私はモブです。彼は・・・・・・
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<レオナルド視点>
「君は、今日起こることを知っていたのか?」
真正面からクリスの紫かかった碧い瞳を見据えて言うと、目を丸くして驚いて固まってしまっている愛しい女の子。
そんな顔をさせた自分の発言に苦渋の顔になる。
でも、必要な確認だった。
愛おしいクリスティーナ。
一目惚れだった。
初めて会ったときは、誕生日ということで社交辞令の祝いの言葉とピンクの薔薇の花束と言う、無難なプレゼントを渡した。しかも用意したのは、一緒に来ていた侍従だ。
シェルマン邸に着く前の街の花屋で調達してもらった
母上の親戚とはいえ、見たこともない女の子に会うのは正直最初は憂鬱だった。今まで会った異性に僕はいい印象を持ったことがなかった。
だから、シェルマン侯爵令嬢の誕生日に合わせての訪問だと聞かされていても、女の子の喜びそうなもの=花でいいだろうと直前に用意した。
侯爵家に到着した時の母上の行動に驚きすぎて、件の令嬢をあまり見ていなかった。と、いうより母上の胸に抱かれて、顔が見えなかった。髪色や、雰囲気からはあまり興味を引くようなものは見られなかった。
だから、クリスティーナの顔をしっかり見たのは、僕らの歓迎を兼ねたクリスティーナの誕生 会だった。
ふんわりとした雰囲気だなぁ、が第一印象だ。
だがこの子も直ぐに、多数の令嬢のように僕らに取り入るような態度をしてくるに違いないと思った。
だから、万人受けの良い笑顔でありきたりな誕生日の祝いを言葉短く告げ、花束を渡したのだ。
それを嬉しそうに受取り、花が綻ぶように満面の笑顔でお礼を言った女の子。
───ドクリ
僕の胸が大きく鼓動をうち、本当に花が咲いたと思った。
花のような笑顔だった。
その笑顔を見た瞬間、渡した花束を奪い返したい衝動に駆られてしまった。
きちんと自分でクリスティーナへのプレゼントを選んで渡したかった。
そう思ったとき一目見たクリスティーナの微笑みに、恋をしたと悟った。
一見、大人しそうな女の子にしか見えなかったクリスティーナ。なのに彼女と合わさった視線、紫がかった碧い瞳に僕が映り込んだとき、彼女が情熱的にとろりと微笑んだ。それは、身体中に甘い蜜をかけられたようで、甘く疼くような熱いものが身体中を駆け巡った。この熱は、彼女の微笑みから受けられるものだった。
この痺れるような甘美な情熱をもっと欲しいと、彼女の微笑みをもっと見たくなる。一瞬にして熱に浮かされ、クリスティーナへ自分でも驚くほど甘く笑いかけていた。
最初は自分にそんな感情があったことを驚いた。
僕の周りは、物心ついたときから本心の見えない人間ばかりがいた。
その人達と会うと、ドロリとした嫌な何かが僕の体に纏わり付くように不快になる。
父上からそれは王家が持つ権力に群がる、醜悪な欲だと教えられた。だけどそのドロドロとした汚いように見える人間の中にも、信用に足る光る逸材がいる。それを見極め、自分の『唯一』をいつか見つけろと言われた。
将来、国を一緒に支えてくれるであろう同世代の友人は時間を掛けて見極めて出来たが『唯一』つまりは『番』は無理だと思った。
僕は、今まであった異性に対して好意を持ったことはない。
僕とルーカスに群がってくるご令嬢たちは目が獲物をねらうハンターのようで愛を囁く気にはなれなかった。
それでも、王族としての義務として寄ってくる女性たちに対して誰に対しても、王族らしい微笑みで接していた。
それが母上の親戚という、このクリスティーナの笑顔を見た瞬間、好意どころか溢れ出て止まらない熱い感情に彼女こそが僕の『唯一』だと思った。いや、もしかしら『番』かもしれない。
女の子に好意を持ったのが初めてで、それが『番』に出会う時とどう違うのか僕はまだわからない。
というのも『番』に出会った人は、出会った時の感情は人それぞれで同じものが無いからだ。感情が爆発したものもいれば、静かに心の中に去来する愛情を受け止めるものもいる。
