10.アリュビオンを歩こう -青髪剣士と腐れ大学生、カラオケに行く
その日――ミナミとプロトにボコボコにされた直後、ナギサはソウハと共にANOの世界、アリュビオンを散歩していた。
まだゲームを始めてほんの数日しか経っていないが、ターミナルとその周辺くらいしかじっくり歩いたことがない。ANOがPvPメインのゲームとはいえ、かなり広大なこの都市をゆっくりと見たことがないというのは中々勿体ない。
ナギサの視界にはレンガ造りの建物から、近代的なコンクリートの建物、どこか中華風の建物までが並び、なんだかガチャガチャとした風景が広がっていた。
ここがターミナルを中心としたアリュビオン“セントラルエリア”であり、多くのプレイヤー達で賑わう、いわば都会だ。
アリュビオンに居住区を構えたり、自分の店や施設を持つプレイヤーもいるらしいが、初心者で金銭面に余裕のないナギサにはまだ縁の無い話だ。
……そもそもANOのサービス自体がまだ開始されてから一ヶ月ほどなのでそんなに裕福なプレイヤーはそこまでいなかったりするのだが。
――これはラーメン屋かな?あれはパン屋で……。これは……ブティックか。
それにしても街並みは混沌としてるけど、その分賑わってるって感じが強くしていいな。なんというか、世界の全てが集まってるって感じで。
ナギサはすれ違う人々や、奇抜な格好をしたドウル達を眺める。独自の世界観を持った存在達がこうして一つの空間に集っているというのは中々楽しい。
「ふぃふぉんなふぃふぉふぁちがいまふね。もぐもぐ」
「……なんて?ああ、もう。食べながら喋るのは行儀が悪いからやめなさい。僕はまだいいけどシューマがいたら多分キレてるぞ」
「すみません。ごっくん」
「それでよし」
途中であんまんを買ってもらったソウハが、それを頬張りながらナギサの隣でテクテクと連れ添うように歩く。
どうやらソウハは食べることが好きな性格らしく、歩いている最中にすぐに見つけた中華まんの店にグイグイとナギサを引っ張り、
「バトルで疲れたから何か甘い物が食べたいです。あんこの詰まった暖かいものがいいですね」
と言ってきた。その店に連れ込んでそこまで言ったら素直に「あんまんが食べたい」と言えばいいのに。
しかし自分が作ったキャラクターとはいえ、こうして可愛い女の子と2人並んで歩く経験って初めてだなぁ。なんだかまるでデートみたいだ。
自分の作成したゲームキャラ相手とはいえ、慣れない状況にナギサは少し……というかかなり緊張している。でもこの世界で常に顔を合わせる仲なのだ。徐々に慣れていかなくては。
そう思いながら歩いていると、一つの建物が目に留まった。縦に長いレンガ造りの欧州風の建物だ。大きな看板にはこう書かれてある。『カラオケ ラウドコール』。
……カラオケ ラウドコール?
「カラオケ……カ、カラオケぇ!?」
突然出現したあまりにも現実的すぎる名称にナギサは驚いて大声を上げる。VRMMOの世界にカラオケて!一応ファンタジー要素もある世界なのにカラオケて!
一応外装はそれっぽく現代日本の物とは変えてあるけどカラオケて!
確かにANOは対戦要素だけではなく、自身が育てたドウルと触れ合う要素にも力を入れているとは聞いている。だから遊戯施設も多く存在しているだろうということは想像していた。
……にしてもカラオケはないだろう。しかも『ラウドコール』って実際にあるチェーン店だし……。と、ここでナギサは思い出した。
『ラウドコール』にはAIが採点、コメントをしてくれる機能や、コールに混ざったりして盛り上げてくれる機能があるのだ。それの開発協力を担当しているのがANOを運営しているZENOコーポレーションで……。
――あぁ、自社コンテンツの宣伝かな……。
「カラオケに行くんですか?」
その場に立ちくしてカラオケ店を眺めていたナギサにソウハが問いかける。
「いや……、今日は気分じゃないかな。別に君が行きたいなら行くけど」
「じゃあ行きましょう」
「えっ、マジで!?」
まあ相棒が行きたいと言うなら仕方ないか、とナギサはカラオケ店へと入った。ウィーン、と自動ドアが開く。
すげえ、レンガ造りの建物なのに自動ドアだ。馬鹿じゃねえの。
「いらっしゃいませ!2名でございますか?」
カウンターには現実のラウドコールと同じ店員服を着た……ブロンドの長い髪を垂らしたエルフ耳の女性が立っていた。人間じゃないだろうから、店員の役割を与えられているNPCか。
エルフに接客されるカラオケ店ってのは仮想空間ならではって感じで面白いな。カオスさここに極まれりだけど。
可笑しさに少し笑いながら、ナギサは「2名です」と答える。
エルフ店員が料金表を差し出してきた。見ると学割の欄がどこにもない。ゲーム世界故に身分を証明する手段が無いからだろうか。
「時間はどうされます?」
「うーん、どうする?」
「一番安い30分でいいですよ」
「じゃあ30分で」
「ドリンクバーは付けてください」
「30分なのにドリンクバー飲むのかよ。ワンドリンクでいいでしょ。そもそも今の僕ってそこまでコインいっぱい持ってるわけじゃないから安く済ませた――」
「私はナギサ君のためにバトルを頑張っています」
少し、ほんの少しだけソウハが目を細めてそう言った。
――あ!それ言うの汚い!そんな主人の弱みに付け入るようなことを!
