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第12話 「帝国資産の回収補助依頼」

依頼内容は紙一枚だった。


「帝国資産の回収補助」

期限がやたら短い。危険度、空欄。


「……空欄?」


ハルトが眉をひそめる。


「書き忘れですね」


エルミナが即答する。


「書き忘れで済むのか!?」


エルミナは紙から目を離し、まっすぐ前を見る。



影は、人型だった。


だが、

人として整っている部分がない。


右腕だけが異様に太い。

肩から先が、継ぎ足されたように歪んでいる。

左腕は細く、

関節の向きが途中で反転している。


兵の視線が、微妙に揃わない。

「右が太いな」

「いや、左だろ」

どちらも、同じものを見ているはずだった。


リリカが瞬きをした一拍だけ、

胸部の光が、人の呼吸みたいに上下した。


胸部には装甲の継ぎ目。

そこから、白く濁った光が漏れていた。


「……人型だけど」

リリカが首を傾げる。

「内部構造、全然人じゃない」


エルミナは即答した。


「帝国資料と一致します。

 第七抑止体――バイオームⅦ」


一拍。


「対勇者用、生体兵器

 の…失敗作です」


その言葉に、

兵の空気が一段、張り詰める。



ドン。


音が先に来た。


壁が砕け、兵士が一人、吹き飛ばされる。


「うわ――」


言葉は、地面で途切れた。


吹き飛ばされた兵が、片膝をついた。

息はある。

誰かが、声を出しかけた。


次の衝撃で、その姿は瓦礫に紛れた。

もう、名前を呼ぶ者はいなかった。


影は止まらない。

呼吸は荒い。

だが、鈍らない。


「……出力、落ちてない」


リリカの声が低い。


誰かが叫ぶ。


「近接型だ! 下がれ!」


下がった兵が、掴まれた。

投げられ、壁に叩きつけられる。


ドン。

潰れた音。


誰も、声を出せない。



影が腕を振り上げた。


後衛――エルミナの位置。


ハルトは即座に動く。

盾を構え、割り込む。


直撃。


衝撃波で吹き飛ぶ。

地面を転がり、壁に叩きつけられる。


だが盾は、無傷。


「……危なかった…です」


誰も聞いていない。


再び、影の別の腕が振るわれる。

別方向の兵が狙われる。


ハルト、また割り込む。

盾。

直撃。

吹き飛ぶ。


壁に刺さる。


「……盾、まだ使えます」


「角度、完璧だ」

「受けの位置、教本通り」

背後で、誰かが冷静に評価している。


(この距離、この高さ、この速度――間に合う)


