19 夜
「そう言えば、自己紹介してなかったな。俺はライガ。上にある牧場に住んでる。一緒にパパを助けたんだ、俺達はもう友達だな」
握った拳を差し出す。パッドは目をパチパチさせ、残りの涙を押し出すと、笑った。
小さな拳を握ってコツンと当ててくる。
「うん、ともだち。ライガ!」
「よし、我が友よ。腹減らないか?俺は減った。一緒にメシを食べてくれるかな?」
「うん!いいよ!」
「じゃあちょっと待っててくれるか?カタログを持ってくるから」
「一緒にいく」
パッドの片手は俺の袖を掴んだままだ。懐いた、と言うより、無意識にまだ疑っているのだと思う。
一緒に立ち上がり、袖を掴ませたままテーブルに向かった。テーブルの下に固まっていたノックノック達の前でしゃがみ込み、小さい者同士を向かい合わせた。
「こいつらはノックノック。こっちはパッド。みんな俺の命の恩人だ。お見知り置きを」
「おみしりってなに?」
「顔だけ知っといてね、って事」
俺は仲良くしろと言われるのが大の苦手だった。だから口にしない。喧嘩さえしなければ良いと思っている。
パッドは「かお?」とノックノックの袋の穴を不思議そうに覗き込む。ノックノックは首を傾げている。
小さい者同士のやり取りは、小さい者同士に任せて立ち上がり、テーブルの上に採ってきた物を広げ、カタログも開いた。
「パッドはいつも何を食べてるんだ?」
ノックノックと見詰め合っていたパッドが顔を上げた。
「ぱぱが取ってきてくれるお肉。ライガはなに食べる?」
古ぼけた椅子を引きずり、よじ登り、俺に並ぶ。
「俺はだいたいハンバーガーとか、サンドイッチとか。片手で食えるもん。……肉を取ってくるって凄いな。流石猟師…」
「ライガはかたろぐ?」
「うん、カタログで買う。今日はパッドの分も買うよ。2人で食べれるもんにするか…野菜は食えんの?」
「やさいって何?」
きょとんとしたパッドに、俺は意味のない笑みを浮かべて固まった。周囲に山菜が残っていた理由の答えが見えた気がする。
「野菜ってのは植物だ。ちょっと苦いものも多いけど、体に必要な栄養があって……あ、サンドイッチに挟まってただろ?」
「くさ?」
「……まあ、草もあるな」
「ぱぱくさキライだよ」
「はぁーーーん」
成程。父親の嗜好か。しかしまあ、魔人なら良いのか?いや、栄養失調起こしてるのだから良くはないのだろう。
「俺は結構好きだから、俺の分を少し挑戦してみるか?」
「うん、する」
パッドは素直だ。
ウグルのバーガーショップからサラダセットをひとつ選ぶ。シンプルなコーンサラダ。とうもろこしなら子供も好きになりやすいだろ。
それから節約の為に魔界産のメニューからピザを選んだ。少々赤味が強いサラミと黄色味が強いチーズだけのシンプルなもの。
それから父親用の食事にスープと柔らかいパン、ノックノック達へのハチミツを買った。
床に円になり、それぞれ食事を始めた。
「ピザもはじめて!」と胸が痛くなるような事をパッドが言う。嬉しそうに伸びるチーズにはしゃぎ、頬張る姿に痛んだ胸が癒される。サラダは期待通りにコーンを気に入っていた。
夏になったら、とうもろこしを植えても良いな。そんな考えが過ぎる。
ノックノック達は手にハチミツをつけて、顔の袋の口だろう部分に押し付けるとハチミツが消えると言う不思議な食べ方だ。
パッドはそれをいたく気に入り、楽しそうに観察していた。
日が沈んだ後、パッドはランプに火を付けた。照明はこれだけらしい。
ただ今日の月はやたらと明るかったので、それほど恐怖はなかった。
「おれが読んであげる」
パッドは絵本を数冊持ってきて、俺に読んでくれた。まあ、読めない文字も多く、一緒に読んだようなものだったが。
夜も更け、眠たげにしていたパッドを父親の隣に寝かせ、角で重なって眠るノックノック達を見ながら、俺は床に座ったまま、ぼんやりとしていた。
ピロン
『お前は子供の扱いが上手いな。と監視者が感心しています』
「…ああ、いや。あれは……俺がガキの頃に、母や祖父母にして貰ってた事なんで。病弱だったから、よく励まされてて。パッド親子が超元気な健康体で、共通点が一個もなかったら扱い方さっぱり分かりませんよ」
絵本を見下ろし、ぼそぼそと囁くように言う。
虚弱だった事が役に立つとは。
『寝ないのか。と監視者が心配しています』
ウィンドウの文字を思わず凝視してしまう。心配、の文字が妙に引っ掛かって。
俺は笑った。
「眠いんですけど、落ち着かなくて。ところで監視者様、この家なんですけど」
『なんだ。と監視者が続きを促しています』
「魔物は入って来ませんか」
落ち着かない理由の一つを述べた。
先程から家の周りで物音や気配を感じるのだ。
牧場の家は守られていたが、この山小屋はどうなのだろうか。今まで親子が暮らしていたのだから、大丈夫だとは思うが、根拠がないので安心は出来ない。
『魔物避けの石像がついていただろう。屋根に。大丈夫だ。と監視者が言っています』
「屋根に石像?………あの、風見鶏?」
ウィンドウに二重丸が現れた。
あれは石像だったのか。成程、屋根につけておけば上空から下まで効果があるのか。
俺は見えもしない風見鶏を見上げるように床に寝そべり、天井を見上げた。
安心したのか、若干うとうとして来た。
寝てしまおうか。
ああ、でも、ここで寝たら、風邪引かないだろうか。
憂う夜がゆるやかに過ぎていく。