細目がずっとこちらに訴えかけてくる。なんだ、飲みたい気分なのか……?
「……ドリンクバー1つ。僕はワンドリンクでいいです。コーラで」
「かしこまりました。当店の会員証はお持ちでしょうか?」
持ってるわけがないだろう。ここゲームの中だぞ。
しかし一応聞いてくるということは何か意味があるのか?そんなナギサの表情から察したのか、エルフ店員が言った。
「アクロスデバイスのメニューからラウドコールの会員ページが開けます。お客様が現実世界でお使いになられている会員情報を入力すればデータの連携が可能です」
「へぇー、そうなんですね。便利だなぁアクロスデバイス」
と感心したが、そこまで現実世界に合わせるならもういっそのことスマホをこの世界に持ってこさせろ。ナギサは心の中でそうボヤく。
店員さんに指示されるがままデバイスを操作すると、ラウドコールの会員ページが出現する。現実世界の方で会員登録はしているのでそのまま会員情報を入力。
今になって気付いたけどアクロスデバイスってスマホだわ……。充電の必要が無いスマホだわ……。
「それではお二人様、会員料金にて30分ですね。2階の205号室にお願いします。コーラの方は後程お持ちいたしますね。ドリンクバーは1階にもございますのでご自由にどうぞ」
欧州風の建物だけあってやっぱり上階まで上がる手段は階段なんだな。とナギサはカウンター横にある大きな階段を見てそう思った。
あまり上の方の階に行くのは面倒臭いけど中々凝ってるじゃん。自動ドアも頑張れよ。
……という彼の少々の賛辞は少し離れたところに設置されてあるエレベーターによってあっけなく撤回される。まあそうだね、あった方が便利だよね。
まあどうせ2階だし階段で上がって――。
「ナギサ君、私エレベーターに乗りたいです」
「そうか、そうか……。うん。君がそう言うならば……」
烏龍茶をコップに注いできたソウハがそう言うのでエレベーターで上がることになった。
そうして2階へ。出たところからすぐの205号室へと入る。
……うん。カラオケルームの中はいつものカラオケ店だ。申し訳程度に壁紙がレンガ風なだけで、照明もミラーボールも冷暖房もある。
というか体感温度の調整を多少なりとも自由に設定できるVRゲームの世界に冷暖房って。そういうところの再現を頑張る必要はあるのか?
なんかここに来てから頭痛くなってきた……と、額を抑えるナギサに反してソウハは部屋の中をどこかキラキラした目で見回していた。
「これがカラオケですか……。初めて見ました……!」
そんな彼女の発言でナギサは気が付いた。
――そうか。自分にとっては見慣れた施設、見慣れた光景でも、彼女にとっては全てが新鮮なのか。
彼女は自分の記憶から生まれた存在だ。だから食べ物やカラオケなどの存在は当然知っている。
だが、それを実際に体験したことは無い。
そう考えると今までのソウハのテンションの高さにも納得がいった。食べることと飲むことが特段好きというわけでもない。飲食というものをやったことがないのだ。カラオケだって行ったことがない。エレベーターだって乗ったことがない。
――彼女は単純に、初めての経験がしたかっただけなのか……。
そう思うと、自分だけ盛り下がるのは申し訳ない気がした。なんでゲーム世界にカラオケ店なんだと思ったが、これは自分のドウルに現実世界での遊びを教える目的があるんだろうな。
「で、で、どうすればいいんでしょう。このデンモクってやつを使うんですよね。それくらいは分かります」
「そうだよ。これで曲を入力して歌うんだ」
明るい表情へと戻ったナギサがデンモクを手に取り、曲名を入力する。
30分しかないのだ。今日は相棒と一緒に盛り上がろう。
「ナギサ君の歌が聞けるんですね。楽しみです」
「ふふっ、聞かせてあげるよ。僕の平均84点の歌声を!」
「それって高いんですか?」
「普通」
そして画面に表示される『美浜あずみ(CV.桑原典子):君の傍へ……』という曲名。おぉー、これがナギサ君の好きなあずみさんの曲なんですね。とソウハがパチパチと拍手する。
――さぁ!見て聞いて震えるがいい!彼女の2番目のソロ曲、天然キャラのあずみさんのイメージを逆手に取った、しっとりとした失恋ソングの歌詞に……!
