


痴女はしばらく隣の部屋に閉じ込めておいた。


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