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24 不器用な信頼

歯を剥き出したジャウルの膝で、バクバクと食べ続けるパッド。

2人の対比がシュールだ。


俺はジャウルに向かって片手を振る。別に煽りたかった訳じゃなく、確認したかっただけだ。


「タケノコどのくらい持って帰れんのかなって思って。保管庫ないなら、毎日水換えしても3〜4日しか持たない筈なんで」


人間界では確かそのくらいしか日持ちしなかった。魔界産だから、もう少し持つのかもしれないが。

どうせジャウルも正解を知らないだろうから、そのまま伝えても問題ないだろ。


案の定、ジャウルは反論なく口を閉じた。

しかしすぐ予想外の返答が来た。


「問題ねぇ」


「問題ないんですか」


「ねぇ、保管庫はねぇが携帯用収納腰鞄は持ってる」


口にタケノコの天ぷらを押し込み、パッドを椅子に座らせジャウルは立ち上がった。

足音が遠ざかり、また戻って来た。どうやら浴室に置いて来ていたようで、その手にウエストポーチが握られていた。


枯葉色の頑丈そうな鞄。軍人が使ってそうな雰囲気だ。


「………ケータイ、シュウノウカバン?」


名前が長い。

聞き返すと、ジャウルは片眉を寄せて目線を寄越す。俺の方が少しデカいので、やや上目に見える。


「別段珍しいもんじゃねぇだろ。……まあ、これはハンター向けのバッグだから、狩猟しねぇ野郎には馴染みねぇのかもしれねぇが」


携帯用収納腰鞄(ウエストポーチ)の蓋を開け、手を突っ込むジャウル。

俺は素知らぬ顔で眺めているが、内心は焦っていた。


珍しい物ではない物に対して、俺はどう反応すれば良いんだろうか?


焦っている目の前で、ウエストポーチから猟銃がぬっと出て来た。

唖然としつつも、ひとつの解答が口から漏れた。


「…………マジックバッグ」


異世界物のマンガによく出てきていた、あったら絶対欲しいやつ。彼らの着替えはそれに入っていたのだと理解した。


ジャウルは眉をピクリと浮かせ、視線を流して来た。


「そう言ってんじゃねぇか」


呆れたような物言い。俺は理解出来ず、反応を返せなかった。ジャウルは怪訝そうに目を細めた。


ピロン

『魔界の鞄は全てマジックバックだぞ。彼が言った携帯用収納腰鞄とは、マジックバックのひとつだ。他にも背負い鞄、肩掛け鞄などある。と監視者が自慢のバックパックを掲げています』


ウィンドウの文字を見て気付いた。


これは完全に、俺かジャウルの翻訳がバグってるのだろう。

リュックらしき物は背負い鞄と言う名前なのに、バックパックはバックパックなのも妙だ。


マジックバッグがこの世界では、人間界で言っていた鞄を意味しているのなら、俺は今、鞄の話をしてる最中に鞄を見せられて「鞄だ」と言った事になってるのだろう。


そりゃ怪訝にもなる。

話を聞いていないか、的外れな返しをしたか。

どちらにせよ会話が少し変だ。


監視者にもう少し噛み砕いて説明して欲しいのだが、ウィンドウは既に消え、もう出てこない。


「…………いや、丁度俺も鞄が欲しいと思ってて。良いなぁって」


無理過ぎるか、この軌道修正。

へらへらと笑うとジャウルは眉を顰めたが、急にパッドに目線を下ろした。


パッドは山菜の天ぷらを「にがい」と言いながら、頑張って食べてる最中だ。

気まずかったので誤魔化す為に「残していいよ、俺が食うから」と声を掛けると、嬉しそうに首を振る。


「クサも食べるの、おれは」


偉いだろうと、衣が剥がれた食べかけのフキノトウを突き出してきた。思わず頬が緩む。


ジャウルは静かに、何かを諦めたような溜息を吐いた。


「………これは農作業やら採取やらには向いてねぇから、そのカタログで別の鞄を探せ。もっと良いもんがわんさか出てくるだろ」


「いや、くれとねだったんじゃないからな?」


まさかの返しに驚いた。いやだそんな乞食みたいに思わるのは。


「そうかよ。とにかく、保管は問題ねぇ。ただ収納量はそれほどねぇし、調理前のもんを貰っても、あの小屋じゃ碌なメシも作れねぇ。だから調理済みを数日分貰いたい」


「え?あー……良いけど、数日分を今から作るとなると結構きついな」


キッチンを振り返る。

時間もそうだし、体力的にもそろそろしんどい。料理も結構疲れるのだ。


人間界に居た時のような、料理を途中で断念するような事がないだけ、かなりマシだが。


「とりあえず作れるだけ作るんで、出来た分持って行って貰って、なくなる頃に取りに来て貰っても良いですか?残りのタケノコは俺が保管しておくんで」


ジャウルに顔を戻して、少しドキッとした。


心なしか柔らかい表情をしていたから。


少し伏せられ、逸れたゴールドの目。それは礼を表しているのだと、何となく伝わって来た。


「それで良い。……借りはいつか返す」


「え?あ、……じゃあまあ、いつか」


お気になさらずと一瞬思ったが、それも良くないかと思い直した。

施しではないと俺は思っているし、ジャウルも思いたいのだろう。


そもそも、タケノコはジャウル達がいなければ、ここまで採って来れなかった訳で、その礼でもあるのだが……調理を込みにすると、負荷は俺の方がデカい、と思いたい。

だから返して貰えるなら返して貰おう。


頷いて、俺は早速作業に戻る。天ぷらをつまみ食いして、まずは皮付きのタケノコを保管庫へと片付けに行った。


パッドを抱き上げ、椅子に座り直したジャウルが、バツが悪そうに小さく口を開いた。


「迷惑ついでに、水を汲みに来ても良いか」


「ああ、どうぞ。いつでも。何なら、水道からでも」


そんな事かと彼を見ずに返事した。

保管庫の中は何もない白い空間だ。中に入れるとタケノコが消えていく。面白い。


夢中でタケノコを入れ、保管庫を閉めた。


「そういや、パッドは牧場に偶に遊びに来てたんだろ?水持って行けば良かったのに」


牧場内でも西から来ると川は遠いが、ジャウルが水汲みに行っていた川よりは近い筈だろう。

(牧場の川と同じ川ではあるだろうが、大きく東南に曲がっているから、山小屋から牧場を迂回すると遠くなる)