遥か昔は、その人が放つ香りで番を認識したものだが、今は魂の繋がりで探し出すようになっている。
余程、強烈な出会いでない限り認識は難しい。
僕のこれが『番』への愛情かわからなかった。
でも、僕が今のような感情を女の子に抱くことはもう無いような気がした。
僕は帰国後、ルーカスに内緒で父上と母上に密かに報告をしてクリスティーナを僕の婚約者にして欲しいとお願いをした。
クリスティーナを逃せば、僕は後悔するとそう思ったから。
勿論父上は喜んでくれたが、母上はいい顔をしなかった。
それは、母上の経験からなのかクリスティーナへの感情をもっと育てるのが先だと強く言われた。
母上曰く、人族は異性と触れ合うことに僕らほど強い嫌悪感を抱くことはないらしい。勿論、嫌な相手に触れられるのは嫌だとは思うが、僕ら竜人族や獣人族のような牙を剥くほどの嫌悪感ではないらしい。
母上から見てもクリスティーナは、僕らに好意を持っていると思うと言う。だが、それは僕らの好意とは比重が違うらしい。
僕にとって唯一触れられる女の子であるクリスティーナだけど、クリスティーナが好意を持つ異性は僕だけじゃない。
実際に僕とルーカスは同じ扱いをされる。
それに僕は、とても不満だった。
母上は、それじゃあダメだと言われた。
クリスティーナを唯一と思うのならば、僕の愛をきちんと伝えてクリスティーナに僕と同じくらいの好意を寄せてもらわなければいけないと言われた。それも強引なことや強制をすることなく、クリスティーナが僕と同じくらいの想いを寄せてもらうよう忍耐強く行動するようにと言われた。
さらに告げられた母上からの助言は僕の目標になった。
───貴方の好意は、クリスティーナの愛情になってこそ比重が合うのよ。
僕らの言うところの『好意』は、母上やクリスティーナの人族の『愛情』なのだと教えてもらった。
知らなければ、無理にも婚約者にして僕と同じ好意を返してくれないことに不満に思っていただろう。
だが人族には『番』の認識がない。
それはわかっていても、堪えることが出来ただろうか?
はっきり言えば、出来ないと思う。
だが、目標が出来た。
ただの好意を寄せられるだけじゃ満足出来ない。
どうせならクリスティーナから、絶対的な『愛』をもらうように時間をかけて努力をしようと決めた。
それからの僕は公務や勉強の合間を縫ってクリスティーナに会いに行った。国を跨いでの訪問だ、そう簡単にはいつも行けない。でも頑張って時間を魔法のように作って通った。
実際に魔法を使って会いに行くようになった。かなりの熟練がいる移転魔法を死にもの狂いで習得して、マラカイト国国境までの時間と距離を縮めることが出来た。父上からクリスティーナに会いに行くなら、王子としての教育と公務を疎かにすることは許さないと言われ、少ない時間でも会いたいがために努力した結果だった。
このままいけば、父の後を継ぎ僕が次代の国王になるだろう。それに不満はないが、このタイミングで増やされた教育と公務は、不満しかない。何故、このタイミングなのか?父上に詰め寄りたいが、大方の理由は想像出来るだけにやめておいた。
しかもその度、ルーカスも一緒についてきたが・・・いつの間にか、ルーカスもクリスティーナに好意を持つようになっていた。
僕よりも異性に対する嫌悪感はましだろうが、それでも触れられて大丈夫な異性の中でクリスティーナはダントツに心地よいのだろう。
数か月だけの誕生日の差を利用して、年下だと甘えている姿を見ると腹が立つどころでは済まされないくらいの黒い感情が沸き上がる。
それでも、ルーカスは弟だ。
もしも強制的にルカースを排除すれば、母上の言う強引な行動に捉えかねない。ここは、ぐっと我慢をしてきた。
だが譲るつもりはない。
僕のほうが優先だと、時には独占欲丸出しの男で不恰好なときもあった。
たぶん僕は、僕に群がる醜悪な異性の姿と同じ顔つきになっているかもしれない。
