耳かきされたい私と、耳かきしたい久世くん
その日の放課後。
待ちに待った、一週間後。
私は放課後資料室に走りこんだ。
鍵は開いてるし、もう長椅子で久世くんが雑誌を読んで待っていた。
「やばい、耳かき楽しみすぎて泣きそう。」
「そんな喜ぶ?」
「喜ぶ!」
私はにこにこしながら長椅子に座った久世くんの太ももにタオルを敷いて、久世くんの膝に頭を乗せる。
「お願いします」
「猫系だと思ってたけど、犬系でもあるのかな。」
「なに?」
「なんでもないよ、耳かきするね。」
耳にかかる髪を、指で払われる。
最近これをして欲しくて、わざと髪を無造作なまま寝転んでる。ごめんね久世くん。
それだけで身体の力が抜けた。
「あ」
「なに?」
「今日はちょっとある」
「ほんと!?」
「嬉しそうだね」
「だって一週間待ったもん」
「耳垢を楽しみにする女子高生、初めて見た」
「私も初めてだよ。」
耳かきが入る。
カリ
カリ カリ ガサゴソ
「…………あー」
「痛くない?」
「最高」
「よかったね」
「うん」
カリ
カリリ
一週間ぶりの、小さな音。
耳の中を探る、久世くんの手。
いつもの膝。
いつもの匂い。
いつもの資料室。
私は目を閉じた。
やっぱり好きだ。
耳かき。
本当に好き。
でもなんだろう、何かもっと欲しいような、もどかしいような。
十分に気持ちいいのに。
そんなことを考えていると。
「あのさ」
久世くんが言った。
「ん?」
耳かきは動いたままだった。
「本田さんはさ」
「うん」
「他に耳かきしてくれる人がいたら、してほしい?」
「え?」
耳かきが止まる。
「俺じゃなくて」
久世くんの声は、いつもと同じだった。
「もっと上手い人とか。毎日してくれる人とか」
「…………」
私は考えた。
毎日してくれる人。
それは魅力的だ。
耳かき専門店とか。
ものすごく上手な人とか。
そういう人にしてもらったら。
きっと気持ちいい。
……でも。
頭の下にある久世くんの膝がなくなる。
久世くんの匂いもなくて。
耳に触れるこの指じゃなくなる。
時々交わす、どうでもいい会話もない。
目を覚ましたとき。
久世くんが本を読んでいない。
よだれ拭いてくれたり。
メレンゲクッキー食べてくれたり。
猫のメモ帳も。
「…………やだな」
「え?」
「耳かきは大好きだけど」
私は目を開けた。
久世くんを見上げる。
「久世くんがしてくれる間は、久世くんだけがいい」
久世くんの目が。
ほんの少し開いた。
「…………そっか」
「うん」
「じゃあ」
久世くんが、また耳かきを動かした。
かり。
「俺、ずっとしてあげるから」
かり、かり。
「これからもずっと一緒にいようね」
「…………」
耳かきの音が止まった。
私は久世くんを見る。
久世くんも私を見ていた。
細い目。
特別かっこいいとかじゃない。
でもすごく好きになってた。
「……それ」
「うん」
「耳かきするときだけ?」
久世くんが黙った。
聞きたかった。
「耳かきしないときも、一緒にいてくれる?」
「…………」
久世くんが、ゆっくり笑った。
いつもの目だけ細めるやつじゃなくて恥ずかしそうにクシャって笑って。
「それだと」
「うん」
「俺ばっか嬉しいな」
「…………え」
今度は、私が固まった。
久世くんの顔が少し赤い。
たぶん私もめちゃくちゃ顔が熱いから赤いと思う。なんなら耳まで熱い。
「俺、本田さんのこと好きだよ」
耳かきの間ずっと、もっと欲しかったけど形が分からなかった空白が、ぴったりのピースで埋められた。
「私も久世くんが好き。」
「え、ほんとに?耳かき目当てじゃない?」
「違うよ!」
なぜかじとっとした目で久世くんは疑わしそうにしている。
「今日友達に、久世くんと私が付き合ってると思ったって言われて、違うよって言ったけど、そうだったら良かったのになぁ…って。」
「俺もこの前聞かれたな。」
「え!そうなの?教えてよ!」
「いや、言ってどうするの。」
「聞いたらたぶん嬉しかった。」
「そうですか。」
「彼氏になってもここで耳かきしてくれる?」
「彼氏ならここ以外でもしてあげられるよ。」
私は嬉しさで心が爆発しそうになって、思わず久世くんの太ももに顔をぐりぐりしたら
「わー!そこはやめろバカ!」って本気のトーンで怒られたから
とりあえず大人しく、また耳かきをしてもらう。
「ここにいるのも好き」
久世くんが、少し笑った。
「今度からは彼女に耳かきでいいんだよね?」
「…………うん」
あまりにも普通に言われた。
だから私も。
普通に答えた。
「……じゃ、続きするね」
「え?」
「まだ左終わってない」
「今!?」
「途中だから」
「告白した直後だよ!?」
「付き合ったら耳垢消えるの?」
「消えないけど!」
「じゃあ反対向いて」
「…………はい」
私は久世くんの膝の上で寝返りを打った。
久世くんの指が、いつものように髪をよける。
耳かきが入る。
カリ
カリ カリ
何も変わらない。
でも。
「ねえ、久世くん」
「ん?」
「彼女になったら、週二回になったりする?」
「ならない」
「えー!」
「健康な耳を保つためです」
「じゃあマッサージ」
「それはする」
「梵天も?」
「する」
「耳ふにふにも?」
「はいはい」
私は笑った。
久世くんも笑った。
「本田さん」
「なに?」
「寝てもいいよ」
「今日は寝ない」
「なんで?」
「もったいないから」
「何が?」
私は少しだけ考えて、目を閉じた。
「彼氏に耳かきしてもらってる時間」
耳かきが。
一瞬、止まった。
「…………」
「久世くん?」
「今それ言う?」
「え?」
久世くんが私の頭を撫でる。そのまま顔が近づいてきたと思ったら、私の唇に彼の唇が触れた。
真っ赤な顔で口を開けて見上げる私を、久世くんが目を細めて笑った。




