第22話:激流の夜襲! 屋上からの放水無双。
ズドオオオオォォォンッ!!!
静まり返った小牧山の麓に、戦国時代には存在し得ない、凄まじい大質量を孕んだ激流の爆音が響き渡った。
「な、何事じゃあぁぁぁーーーっ!?」
「うわぁっ!? 滝!? 天から滝が降ってきたべぇぇ!!」
西側の家庭菜園にドカドカと土足で踏み込み、鶴千代の大事なミニトマトの芽を踏み荒らしていた忍びの別動隊は、突如として夜闇を切り裂いて襲いかかってきた『透明な壁』のような強烈な水圧をまともに喰らい、言葉通り数メールほど吹き飛ばされた。
「おのれ、防戦の一矢か! 構わん、鉄砲を持て! あの白い箱の隙間から撃ち込めッ!」
凄腕の忍びの頭領が、水の直撃を避けながら背中の火縄銃に手をかける。
しかし、鶴千代は容赦しなかった。
「もういっちょ、それーっ!!」
三歳の鶴千代は、場所を移しちっちゃな体をいっぱいに伸ばして、今度は東側に設置されたもう一基の放水銃のレバーをがっしりと握りしめ、最大出力ボタンをペチッと叩いた。
南側の東西に配置された二基の放水銃。死角を一切排除した完璧な位置から放たれた二本の高圧水流は、暗闇の中で美しい交差(クロスファイア)を描き、ハウスの敷地へと群がる敵を一網打尽に飲み込んでいく。
ザザザザザザザザーーーーーッッ!!!
「ぎゃああああっ! 目が開けられぬ!」
「だ、だめだ! 鉄砲の火薬が濡れて、使い物にならんがね!」
戦国時代の戦闘の常識が、現代のテクノロジーの圧倒的な水量によって木っ端微塵に粉砕されていく。
夜闇のせいでどこから水が飛んできているのかも分からず、ただただ圧倒的な水圧の質量で泥の地面へと叩きつけられる忍びたち。
殺傷能力のある武器など一切使っていない。ただのハウスに最初から備え付けられていた、冷たくて綺麗な『お掃除用の水』である。
しかし、夜の冷え込みの中で全身を骨まで凍るような冷水でビショビショにされ、一歩動くたびに強烈な水圧でドカンと吹っ飛ばされるのだ。
忍びたちの戦意は、文字通り一瞬で完全に洗い流されてしまった。
「ひ、引き上げだべぇ! ここには龍神が棲んでおるぞ!」
「動かぬ、寒くて、もう体が動かん……っ!」
全身をこれでもかと濡らされ、重くなった着物を引きずりながら、忍びたちは戦うどころか、膝をガクガクさせ這う這うの体でフェンスの向こうへと転がり落ちるように敗走していく。
別動隊が全滅したことで、城下町を襲っていた本隊も「斯波の家の裏手に、凄まじい化け物がいるぞ!」と恐れおののき、小牧山から一斉に撤退していった。
「ふんすっ! ぼくのトマトをいじめる奴は、みんなこうだじょ!」
握りしめていた放水レバーから手を離し、鶴千代は屋上の柵にちっちゃな手を置いて、ふんすと誇らしげに胸を張った。
お口の横には満足そうな笑みがこぼれている。
「わ、若様……いまの激流は、一体……」
「おちよ、恐ろしい夢を見ているようでございます……。弓矢も使わず、ただの清らかな水だけで、織田の軍勢ですら手を焼く忍びの群れを討ち払うとは……」
遅れて屋上へと登ってきた源蔵とおちよは、ハウスの敷地の外でベタベタに濡れたまま気絶してゴロゴロ転がっている敵の山を見下ろし、あまりの光景に開いた口が塞がらなくなっていた。
「さ、お部屋に戻って、冷たいジュース飲も?」
「は、ハッ……。ただいまお供いたします、若様……」
冷房の効いた居間に戻った鶴千代は、ソファーの上で足をパタパタさせながら、おちよに缶ジュースを開けてもらい、ごくごくと喉を鳴らした。
ぼくの大事な畑は守られた。これで明日からも、美味しい焼きそばとお好み焼きを焼いて、信長様から五文のお小遣いを貰う平和な毎日が続けられる。
三歳児の心は、すでに極上のスローライフへと戻っていた。
しかし、暗闇に紛れて行われたこの『謎の放水無双』は、翌朝、美濃から大急ぎで引き返してきた魔王・織田信長に、かつてないほどの激震を走らせるのだった。