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「────そのとき、お月さまがこうこうと光りました」
息子の声で意識が浮上する。
ランプの淡い光と、隙間から差し込む月光が薄暗がりの天井を映し出す。
「ライガ、ここなんて読む?」
「みんな、だよ」
「みんなはおそらを」
声の方へと顔を向けた。
大小の背中が見える。息子が男に寄りかかって、絵本を読んでいる。
男は目元が分厚い前髪のせいで見えないが、息子に変な視線を送っていないのは確かだ。
男の手も、どれだけ息子が引っ付いても体に触れることはない。
安心した。
絵本を読む密やかな声が心地良い。
再び意識が深い眠りへと引っ張られる。
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結局、少しだけうたた寝をした後、眠れずにずっと暗い部屋の中でボーッとしていた。
いや、ほぼ瞑想に近かった。
気付けば空が白んできた。
板の隙間から差し込んでくる太陽光が眩く、目がチカチカするようだった。
その代わり、冷えていた体には暖かく感じられた。
俺の杞憂は現実になった。
背中を撫でる悪寒と喉の違和感に身体を震わせ、ぐしゅんとクシャミをする。
自分の振動で脳みその奥がズゥンと痛む。
ピロン、と軽快な音と同時に、別の声が後ろからした。
「ライガ」
ウィンドウは後にして、振り返った。
パッドが眠そうに目を擦りながら、布団に座ったままこちらを見ていた。
「あ、悪い。起こした?」
「ううん……ライガさむい?」
「ちょっとな。風邪引いたみたいで」
「かぜって……かぜ?おそとの?」
パッドの不思議そうな顔を見て、風邪を知らないのだと分かった。
「えーと…病気のひとつだ。喉が痛くなったり、鼻水や咳が出たり、熱が出たり」
「ぱぱと同じ?ぱぱもかぜ?」
「いや、パパは違うよ」
不安そうにするパッドに詳しく説明して良いものか悩んだ。パッドの後ろで寝息を立てている父親へと目を向ける。
俺は、口を開く。
「パパはご飯をしっかり食べてなかったんだ。水も飲んでなかった。だから倒れた。これからはパッドが、パパの食事を見ててあげてくれ。ちゃんと食べてるか、水を飲んでるか」
葛藤の末、言うことにした。
言った方が良い気がしたんだ。
父親の愛情は分かってる。気持ちも理解出来る。だけど、だったら、やっぱり自分自身も大事にして貰わないと。
息子が目を光らせていれば、追い詰められてしまう程の無茶はしないだろう。
祈りに近い願望でしかないが。
「パパを守れんのはパッドだけだから」
パッドは目をぱちぱちして、父親を振り返った。
その小さな頭を見詰める。
こくん、とその頭が揺れた。
「……うん、がんばる」
ぎゅっと拳を握る小さな手。
「……いや、頑張る必要はないんだ。言ってみてダメなら、それはパパの問題になるから」
パッドは困惑した様子で首を振る俺を見た。
俺も苦笑いを浮かべる。
「パパの様子がおかしくなったり、何か困る事があったら、俺は牧場にいるからいつでもおいで」
「ぼくじょー」
「うん。20分くらいかかるけど、パッドの足なら辿り着くのは難しくないだろ。…つっても、俺も生きてくのに必死だから大した事はしてあげられないけど、一緒に考える事は出来ると思うから」
パッドは黙り込んで、俺をじっと見詰めた後、壁を指差した。
「ぼくじょーは、あっち?」
「ん?えーと…」
ピロン、とウィンドウが現れた。矢印が点滅している。
「そう、そっちだ。よく分かったな」
ウィンドウが出る前は、俺ですらあやふやだったのに。
「うん、行ったことあるから」
「ああ、そうなのか」
「じゃあライガ、帰っていーよ」
「急に??」
突然の突き放し。
パッドにそんなつもりはない事は明白だが、僅かばかりに困惑した。
「うん、あそこに行けば会えるんでしょ」
案の定、パッドの笑顔に曇りなどない。今までで一番明るく見える。
俺も肩がふっと軽くなった。
もう大丈夫だと、パッドが言ってくれたようで。
「うん、じゃあ俺は帰るな。テーブルに置いてるパンとスープは食べても良いからな。多めに買っておいたから」
「ううん、ぱぱが起きてからいっしょ食べる」
「そか。じゃあ、パパによろしくな。またな、パッド」
俺は立ち上がり、テーブルの上からカタログや山菜などをリュックに詰め直す。
背負いながら振り返ると、パッドは手を振ってくれた。
部屋の隅にいたノックノック達も動き出す。数匹は足元に来て、パッドと俺の真似をして手を振り、数匹は先にドアの前へと駆け出す。
開けると我先にと飛び出して行った奴もいる。自由な連中だ。
「ライガ!」
ドアを抜ける時にパッドに呼ばれた。
「ありがと」
また手を振り、パッドが笑う。
こんな風に誰かに心からの礼を貰うのはいつ振りだろ。
なんだか照れ臭い。
「いいえ」
そんな短い返事しか出来なかった。
ドアを静かに閉めて、俺は階段を降りた。
朝日が眩しく、俺は太陽に焼かれるドラキュラのように目を押さえてその場にしゃがみ込む。眩暈がする。
子供の手前、知らずに気を張っていたのだろうか。ここに来て、体が悲鳴を上げている。
ピロン
『ライガ!いつに増して顔が白いぞ!!いや青い!!早く帰れ!薬を飲め!!と監視者が慌てています』
軽快な音に目を薄く開け、ウィンドウを読んだ。俺は頷き、よろよろと立ち上がる。
寒気が限界突破している。頭も痛い。
ふらつく足取りで、20分の道のりを40分以上かけて歩いて帰った。




