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第13話 「わくわく帝国ランド」


帝国公認・軍、冒険者用テーマパーク

わくわく帝国ランド


その日は休日のはずだったが、

エルミナに“任務です”と言われた時点で、

もう断れる雰囲気ではなかった。


任務なのに報酬がないのも気掛かりだったが

ハルトは考える事をやめた。


入口は、拍子抜けするほど地味だった。


白い石の門。

飾り気のない金属板が一枚だけ掛かっている。


《帝国公認 冒険者用わくわく体験施設》


文字は直線的で、角が立っている。

楽しませる気より、認可を通す気配が強い。


門の脇で、冒険者AとBが装備を外していた。

剣を預け、鎧を外し、代わりに番号札を首から下げている。


「本当に武器禁止か」

「事故防止だってさ。帝国の施設だし」


冒険者Cが看板を指で叩く。


「*死亡事故なし*、とは書いてあるな」

「怪我は?」

「……書いてないな」


ハルトは、そのやり取りを聞いてから中に入った。


床は砂。

乾いていて、歩くたびに細かく沈む。

踏み固められていない部分が多く、

足跡がそのまま残る。


天井は高いが、梁が低い場所がある。

冒険者Bが気付かず、兜を軽くぶつけた。


「いて」

係員は何も言わない。


リリカが足元を覗く。


「安全装置、常時稼働だね」

言いながら、魔導円を踏む。

円が一瞬だけ光り、すぐ消えた。


「……今、記録走った」

「走ってるね」


エルミナは壁の水晶板に触れ、

何かを確認するが、何も言わない。


---


最初の区画は


### 空中回廊・全周展望


「わ、見てこれ!」


リリカが一歩踏み出す。

透明な床の下に、街がそのまま広がっていた。


「高……でも、ちゃんと歩けるね」

「落ちる感じはしません。構造的にも安定しています」


エルミナは淡々と、でも足取りは軽い。


「こういうの、観光地っぽくていいな」


エルミナは頷いた。

その目は、足元ではなく、遠くの景色を見ている。

楽しんでいるようにも、確認しているようにも見えた。


リリカは一度だけ立ち止まり、

透明な床を見下ろしてから、すぐ笑顔に戻った。


「うん。ちゃんとしてる」


回廊は想像より広かった。

床も壁も透明で、外の景色だけが浮いている。


ハルトは手すりに触れた瞬間、指先をわずかに引いた。

冷たい。

一歩進んで、もう一度掴む。

今度は、ぬるい。


「……え?」


場所が違うだけだ、と判断する前に、三度目。

少し温かい。


「……」


エルミナが、少しだけ距離を詰めてきた。

「高い場所、苦手でしたか?」


ハルトは、手すりから手を離すのが一拍遅れた。


リリカが同じ場所に手を置く。

「冷たいね」


エルミナも続く。

「ですね」


ハルトは、もう手すりを触るのをやめた。


風が吹いている。

高さのせいじゃない、と頭で分かっているのに、

指先の感覚だけが戻ってこない。


---


### 巨大魔獣・撫で放題展示


「でっか……!」

「思ったより、おとなしいですね」


柵の向こうで、巨大な魔獣が寝そべっている。

呼吸に合わせて、腹がゆっくり上下していた。


「触っていいんだよな?」

「はい、撫でるだけなら問題ありません」

「毛並み気になるなー」


列の空気は、ちょっとした動物園だった。


魔獣は動かない。

呼吸だけが、ゆっくり上下している


ハルトが撫でると、毛並みは思ったより硬かった。

嫌ではない。

ただ、思っていた触感と違う。


「うわ、ふわふわ! これ気持ちいいね!」

隣で、別の冒険者が子供のように声を上げた。

リリカも楽しげに頷いている。

「見た目によらず、手触りは上質ですね」


すぐ横にいた係員が、一歩近づいた。


無言で、ハルトの手首を軽く取る。

位置をずらされる。

指の角度を直される。


「そこではありません」


それだけ言って、離れた。


エルミナもリリカも、同じように撫でている。

係員は近づかない。


もう一度、同じ位置に戻そうとした瞬間。


また、手首を取られた。


今度は、少しだけ長い。


魔獣は何も反応しない。

ハルトの手の位置だけが、正されたままだった。


---


### 超高速・一人用滑り台


入口を見上げて、リリカが笑う。


「これ、見た目より速そう」

「安全基準は満たしています」

「いや、その言い方が一番怖いんだけど」


上から、誰かの歓声が一瞬だけ落ちてくる。


「叫んでいいやつだよな」

「任意です」

「任意かぁ……」


並んでいる間は、完全にアトラクションだった。


ハルトは滑り出し、

途中で、妙に減速した気がした。


速い!…

いや、遅くないか。


判断できないまま、着地する。


着地したとき、

後ろに並んでいたはずの人物が、

もう靴を履き直していた。


係員は何も言わない。

次の人を呼んでいる。


リリカが、下から一度だけ手を振った。


