22.ルーナ、決壊
この村に着いてから今日までの出来事を整理しながら書き留めていると、ルーナさんが帰ってきた。といってもここはルーナさんの家じゃないので、一旦自分の家に帰ってから来たのだろう。
「マリっちいるー?お母さんからビスケットもらったから、一緒にどう?」
「お気遣いありがとうございます。あまり食欲がないので私はけっこ……」
『ルーナ、いただくわ!マリーエの口に放り込んでちょうだい!!』
「なにそれ楽しそう!えーい!」
「もがっ……」
この二人、何気にとても息が合っている。そして水分がないときにビスケットを口に詰め込むのはとても危険なので、出来ればやめていただきたい。
「ほい、お茶どーぞ。落ち着いた?」
「はひっ……ふー、びっくりしました……」
「ごめんってマリっち。ハル猫様がめちゃ真剣な顔だったからさー」
思わずジト目で見つめてしまう。
「マリっちはさ、あの後何やってたん?ご神体のことなにかわかった?」
「えぇと、はっきりしたことはまだなのですが、かつてこの村に住んでいた大聖女ブルーベル様と関係があるのではと思っています」
これを聞いたルーナさんは、ほんの少し表情が変わった。小神殿で見た仄暗さをまた感じる。
「……大聖女様なんてすごい人、ホントにこの村にいたの?信じらんないなー」
「昨日のことが気になって、ニックさんのお祖父さんに伺ったんです。本当に大聖女様のことかどうかはわかりませんが、かの御方のことは王都で子爵家と養子縁組された18歳以降のことしか情報が残っていないので、本当である可能性が高い……と私は思っています」
ニックさんのお祖父さん、のところでまた少し表情が変わった。それに気付いていないフリをしつつルーナさんの様子を観察していると、気を取り直したようにいつもの笑顔に戻った。
「それマジ!?えー、おじいちゃんってばなんで黙ってたんだろ!超ヤバいじゃん!!」
「ニックさんにもお話して、村の記録に何か残っていないか調べてもらっているんです」
「それ、お姉ちゃんも一緒?」
「いえ、村長さんの一族の方しか閲覧権限が無いようなので、エデルさんはご一緒されてないかと……」
「そうなん?でも、家にもこっちにもお姉ちゃんがいないんだよね。マリっち、一緒に探してくれる?」
「はい、私でよければ」
「じゃ、行こっか」
今のルーナさんを一人にしたらよくないことが起こりそうな予感がしたので、乞われるがままに客間を出て後をついていく。もちろんハルメイア様も一緒だ。
◇◇◇
「……ルーナさんとエデルさんは、いつから村長さんのお家に出入りするようになったのですか?」
「出入りというか、遊びに来るようになったのはあたしが2歳くらいの頃かな。両親は店があるから、夕飯のおかずと引き換えにあたしのこと面倒見てもらうような感じだったっぽい」
ハザマ村くらいの規模だと、村民全員が顔見知りと言っても過言ではない。誰かの家に子供が生まれたら周囲は助け合うし、お年寄りに手を貸すのも当たり前。そんなごく自然な流れでニックさんとルーナさんは出会い、本当の兄妹のように育ってきたそうだ。
「今ぐらい入り浸るようになったのは、ニック兄のお母さんが亡くなった5年前だね」
ちょうどニックさんが学校に通い始める頃で、ご高齢の前村長さんの足腰が悪くなったのもこの頃と、何かと重なって大変な時期だったという。
「この村の方々は、助け合うことが当たり前の関係なのですね」
「そだね。誰かが困ってたら手を貸すし、困ってる!って言えなくて辛い思いをしてる人がいないか、村民同士で目を光らせてる感じかな。でも、それって実は結構苦しいかも」
「苦しい、ですか?」
「うん。困っててもそれを知られたくないときもあるし、自分でどうにかしたいのに横から手出しされたらウザいときもあるっしょ?」
ルーナさんの言葉に、神殿の告解部屋を訪れる人たちのことを思い出す。身近な人にはどうしても言えないことを話しに来る人は、結構多いのだ。
(ルーナさんはきっと、ずっと苦しいんだ……)
ハルメイア様の言う通り、ルーナさんがニックさんに恋愛感情を抱いているなら、その苦しみはこれから先もずっと続くのだろう。
「あの、ルーナさ……」
「祠のせいでおかしくなっちゃった村のみんなだけどさ、あれ、おかしくなったとは違うと思うんだよね。言えなかったホンネが出てきてるだけなんじゃないかなーって!」
「本音、ですか?」
「ホントは農家なんて継ぎたくない、商売敵が儲かるなんて絶対にごめんだ、ヨソの子供が可愛いなんて思ったこと無い……なんて、この狭い村で言ったらヒンシュク買うじゃん」
笑顔で語るルーナさんに何も言えずにいると、外から声が聞こえてきた。
「ねぇニック、落ち着いてちょうだい」
「いいや、俺は冷静だ。マリーエ様は頑張ってくれてるけど、いつ解決するかまったくわからん上に、このままじゃ俺たちが責任を取らされるかもしれないんだぞ!今日だって村の連中から、村長たちが祠の管理を怠ったんじゃないかだの、エデルにかまけてないでもっと村のことに目を向けろだの、散々言われたんだ!!」
「皆不安なのよ。今は受け止めて……」
「俺は、いつだってこの村を出たって構わないんだ!エデル、ついてきてくれるよな?」
「何を言っているの!?お義父さんが居ない今、あなたがいなくなったら……」
なんだか、聞いてはいけないやり取りを聞いてしまった気がする。ルーナさんの手を引いてこの場を離れようとしたけど、俯いてしまったルーナさんはびくともしない。
「…………なんでよ、どうしてそんなこと言うの!!!!!」
「ルーナさんっ!?」
外に聞こえそうなほど大きな声で叫んだ彼女の目は、怒りに満ちていた。




