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続いて探しに行ったのは同じく一階の客間だ。
かくれんぼには最適な広い空間。私をおちょくるために部屋に何か仕掛けている可能性もある。
慎重に音を立てずにドアを開けると、そこには先客がいたが、目的の人物ではなかった。
「くそ、この黒ずみめ!ここはお前達の来る場所じゃないぞ、とっとと失せろ!この、この!ふっ、どうだ、ピカピカになったぞ!流石は僕だ。頑固な黒ずみも僕にかかれば一瞬さ!」
洗剤のCMのような文言を口にしながら、四つん這いになっている青年。
彼は大きく息を吐いて身を起こして背伸びし、覗いている私に気づいた。
「何だ、おはようアン。こんな朝早くからここに何の用だ?あ、入るなよ。床磨きしたばかりなんだから。この部屋はあまり使われないが、一週間に一度くらいは掃除をしないといけない。今日がその日だが、勤勉な僕は早めに終わらせようと日が昇ってすぐに開始したのさ。おかげでもうここに残っている仕事はない。君が手伝う必要もないのさ」
上着を脱いで腕まくりをしているクリスは、相変わらず喋り終わる気配がない。
主人の執事という役職に加え雑用も一人でこなせる有能、クリス。
七三というほどではないが六四くらいにきっちり整えられたクリーム色の髪の毛に、猫のように丸い青紫色の目。私より身長はやや高いが、ヘレンよりは低く、十八歳の男性にしては小柄だ。
彼を表現する上で欠かせないのは、やはりその口だろう。
彼の口からは、四六時中言葉が絶えず、先ほどのように一人でいる時でもずっと喋り続けている。誰かが話している時は、一定の間だけ口をつぐんだり、あるいはボリュームを落として話者を遮らないようにぶつぶつ言っている。
頭に浮かんだことはすぐに口に出る、どれだけ有能でもスパイには向かない人間だろう。
「フレディを探しているのですが、見かけていませんか?」
「何、フレディだって?あいつめ、今日がアンの初仕事だからって張り切ってやがるんだな。全く、手に負えない悪餓鬼め!君がフレディ役を引き受けた時は驚いたが、やはりこうなったか。心配するな。僕もあいつには散々煮え湯を飲まされてきた。言われずとも、奴を見かけたら縄でふん縛って君の元へ配達してやるよ」
過激なことを言いながらもクリスは私に協力すると約束してくれた。頼もしい。
引き続き一階を探索する。
医務室があったが、人嫌いのスタンリーがフレディを匿っている可能性は低いだろうとスルーしかけたところで立ち止まる。
あのショタのことだ。わざとスタンリーのテリトリーに潜り込んで、私の目を掻い潜ろうとしているかもしれない。
もしくは、早朝でスタンリーが職場にいないから勝手に入り込んでいるかもしれない。
とりあえず、スタンリーがいるかいないかを判別するためノックをしてみる。
返事はない。スタンリーはいないようだ。
フレディを探すためとはいえ無断で入るのは何となく気が引ける。リオの領域であるキッチンや誰のものでもない客間に入るのは抵抗がないのに、何故だろう。
スタンリーの縄張り意識が強そうだからだろうか。
そういえば私は怪我人だったくせに医務室に入ったことがない。いつもスタンリーが医療品を抱えて出向いてくれていたからだ。
スタンリーは自室だけでなく職場にも人を寄せたくないのだろうか。
そんなことを考えて立ち往生していた時。
ドアがギイイイと音を立てて開いた。
隙間からギロリと覗いたのは灰色の瞳。
「…何だ。朝っぱらから」
いたのか。
軽くホラーだ。
「すいません、フレディを見かけてませんか?」
「中にいるのに、見かけるわけないだろ」
スタンリーはずっとこの医務室を守備していたようだ。
フレディが見つからない。一階のダイニング、客間、医務室と探してきたが全て外れている。このまま一階を捜索するか、もしくは二階に上がってみるか…。
悩んでいると、スタンリーが大きくため息を吐いた。
「…自分の目で確かめてみれば良い」
今の沈黙でスタンリーは、「フレディを匿っているのでは」と疑われている、と勘違いしたようだ。
開かれた扉を前に今更「あ、いいです」と拒否もしにくい。大人しく医務室に入ることにした。
ふわりと香る薬品の匂い。病院とか保健室でも嗅いだことがあるような気がする。結局これの正体って何なんだろうか。
しかしそれよりも目を引いたのは、机の上に重ねられているたくさんの本と、紙束。天井とまではいかないが、背を伸ばしても届きそうにない位置にてっぺんがある。
付近にペンが転がっている。書き物でもしていたのだろうか。
「分かったら早く出て行ってくれ」
「あ、はい」
中をじろじろ見られるのが嫌だったか。悪いことをした。
「全く…」
ぼやくようにスタンリーが呟く。
白衣をまとって隅で何かゴソゴソ探している姿は、医者というより研究者というイメージを受ける。
白髪混じりの紫色の髪はクリスとは正反対に手入れのされている痕跡がない。
顔には年相応のシワが刻まれており、おそらく五十は超えているだろう。あるいはもっと上かもしれない。
言動は素っ気なく仏頂面だが、悪人でないのはこれまで放り出さずに面倒を見てくれたことから既に分かっている。
一時期は教育係に続く怪しい人物かと疑念を抱いていたが、それももうすっかり消えている。
スタンリーは良い人だ。
彼だけでなく、この屋敷の従業員は全員そうだ。もう、無闇に疑う必要はないのだ。
「ありがとうございました、失礼します」
一礼をして、退室する。
フレディを探さなくては。




