↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/9

耳かきのやりすぎは許さない久世くん

「だめ」

「なんで」

「この前したから」

「もう五日経ったよ」

「まだ五日でしょ」

「五日も!」

「五日しか」

久世くんは冷静だった。

私は資料の机に両手をついて、向かいに座る久世くんを見る。

机の上には、あの透明なケース。

中には耳かき。

ある。

そこにあるのに。

してくれない。

「久世くん」

「なに」

「お願いします」

「だめ」

「ちょっとだけ」

「だめ」

「右だけ」

「左右の問題じゃない」

「表面だけ」

「この前綺麗にしたばっかり」

「じゃあ見るだけ!」

「見て綺麗だったら終わりだよ?」

「…………」

それでは意味がない。

私が黙ると、久世くんは小さくため息をついた。

「耳掃除は、やりすぎてもよくないんだよ」

「でも気持ちいい」

「気持ちいいからって毎日やったらだめ」

「久世くんが優しくやれば大丈夫じゃない?」

「俺が上手でもだめ」

自分で上手って言った。

でも実際上手なので反論できない。

「健康な耳を保つためにも、耳かきは週一回」

「…………」

「そんな顔してもだめ」

「…………久世くん」

「なに」

「耳かきして」

「話聞いてた?」

私は机に突っ伏した。

「一週間長い……」

「まだ二日だよ」

「長い……」

「仕方ないなあ」

久世くんの声が、少し笑った。

顔を上げる。

「耳かきはしないけど」

「けど?」

「マッサージならする?」

「する!!」

結局。

私はいつものタオルを彼の膝に敷いた。

「……結局この体勢なんだ」

「だって耳のマッサージでしょ?」

「まあいいけど」

猫の膝掛けをかける。

頭を乗せる。

あ。

今日も同じ匂い。

すっかり好きになってしまった、あまり香料のしない、干した布団みたいな匂い。

久世くんの手が耳に触れた。

「今日は中には入れないよ」

「はーい」

親指と人差し指で耳たぶをつまむ。

ふに

ふに

「…………あー」

「気持ちいい?」

「うん」

耳たぶを軽く引っ張って。

離して。

今度は耳の縁を、指の腹でゆっくり揉んでいく。

クル

クル クル

「そこ好き」

「ここ?」

「そこ」

「じゃあもうちょっと」

クル クル

時々、指先が耳の入口に触れる。

こしょ

こしょこしょ

「んっ」

肩が勝手に上がった。

「くすぐったい?」

「くすぐったいけど、やめないで」

「難しい注文だな」

コショ

「……ふふ」

「笑ってる」

「だってくすぐったい」

「やめる?」

「やだ」

今度は梵天が出てくる。

「中は入れないからね」

「うん」

ふわふわした毛先が、耳の表面を撫でる。

カサ

カサカサ

わさ

「…………」

「もう眠そう」

「眠くない」

「目閉じてるけど」

「集中してるの」

「何に?」

「気持ちよさに」

久世くんが笑った。

耳かきをしてもらえないのは残念だったけど。

これはこれで。

ものすごくいい。

その日から私は、耳掃除をしてもらえない日にまで歴史研究部へ行くようになった。

そして。

私は考えた。

どうしたら一週間で、もっと耳垢が溜まるんだろう。

我ながら、かなりどうかしている。

調べてみると、新陳代謝という言葉が目についた。

なるほど。

代謝。

だったら生活を整えればいいのでは。

私は早寝を始めた。

夜更かしをやめた。

朝もちゃんと起きるようにした。

軽く筋トレも始めた。

食事もちゃんと食べた。

水も飲んだ。

目的はただ一つ。

久世くんに耳掃除してもらうため。

ところが、一か月ほど経った頃。

「ねえ」

昼休み。

友達が私の顔をじっと見た。

「なに?」

「志乃ちゃんさー、なんか最近、肌綺麗じゃない?」

「え?」

「あとちょっと痩せた?」

「ほんと?」

「なんかすっきりした。何してんの?」

「早寝早起きと筋トレ」

「えらっ」

私は曖昧に笑った。

まさか「耳垢を育てようと思って。」とは言えない。

友達がニヤッとする。

「彼氏でもできたでしょ。」

「違うよ!」

即答した。

「ほんとに?」

「ほんとほんと!」

だって私は、耳掃除のために健康になっているだけだ。

好きな人なんて。

別に。

いない。

……はず。

「でも久世と付き合ってるんじゃないの?」

「…え?」

「だって、よく一緒に帰ってるよね?」

「あ、えーと、それは。」

「でも意外。久世と志乃ちゃんってなんか接点あった?」

それは、なんとも説明しにくい接点があるんだけども。

「付き合ってないって。」

「え?そうなの?付き合ってると思ってる人そこそこいると思うけど。」

「なんで本人たちの知らぬ間にそんなことに!」

「なんか、2人ってタイプは違うけど、どっちもちょっと不思議系だし、まぁそうなのかなって。」

その話は、そこから大して広がらず、腑に落ちないまま終わった。

なのに。

なぜか。

胸の奥に、小さな引っかかりが残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。