「………!!」


パッドはギクッと身を弾ませ、噛んでいたタケノコをぽろりと落とした。


「……………パッド…どう言う事だ、1人でここに来てたのか?」


固まったパッドの後ろで、ジャウルが殺気立つ。髪が立ち、膨らむ。幻覚や気のせいではなかったのか。

髪が炎のように揺らめいている。


「ここには近付くなとアレほど言っただろう!!」


「…ぅ、だって、だって!」


「だってじゃない!!良い子に出来ると言っただろ!俺との約束はどうした!破っていいと思ったのか!!」


「ちが…だって…うわあぁあん!!」


怒声で空気が震える。パッドは縮こまり、泣き出した。


パッド、すまん。しかし親の言いつけを守らなかったのなら、お前も悪い。

理由は分からないが、他人と関わらせまいとする父親なりの心配と防衛手段だったのだろうし、今は怒られておけ……と、気配を消してキッチンへと戻った。


暫くすると、パッドが謝った。

ジャウルもそれ以上は口を閉ざした。


重い、親子喧嘩の後の沈黙。

パッドの啜り泣く声だけが部屋に響く。


「…………頼むから、俺の言いつけを守ってくれ。どこにも行くなと言ってる訳じゃねぇんだから」


「うっ……うっ、ごめ…ごめなさ…」


「………おい、ライガ」


密やかに調理をしていた俺はビビった。急に名前を呼ばれたから。


「………はい?」


「………これからパッドがちょくちょく遊びに来ると思う。水汲みにも」


「え、……ああ、はい」


不満そうな声に込められた、不器用な信頼がくすぐったい。コツコツと指先でテーブルを叩くのも、照れ隠しなのだろうか。


その音を掌に包むように、手をかたく握り締めたジャウルが、ギラリとゴールドの目を光らせた。


「パッドに手ェ出したら殺すからな」


「出す訳ねぇだろ、いい加減にしろ」


心の声が思わず声になった。

椅子に引っ掛けられているウエストポーチから猟銃を出されたら、秒で謝る羽目になっただろうが、そんなことはなかった。


ジャウルは訝しげにしつつも、納得したように黙って箸を握り直した。


「ここ来てもいいの?おれがお水するの?」とパッドは涙目のまま嬉しそうに、ジャウルを見上げている。

喜びを伝えようとパッドが懸命に喋るのを聞きながら、ジャウルは食事を続けて、俺は出来立てをつまみ食いしつつタケノコの調理を続ける。





……途中で、ジャウルがパッドを異常に他人と関わらせないようにしている理由に思い至り、ゾッとした。





まだ5歳ほどであろう男の子。

俺相手に「手を出すな」と念を押す父親。


───やめておこう。これはもう、踏み込んではいけない領域だ。


浮上してこびりついてくる嫌な予感を、タケノコ調理に集中して頭から振り払った。


「パッド、寝ちゃったか」


作れるだけ作り終えた時、パッドはジャウルに凭れ掛かってぐっすり眠っていた。


「時間かかったもんな。遅くなってすみません」


「謝るんじゃねぇよ、テメェが謝ると俺がますます悪いみてぇだろうが」


ますます。多少悪いと言う自覚はあるのか。


ほお、とジャウルを眺めていると、強めに睨まれたので目を逸らす。


「料理、全部入りましたね」


ジャウルの腰にある鞄を指差す。

少しだが金はあると言ってジャウルが差し出してきた。その金の分タッパを買って、料理を詰め込み渡した。

物凄い変な顔をしていたが、俺としては自分の金から他人のタッパを買うより、立替えてタッパを買ったと思った方が気が楽だっただけだ。


「借りはいつかでしょ、利子付きで返ってくると思ってますんで」


そう言うとジャウルは少しだけ笑った。


パッドを抱っこしたまま、ウエストポーチから出した猟銃を背負い、すっかり暗くなった森へと帰っていくジャウルの姿をウッドデッキから見送る。


2人の影が消えてから、夜空を見上げた。


今日の月はブルームーン。

青い月光が木々の青さをより鮮明に映し出す夜。


「………アビスはスローライフだと思えって言ってたけど、これってスローかな」


魔界に来て13日。

もうそんなに経ったのかと思うし、まだそんなもんなのかとも思う。


怒涛の日々だ。

人間界に居た頃にはなかった忙しなさに、騒がしさ。

疲れもするが不思議と充足感がある。


……やはり体力。体力が人生のQOLを大きく左右するのだ。


母ちゃん見てくれ、一日中動き回って料理までしたのに、俺はまだ起きてるんだぜ。たった13日でこの変化。

将来が楽しみだろ。


ふつふつと込み上げてくるのは喜びか、自信か。


ピロン

『ひ!……1人で笑って……どうした?ストレスか…?と監視者があなたの笑みに怯えています』


震えるウィンドウを見て、わざとニヤァと笑ってみせた。更に震え上がるウィンドウを連れ、自然と漏れた笑い声と共に家へと戻った。


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