「夕日が照ら……」
「お待たせしましたー。コーラです」
頑張ってしっとりとした声を出して歌い始めたナギサだったが、いきなり部屋のドアを開けられたことによってそれは途切れた。
ナギサが頼んだコーラを届けにやってきたエルフ耳の店員はそれを机の上に置くと、丁寧にお辞儀をしてから部屋を出た。
「これもカラオケの醍醐味ってやつですか?」
「……そうだね!」
歌うのを一時中断し、マイクによってエコーをかけながらナギサが赤面した顔で答える。
――こういう現実世界のカラオケあるあるまで再現しなくていいんだよZENOコーポレーション!!
「81点!うん、普通!」
歌い終わって採点画面を眺めたナギサが言った。『歌い辛いなら曲のキーを下げるとよいでしょう」というアドバイスが点数下に書かれている。自分は原曲キーで歌いたいので余計なお世話である。
「平均点83って出てますよ?」
「……最初の方でこけなかったらそれくらいいってたよ。どう?マスターの歌声は」
「普通でした」
「普通かぁ……」
「普通に上手でした」
「前々から思ってたけど “普通に”ってあんまり褒められてる気しないよな……」
次は私の番ですね、とソウハがデンモクを操作する。
友人とカラオケに行く場合――友人といってもシューマ一人を指すことになるが――は時間を無駄にしないよう、相手が歌っている最中にとっとと自分の曲を決めるのだが、ソウハはどこか楽しそうに自分の歌声を聞いていたのでデンモクを触っていなかった。烏龍茶はしっかりと飲んでコップを空にしていたが。
「そういえば君って何か歌える曲はあるの?」
ええと、曲名、カ行……と呟きながらデンモクを操作するソウハに向かってナギサが問いかける。
「お察しの通り歌なんて歌ったことは一度もありませんが、ナギサ君の記憶から何か歌ってみましょう」
画面をタップして曲を入力すると、ソウハがすっと立ち上がった。知らない物に興奮する様子は小さい子供のようだったが、挙動の一つ一つがたまに雅な感じがして面白いなぁとナギサは思う。
そして画面に曲情報が表示される。『天下無双!サムライVファイブ』。
「これって剣撃戦隊サムライVのOPじゃん!」
ナギサが興奮して立ち上がる。剣戟戦隊サムライV。ナギサが幼稚園の頃に放送されていた特撮ヒーロー番組で、熱きサムライハート(この用語については作中で最後まで解説が無かった覚えがある)を持った5人の若者(中盤から敵陣営を裏切った追加戦士が加入して6人になる。ので”ファイブ”じゃないじゃんとよくファンからツッコまれる)が、現代日本に復活した妖怪達と戦う作品だ。
実は終盤でリーダーのレッドが敵の首領の隠し子で妖怪だったことが判明する展開は非常に衝撃的で、そこに至るまでの伏線の張り方が巧妙のため、ネットでもたまに話題に上がる。
これまで時代劇をメインに担当されていた方が監督のために刀を用いた殺陣のクオリティがとても高く、主人公もクールながら熱い魂を持ったカッコいいキャラでナギサはそれが今でも大好きだった。
最近のヒーロー番組は全然知らないが、サムライVの10周年記念作品として発売された新録のOVAは初日に購入した。
「いい選曲だ!」
ナギサは思わず叫んでしまった。どうも、とソウハは涼しげな顔でペコリと頭を下げる。
でもこの曲は熱いアニソンシンガーがサビではシャウト混じりに歌う曲だ。落ち着いた彼女の声だとどんな感じになるのだろうか。
イントロが流れ始める。お、映像がちゃんと本家のだ。
ソウハがマイクを口元に近付け、歌う。
「キンキンキキーン。響け斬撃―。カンカンカカーン。唸れ刃―。絶対負ケンぜー。サムライファイーブ」
まるで透き通るような歌声。両手でマイクを小さく持つ雅な立ち姿。その姿はまるで大和なでしこ……!と、ソウハの立ち姿の美しさにナギサは思わず見惚れる。
――でも、この曲には全然似合ってねえ!
温度差!歌詞と歌声の温度差!
「……あっ、ここ!サビ前のコールやりたい!ワッショイ・サムライ!ワッショイ・サムライ!」
「解き放てサムライハートー。心の赴くまま武器をとり、ビクトリーフラッグ掲げろー」
ソウハがサビの直前にあった歌詞ではないコール部分をあっさり飛ばしたのでナギサが慌てて自分のマイクをとり叫んだ。ソウハは相も変わらず凛とした佇まいで、熱い曲を静かに歌い上げる。そこにはシャウトなど何も無かった。
なんでゲーム世界に来てまでカラオケなのだ、と最初は思ったが、自分の作り上げたキャラクターと一緒に歌うのって楽しいな……!とナギサは思った。30分じゃなくて、1時間くらいにしておけばよかった。




