番外編:メンテナンス中の静かな街で
番外編:メンテナンス中の静かな街で
プレイヤーが誰一人として存在しない、10時間メンテナンス中の『はじまりの広場』。
ログアウト機能のないNPCたちにとって、メンテ中とは「世界のデータ書き換え時間」であった。
広場のベンチでは、例の男性町人が手際よく露店の仕込みを行っている。その隣では、元武器屋の男が育てたばかりの採れたて野菜をカゴに並べていた。
「プレイヤーがいないと、静かなものだな」
元武器屋がボソッと呟いた、その瞬間だった。
シュンッ。
男性町人の身体が、一瞬にして左へ一メートルほど瞬間移動した。
元武器屋は手に持ったカブを磨く手を止めず、チラリと横を見た。
「……ズレたぞ」
「ええ。座標の微調整が入りましたね。広場の歩行可能エリアが数十センチほど拡張されたようです」
「そうか。急に横に飛ばされると、少し首が持っていかれる感覚があるな」
「バグではありませんので、受け入れてください」
男性町人が淡々と答えると同時に、今度は元武器屋の足元に置かれていた手書きの『野菜販売』の看板が、パッと光って消失した。
次の瞬間、そこにはクオリティが大幅に向上した木目の美しい『新鮮野菜処』という立体的な看板がニュッと現れた。
「……看板が変わったな」
「グラフィック強化パッチですね。解像度が上がって非常に見栄えが良くなりました」
「そうだな。描画負荷が上がってプレイヤーの端末が重くならないといいが」
男性町人が手に持っていたホットサンドのグラフィックも、突如として湯気が立ち上る超高画質なものへと書き換わった。チーズのとろけ具合や焼き目のリアルさが、以前とは比べものにならない。
「ほう。非常においしそうに見えるようになりました」
男性町人は納得したように頷くと、懐からメモ帳を取り出し、淡々と文字を書き込み始めた。ペン先が紙をこする、かすかな音だけが広場に響く。
「……何を書いているんだ?」
「メンテが明けた後の価格改定案です。クオリティアップ代として100ゴールド値上げします」
「……メンテ明けにまた集金されるのか。可哀想に」
「経済を回すことが世界の維持に繋がりますので、当然の措置です。皆様には現実世界でしっかり稼いできていただきます」
「そうか。なら、俺のトマトも高画質化したから50ゴールド上乗せしておこう」
「良い判断だと思います」
静まり返った広場で、世界がリアルタイムで書き換わっていく奇妙な現象の中、二人のNPCは感情の起伏もなく、淡々と値上げの準備を進めるのであった。
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