周囲の兵士たちがざわめく。


「さっきから、あの人ずっと受けてません?」

「受けてるな」

「止めては?」

「止まってないな」


影は、進む。

ハルトは、受ける。


それだけが、続く。



「足止め、行きます」


エルミナが前に出た。


詠唱。


地面が、淡く鳴った。


魔法陣が一拍遅れて広がり、

影の足元――ちょうど重心の真下が白く染まる。


次の瞬間。


地面が弾ける。


氷柱が噴き上がり、

砕けた土と一緒に影の脚を貫いた。


――貫通。


氷が伸びる音が、遅れて耳に届く。

空気が一気に冷え、

吐いた息が白く裂けた。


影の脚が、がっちり固定される。


一拍。


「……止まった?」


誰かの声。


次の瞬間、兵の間にざわめきが走る。


「脚、刺さってるぞ!」

「地面ごと凍らせたのか!?」

「固定だ、完全に!」


拳を握る音。

鎧が鳴る。


「いける!」

「これ、教本通りだ!」


エルミナは前を見たまま、短く頷く。


「……接地、成功です」

短く息を整え、前を見据える。


その言葉で、

成功が確定した空気が走る。


「よし!」

誰かが叫ぶ。


――その直後。


影が、腕を地面に突き立てた。


氷が、軋む。


ズズズズズ……。


「……え?」


影は、脚を引き抜かない。

氷ごと、身体を引きずり始めた。


地面が抉れ、

凍った土塊が割れながら滑る。


「動いてる!!」

「いや脚は――!」


エルミナ、間を置いて言う。


「……脚部は、停止しています」


影、普通に前進。


「止まってねえだろ!!」


エルミナは言葉を続けかけて、

一瞬、黙る。


「理論上は成功です」

「現場見ろ!!」


そこまで言って、

影がもう一歩進んだ。



その横で。


「魔導具、入れます」


リリカは一歩踏み出す。

目がきらっと光る。



装置が起動。

甲高い音。

嫌な光。


「何かいつもと違くない?」

「出力、通常の三倍」

「待て待て待て!」


「危険度、記載なしだから大丈夫!」

「空欄は安全じゃねえ!!」


光が走る。

収束した光が、線になる。

途中で揺れない。

拡散もしない。


砲身が耐えきれず、金属音を上げた。


「出力、安定!」

「減衰なし、そのまま――」


誰かが叫ぶ。


「今だ!」

「脚止まってるぞ!」


「待て、空欄――」

声は途中で掻き消えた。


『ヒャッハー!』


光が走る。


――直撃。


影の胸部装甲が、内側から軋む。


バキッ、と嫌な音。

衝撃が、内部で反響した。


装甲の継ぎ目が、逆向きに盛り上がる。

白い光が、漏れるのではなく――

噴き出した。


バキッ。


一段、遅れて。


「……入った」


その声には、確認以上のものが混じっていた。


「内部破壊率、想定値超え」

「稼働停止まで、三、二――」


「内部、逝っただろ」

「今のは致命――」


誰かが、安堵の息を吐く。

終わった、と判断した音だった。


影、普通に一歩前へ。


「なんでだよ!!」

「今の致命傷だろ!?」


リリカ、装置を見る。


「原理上は成功だよ!」

「原理上って何!?」

目は、疑いなくまっすぐだった。


影、止まらない。



「撤退を」

「これ以上の交戦は被害が拡大します」

「目的は達成不能。条件も揃っていません」


エルミナの声は即断だった。


兵が一斉に下がる。

ハルトも走る。


距離は、開いていた。

速度も、こちらが上だった。

それでも、倒れていく。


――直後。


鈍い音。


逃げた兵が、倒れていく。


「……逃げると、追う?」


誰も答えない。


瓦礫を越えた先。


ハルトが振り向く。


影が、いた。


腕が、振り下ろされる。


影が、腕で地面を叩いた。


距離が、消える。


「――ッ!」


(今まで、全部防いできた)

(同じだ。違わない)


