23.彼女たちの選択
悲痛な叫び声を上げたルーナさんは、激しく泣きながらその場にうずくまり、頭を掻きむしっている。
「ルーナさん、落ち着いて……!」
私の声がまったく届いていないのか、何の反応も得られない。ニックさんとエデルさんを呼ぶべきか一瞬迷ったけど、今のこの姿はきっと見られたくないだろう。
(外の二人に気付かれる前にここを離れたいけど、私の力じゃルーナさんを抱きかかえるのは難しい……)
いつもならこんな時、リュカが居てくれた。でも、今ここには私一人だ。自分で選択してここに居るのだから、自分の力で切り抜けなきゃいけない。
『マリーエ、あなたも落ち着きなさい。ルーナの様子をよく見て』
「ハルメイア様……?」
促されるがままにルーナさんの様子に目を凝らしてみると、先程までは見えなかった黒いモヤが薄っすらとルーナさんにまとわりついているのがわかった。祠から噴き出してきたものと同じだ。
『このままじゃマリーエが触れることもできないから、一度あたくしが浄化するわ。手伝ってちょうだい』
「は、はい!すぐに結界を張ります!」
ルーナさんと私たちをぐるりと囲む結界を展開すると、あっという間に内部がハルメイア様の御力で満たされた。ルーナさんの泣き声も聞こえなくなる。
「ルーナさん……眠ってしまったようですね」
『すぐに浄化出来てよかったわ。昨日の小神殿でマリーエを襲った程の大きなモヤだったら、こうはいかなかったもの』
眠りについたルーナさんの姿を見て、ふと、ルーナさんを案じていた村人の男性のことを思い出す。そして、さっき外でエデルさんと話していたニックさんのことも。
「ハルメイア様……ふと思ったのですが、村の方々に起きている現状は、精神汚染というより……理性の箍が外されているのではないでしょうか」
穏やかだったおじいさんが子供の遊び声に敏感になったのは、元々我慢していたのかもしれない。
親しかった隣人同士の不和は、そもそも親しくなかったの周囲にはそう見えるよう振舞っていたのかもしれない。
世話焼きなおばさんは、本当は人の世話をすることに疲れていたのかもしれない。
『マリーエ、それはどういうこと?何故そんなことをする必要があるの?』
ここでハルメイア様が疑問に思うのは、何故そんな現象が起きたのかということではない。
「私たち人間は、平穏に生きていくため、ときに己を偽ってでも周囲との和を重んじる生き物です。意に染まないことがあっても、それを受け入れれば平穏が手に入るのなら、多少は我慢するのですよ」
『あぁ、そういうことね。ホント、人間とは厄介な生き物だわ!そこも愛おしくはあるのだけどね』
神々は皆自由気ままだ。互いへの干渉もほとんどしないため、このような考えには至らないだろう。
「核心はありませんが、そう考えるとしっくり来るんです。ルーナさんはニックさんへの恋心とエデルさんへの羨望が抑えられなくて、ルーナさんを想っている村人の青年はルーナさんを案ずるあまり追いかけ回してしまった……のではないでしょうか」
『であれば、あのリオルの神核はまだまだ浄化しきれていないようね』
「そうなのですか?」
『神核は、文字通り神の核となるモノよ。堕ちてしまってこの世から喪われた神が、最後の最後に正気だったはずがない。だからこそ、こんな事態に陥ってるのではないかしら』
一体何がリオルに正気を失わせたのか。それは、目の前にいるルーナを見たら、なんとなくわかるような気がした。
「ハルメイア様……これも核心はないのですが、最初に祠の封印を緩めたのは、ルーナさんかもしれません。ご本人はそんなことをしたつもりはないと思いますが」
かつてこの村で武神リオルと共に暮らしていた、まだ大聖女になる前の少女ブルーベル。私が見た二人の姿はとても仲睦まじいものだったけど、それでも彼女はリオルのいとし子ではなかった。その選択がブルーベルのものか、リオルのものかはわからない。だけど、選ばなかったが故に今があるのだとしたら。
「だから、もう間違えない」
「え……?」
眠っていたルーナさんが目を開き、虚ろな表情でそう呟いた次の瞬間、彼女は私の結界内から忽然と姿を消していた。




