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リオ視点です

 猟に出かけたハリーが少女を捕まえて帰ってきた。

 それだけでも驚きだったのに、見慣れない格好をしたその子は意識を失っており、体中に傷をこしらえていたり、顔に損傷があったりと、一体その身に何が起きたのかと大騒ぎになった。

 女の子の体のみならず、顔にまで傷をつけるような輩は許せない。まさか自傷したのではあるまいし、と、何者かに襲われたとしか思えないその子が看護されていく様を見守りながら、私は憤っていた。


 その気持ちが変化したのは、ハリーがあることを吐いてからだった。

 お人好しのハリーなら、いつもは率先してスタンリーの手伝いを名乗り出るはず。

 だが、助けた張本人なのにハリーは眠るその子と妙に距離を取ろうとする。私とクリスは疑問を覚え、彼を問い詰めた。

 そうしたら、驚くべき事実が発覚した。


「嫌いって言われた」


 その子は、意識を失う直前に、現れたハリーに対して「嫌い」と呟いた、というのだ。

 何かの聞き間違いではないか、と唖然としながらクリスが尋ねると、ハリーは「でもそれ以外に当てはまる言葉が思いつかない」とうなだれた。


 確かに、ハリーの外見は年端もいかない少女からしてみれば、恐ろしいかもしれない。身長は高いし横幅もそれなりにあるし、暗闇で遭遇したら悲鳴を上げるのが普通だろう。

 でも、だからって初対面で「嫌い」なんて直接的に言うなんて…。内面はただのお人好しだし、外面だってよく見れば愛嬌があるのに…。

 もやもやとした思いを私が抱えている隣で、クリスは何なんだそいつは、と喚いた。


「もしかして敵なんじゃないのか!?ハリーのことを元から知っていて、何らかの理由で嫌っていて、それがピンチの時に駆けつけたもんだから思わずこぼしてしまったんじゃないのか?だとすれば僕達はまんまと敵を看病していることになるぞ!奥様に頼んでお引き取り願おう!旦那様がお帰りになる前に片付けてしまおう」


 即座に行動しようとするクリスをハリーが腕を掴んで慌てて引き止める。

 離せハリー、何かあってからでは遅いんだぞ!とクリスが叫び、振り解こうと暴れるが頑強なハリーの体はびくともしない。

 助けを求める目で見られたので、クリスをなだめる。


「クリス、それは時期尚早だよ。まずあの子の意識が戻るのを待とう。ハリーを知っているのか、何で嫌いなんて言ったのか、色々聞いて、それから判断することにしようよ」

「仕方ないな、黒だったら即刻追い出してやる!」


 だいたい奥様も優し過ぎるんだ、得体の知れない人間を保護して、もし必要があるならここに住まわせてあげようなんて提案したんだぞ、とぶつぶつ続けるクリスの傍らで、ハリーはあからさまに落ち込んでいる様子で俯いている。

 ハリーの表情筋は私がここに就職した頃から既にあまり動かない性質だったが、付き合いを経て雰囲気で何となくどういう感情なのか察せられるようになっている。

 しかし今は、数回しか会っていない人間でもそれと分かるであろうほど、雰囲気も、珍しく表情もかなり下向きで暗かった。


「きっと聞き間違いだよ。ハリーの考え過ぎ。もっと別なことを言ってたに違いないよ」


 思わずそんな励ましをすると、ハリーは間を置いてから、うん、と頷いて少し柔らかい顔になった。

 そう、聞き間違い。目が覚めたあの子に聞いたら「それは違うよ!」と否定する。きっとそうであってほしい。


 そんな願いは叶わなかった。


 意識を取り戻したその子、アンジェは、記憶を失っていた。

 何を思ってハリーに嫌いと言ったのか、分からなくなってしまった。


 アンジェに念のために「本当に記憶喪失なの?」と確認しても、結果は同じだった。

 可哀想に、ハリーは「やっぱり嫌いだったのではないか」と消沈してしまった。違う可能性もある、と元気付けたら、でもその可能性もある、と答えられて何も言えなくなった。


 ハリーを滅入らせた要因はそれだけでなく、アンジェことアンは、ハリーに対してなかなか心を開かなかったようだった。

 アンの介護の担当が回ってきた(その当番もハリーは「嫌われてるから」と嫌がったが、奥様に諭されてやっと受け入れた)朝は「怯えさせないようになるべく遠くから世話をしてみる」と意気込んでいた彼だったが、本番を経て「また怖がらせてしまった」と一日どんよりしていた。


 しかしそんなハリー泣かせのアンも、日を重ねるにつれて険が取れてきた。必要以上に謝罪したり、こちらを警戒するそぶりもあまり見せなくなってきた。

 自分から何か決まった仕事をしたいと言い出すのも、大人しそうな性格だという勝手なイメージを良い方に破壊してくれた。


 そして歓迎パーティーで、アンは完全に私達を信用してくれたようだった。

 準備を隠すため素っ気なく接した時のアンのあの捨てられた小動物のような目はかなり精神にきたが、それでも仕掛けて良かったと断言する。

 扉を開けて、私達が全員揃って「おめでとう!」と告げた時の、あの元から大きいのに更に大きくなった瞳。その後の泣きそうなくらいほっとしていた気配。制服を受け取って喜んでいた姿。今でも思い出すとニコニコしてしまう。

 ハリーに対しても、そのパーティー中の仮面の一件(あれはかなりのファインプレーだったと思う)で打ち解けたみたいだし、全てが丸く収まったと言えよう。


 ただ一つ懸念があるとすれば。

 記憶が戻った時、アンは今のままの関係でいてくれるだろうか。

 クリスの言う通り、本当に敵だったとしたら、その時私は…。

 いや、やめよう。

 先のことを妄想しても意味がない。

 今を真摯に生きていく。私がすべきなのはそれだけだ。




 フレディを探してちょこまかと動くアンを見ていると、微笑ましい気分になる。

 やはり、女の子は可愛い。奥様も可愛らしいが、彼女は大らかで、超然としていて、浮世離れしているというか、とにかくアンのように可愛いなあと思うことはない。

 女の子らしい小さな身体を懸命に使役し、声をかけると「えっ、今私に話しかけてきてくれたんですか?」とでも言いたげに、仮面の上からでも分かるくらい大袈裟に表情を明るくするアンと接すると、自然に口元が緩むのも当然のことだろう。


 でも、可愛い、と一緒に、いいなあ、という気持ちも、密かに浮かんでくる。

 アンは無駄に肩幅が広かったりしないし、喉仏が出ていないし、足も腕も細いし、全体的に丸みというか、柔らかい感じがある。

 生まれ持ったものだから仕方ないし、ここに住む人は皆私を女子として扱ってくれるけど、やっぱり私もアンみたいに可愛い女の子として生まれたかった。

 そうしたら前の職場を辞めることはなかっただろう。


 だが同時に、優しい奥様と寛容な旦那様の元で、温和なハリーとお茶をしたり、仏頂面のスタンリーに香辛料の効能を教えてもらったり、活発なフレディのイタズラに呆れたり、可愛いアンとお喋りをしたり、それに、クリスにお菓子を振る舞って賞賛されることも、なかっただろう。

 そう仮想すると、この体で生まれたのも悪くはないかなと、そう思うのだ。

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