でも、この気持ちを抑えることは、本当に困難で御しがたい。
なのに僕の想いを遺憾なく伝えているはずのクリスは、まるで気付いてくれない。鈍い・・・いや、それとも違う、僕が好意を向けるたびに何か小さく呟いている。
気づいているのかいないのか、あまりにもわからな過ぎて時には苦しくなる。
僕が最初にしたのは、愛称で呼び合うことだった。クリスティーナからクリスと呼ぶことは容易に赦してくれたのに、なぜかこちらを愛称で呼んでくれない。訪問のたびにお願いしているのに恐れ多いと言われて以来、素気無く断られる。
気安くして欲しいと言っても同じだった。言葉使いも、令嬢としては、すこし砕けたように感じているが、領民たちと接しているようなもっとフランクに接してほしいと思う。
あまりにも成果が出ないことに焦り過度な触れ合いをした時もある。その時のクリスは、真っ赤な顔をして一瞬で逃げられた。とてもご令嬢の走る速度とは思えないほどの速さで拒否された。
その姿には流石に傷付き、それ以降の行動は慎重にした。
この3年間は近づいては、遠ざかっての繰り返しだった。
どこか距離を置かれて寂しさを覚えるのに、僕のそんな姿にそろそろと寄ってきて気がつくと懐に入っていた。まるで小動物ように可愛らしいのに、彼女の側は暖かな陽だまりのようで、居心地が良くって・・・
そんな全てを包み込むような不思議な女の子だった。
意識してほしくクリスが嫌がらないギリギリを責めることも、楽しみになりつつあった。
そんなスキンシップに慣れてきたのか、クリスが心を許してくれて来たのか、僕との時間を楽しんでくれていると思っていたのに今日は違っていた。
クリスは行きの同乗を僕に赦してくれなかった。
ルーカスが良いと言ったのだ。
愛しく好きな女の子の口から別の、弟とはいえ男の名前を優先されるのは目の前が暗くなる感じを受けた。
こんな感情は初めてだった。
僕の中でドロッとして醜くて嫌な感情が襲ってきた。
みっとも無く縋りついてみたが、クリスは至極全うなことを言って僕を黙らせた。
今まで意図的に僕は、ルーカスよりも僕を優先させるようにクリスを誘導してきた。
いつか気がつくとは思っていたけど、いざクリスに言われると辛いものがあった。
クリスは僕が嫌だと言ったわけじゃない。帰りは一緒がいいと言ってくれた。それでも頭では分かっていても僕を優先してくれなかったクリスに・・・いや、指名されて得意げに喜んでいるルーカスに面白くないと思うのは仕方ないと思う。
だから、早く一本木に着いてしまいたいと早足で愛馬のフィンを走らせた。フィンも厩舎前でクリスに林檎を貰ってその後もクリスから離れなくって相棒もクリスが一目でお気に入りになったと思っていたのに・・・
そんな時、随分と遅れている──先に僕が進みすぎただけなんだけど。
後ろに目をやれば、何かルーカスが耳元で囁いて真っ赤になって恥ずかしがっているクリスが見えた。
その瞬間、頭が一瞬で真っ赤な炎が立ったと感じた。
いや、赤い炎ではない、真っ黒な炎だ。
それは、嫉妬の感情だ。
クリスに好意を持ってから、僕のこのドロッとした感情がそう名前のあるものだと知った。
決して嬉しいものではない。
知りたくなかった感情だ。
だけど、国では幼い頃から感情コントロールが上手く、完全無欠の王子と言われた僕が普通の男のような感情を出せるのはクリスの前だけ。気負わなくてもいい、王子としての仮面を被らなくてもいい、普通の男でいい、ただ一人の女の子に好かれたいそんな普通のことだけを思って行動出来る。
その全てが初めてで心地よかった。
だけど、こんな嫉妬は嫌だ。
嫉妬など知らずに過ごしたかった。
この『嫉妬』という感情は・・・
・・・フッ
思わず口の端が自嘲で歪む。
それでも、クリスからだからと思うとこの感情すら受け入れようとしてしまう。
結局、クリスから受ける全てが愛おしいのだ。
僕は、激昂しそうな感情を押し殺して声をかけ、早く来るように促した。
読んでくださりありがとうございます。