「……速かった?」


ハルトは、うなずきかけて、途中でやめた。


---


### 宝箱だらけの部屋


扉を開けた瞬間、光が溢れた。


「うわ、宝箱だらけ」

「選んでいいタイプですね」

「罠、なさそう?」


床一面、同じ形の箱。

鍵も、注意書きもない。


「こういうの、当たり外れだよな」

「観光用です。期待値は低めかと」

「でも、ゼロじゃないよね」


空気は完全にゲーム感覚だった。


同じ形、同じ大きさ。

床一面に並んでいる。


ハルトは一つ持ち上げた。

やたら重い。


隣でエルミナが、別の箱を軽々と持ち上げる。

リリカも同様。


箱の見た目は変わらない。

持った瞬間の重さだけが違う。


中身を見る前に、

ハルトは一度、床に戻した。


床に置いた瞬間、

箱が、ほんの少しだけ沈んだ。


他の箱は沈まない。

理由は分からない。

比較している自分が嫌だった。


---


### 飲食エリア


帝都で有名と書かれた、デカ盛りラーメンの店がある。


「らーめん 一発屋」


暖簾が低く、入口がやたら狭い。

外まで漂う匂いが重い。

脂、魚介、焦がし醤油。

全部が一度に来る。


壁の貼り紙。


《並・大盛・特盛》


写真が載っている。

どれも丼が大きすぎて、比較にならない。


(……どこか懐かしい匂いだ)


かなり混んでいたが

ハルトは興奮を抑えきれず、中を覗いた。


カウンター席。

湯気で視界が白い。


中央に、聖剣勇者レオンハルトがいた。


顔に汗。

鎧は外している。

背筋は伸びているが、肩がわずかに揺れている。


丼は――

山だった。


太い麺。

箸で持ち上げると、重さで落ちる。

スープは濃く、表面に脂の膜。

刻みニンニクが沈み、チャーシューが何枚も重なっている。


音を立てて、麺を啜る。

一口が長い。


レオンハルトの動きは、遅い。

だが止まらない。


噛む。

飲み込む。

一瞬、呼吸。

また箸。


スープが跳ねる。

湯気が顔に張り付く。


隣の客は、もう食べ終わっている。

誰も声をかけない。


レオンハルトが、低く言った。


「正義は食べ残ししない」


宣言ではない。

独り言でもない。

事実確認のようだった。


箸が止まらない。


ハルトは、暖簾に触れなかった。

音を立てないよう、そっと一歩下がる。


(あいつ…生きづらくないのかな…)


「どうかしましたか?」


「いや…ここって勇者も来れるの?」


「勇者を止められる戦力は備えてません」


結局他の昼食で済ませた。


---



### 英雄像・記念撮影


広場の中央に、巨大な像が立っている。


「最後これか」

「分かりやすい締めですね」

「記念写真用だな、完全に」


像の前には、すでに何組か並んでいた。

みんな、楽しそうにポーズを考えている。


「普通に立てばいいか?」

「剣、持つ人多いですね」

「じゃあ、俺は普通で」


完全に観光客の会話だった。


像の前に並ぶ。

位置を指定される。


シャッターが切られる。

音は、普通だった。


写真を渡される。

順番も、普通。


係員は、写真を一度見てから渡した。


何も言わない。

表情も変えない。


ハルトに渡された写真だけ、少し暗い。

失敗ではない。

撮り直しを言われるほどでもない。


エルミナの写真は、はっきりしている。

リリカの写真も同じ。


誰も気にしない。

話題にもならない。


ハルトは写真を折らずに、しまった。


---


どれも、最初はちゃんと楽しい。

分かりやすく、安心で、観光地らしい。


だからこそ、

途中で引っかかった感覚だけが、妙に残る。


危険はなかった。

説明も、評価もない。


ただ、

「あれ、今の」

それだけを抱えたまま


---


休憩区画。


飲み物が並んでいる。

甘い。

冷えている。


無料、と書いてある。


冒険者Aが一気に飲み干す。


「帝国太っ腹だな!」


エルミナは飲まない。

代わりに、机の端に置かれた紙を取る。


紙は薄い。

触ると、指に少し粉が付く。


ハルトが覗く。


「……数値?」


「評価表?」

ハルトが言う。


——結果が出たあと。


エルミナは紙を折る。


「集計前です」


掲示板が更新される。


《本日の利用状況》

・安全性:基準内

・参加者傾向:安定

・データ:十分

・問題:なし


冒険者Bが満足そうに頷く。


「楽しかったな!」

「また来たい!」


ハルトは頷きかけて、止めた。


楽しかった。

はずだ。


エルミナが出口で言う。


「集計は終了しています」


外に出る。


靴の裏に、

砂が残っている。

払っても、完全には落ちない。


ハルトは歩きながら思った。


遊んだ。

はずだ。


だが、

何かを渡してきた感覚だけが残っていた。


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