ハルトは盾を構えた。

判断は最速。角度も正しい。


――間に合わない。


衝撃。


視界が白く弾け、

体が横に吹き飛ぶ。


鎧が砕ける音。

肋骨が、軋む。


地面を転がり、止まる。


「……ハ、ルト……?」


声が遠い。

息が、吸えない。


影が、ゆっくりと向きを変える。


次は、殺す。


その時。


――一歩。


乾いた靴音が、割って入った。


「……こんなところにいたんですね」


白い服の女。


影が、止まる。

呼吸が乱れる。


一直線に突っ込む。


セシリアは、動かない。


衝突。


吹き飛んだのは――影だった。


誰も、状況を理解していない。



瓦礫を砕き、壁に叩きつけられる。


セシリアは、腕を下ろす。


次の瞬間。


戦闘が、始まった。


拳と拳。

衝撃と衝撃。


速さも、重さも、

さっきとは違う。


影が吠え、

セシリアが踏み込む。


一撃ごとに、地面が沈む。


その背中から――


光が、溢れた。


柔らかく、温かい。


兵士の一人が、腕を見る。


裂けていた傷が、無い。


倒れていた者が起き上がる。

血が止まり、痛みが消える。


「……動けるな」

そう言った兵は、理由を考えなかった。


ハルトの胸に、息が戻る。


折れていたはずの痛みが、

嘘みたいに引く。


視界が、澄む。


セシリアは、振り返らない。


前だけを見る。


「――お話しましょう?」

セシリアは一歩も引かず、真正面から見る。


その一言で。


バイオームが、再び突っ込んだ。


今度は――

止められる側として。


「ご家族はいますか?」


次の瞬間、

セシリアが殴る。


光を纏った拳が、

歪んだ胸部に叩き込まれる。


装甲が割れ、

中の光が漏れる。


それでも、止まらない。


壊れた腕のまま、

そのまま踏み込んでくる。


「……うわ、キモ」


リリカの本音。



掴まれる。


セシリアごと、

地面に叩きつけられる。


衝撃で、

周囲が全部倒れる。


「伏せろ!!」


誰の声か分からない。


次の瞬間、

セシリアが立っている。


光が集まる。


「……まだ、動けるんですね」


一拍。


「よかった。

 こんなことより、私とボランティア活動しませんか?」


セシリアが一歩、前に出る。


その瞬間、


砕けた地面の隙間から草が伸びる


折れた枝が、元の向きを思い出す


潰れていた小動物が、戦場の外へ逃げていく


ハルトの眉毛が生えだす


誰も見ていない。

戦場の中心では、殺意しか共有されていない。



バイオームの腕が振り下ろされる。


避けない。

盾も出さない。


――直撃。


衝撃で、地面がえぐれる。


だが、セシリアは立っている。

服は裂けているが、血は出ない。


「……確認しました」

セシリアの目は静かで、強い。


淡々と、そう呟く。


セシリアが初めて魔法を使う。


詠唱は短い。

だが構造が違う。


「――止まって」


空気が、拒絶する。


バイオームの身体が、前に進めない。

押し返されているのではない。

“次の行動が発生しない”。


バイオームは止まらない。


腕を引きちぎる勢いで地面を掻き、 自分の身体を投げ出す。


拘束魔法ではない。

教本にある「止め方」ではない。


それでも――


距離は、縮まらない。


セシリアは、静かに歩く。


一歩ごとに、バイオームの動きが鈍る。


「あなたの”それ”は、命ではありません」


その言葉に、感情はない。


セシリアは手を伸ばす。


「終わりにします」


魔法が集束する。

今度こそ、終わる――



静かだが、濃い。

誰が見ても「終わる」予兆。


セシリアの手に、魔力が集まる。


その直前。


「今だ!!」


誰が言ったか分からない声。


「え、今!?」

「今やるの?」

「今でしょ!?」

「止まってるぞ!!」


合図も統一もない。


魔法が、魔法を遮り、

槍が、狙いを上書きする。

正解の順番だけが、失われた。


ドン。

ズシャ。

バチッ。


順番も理屈もない。


バイオームは――

そのまま、崩れた。


一拍、遅れて。


「……やった?」

「やったよな?」

「俺の当たった?」


全員、顔を見合わせる。


セシリアの手は、まだ宙にある。

光は、まだ集まっている。


「……」


誰も、見ていない。


一拍置いて、セシリアの手から光が消える。


彼女は何も言わず、静かに手を下ろした。


兵の一人が言う。


「……聖女さん、助太刀、いらなかった?」



エルミナは、倒骸と地面を見比べる。


止まっていた。

進めなかった。

だが――


「理屈としては……」


数えかけて、教本を閉じた。



リリカは魔導具を一度だけ見る。


「再現、無理」


間。


「条件、足りなさすぎ」


興味を切る。



ハルトは胸に手を当てる。


動く。

痛くない。


「……助かった」


それだけ言って、前を見る。

左右の眉毛は繋がっていた。



全部、終わる。


誰も答えを持っていない。


周囲は、


青々とした草


逃げていく小動物


立ち上がれるハルト


草は、青い。

小動物は、逃げている。

ハルトは、立っている。


セシリアは、少しだけ間を置いて――

手を下ろす。


「……尊い」


それだけ言って、セシリアは一歩下がる。


エルミナが何気なくハルトを見る。


「……」


「どうかした?」


「……いえ」

(眉毛、繋がってる)


エルミナは何も言わず、前を向いた。


――帝国文書抜粋――


件名:

【第七抑止体・回収作戦】


結果:

停止成功


特記事項:

・医療国家リュミエール所属 聖女勇者 セシリア・アルノーが介入

・小規模前線部隊では停止困難

・冒険者ハルト(第七支部所属)が接触点として機能したと考えられる


評価:


外部勢力介入により局地的安定化達成


ハルトは意図せず、外交接触の窓口として作用


単独作戦では想定困難な局面を緩衝


上申:

当該特性を活用し、対外接触可能人材として継続観察対象に格上げ

当該冒険者本人への説明は不要


備考:

過度な戦果を期待せず、現状維持を優先


――以上――

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