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18 エナドリ

監視者の指摘で落ち込んでいたが、周辺を隈なく探すと意外と残っていた。


ピロン

『ほれ、そこにフキノトウがあるぞ。しっかりと蕾が閉じている小ぶりなものを選ぶと良い。と監視者が木陰を指差しています』


「フキノトウって、だいぶ小さいイメージあるんだけど……魔界産は違うなァ」


木陰の下に並ぶのは、葉に包まれているフキノトウ。祖母が近所の人と採りに行っていた記憶がある。大きくても指の長さ程もない緑のフキノトウ。


そんな記憶をぶち壊す。魔界のフキノトウ。

小ぶりと指差された物ですらテニスボールくらいある。しかも青い。


軍手をした手で蕾を包む葉ごと掴み、力をいれて土近くの茎を捻り切る。大きいので結構力がいる。


ハサミかカッターか買うべきか。


ゴブリンから逃げ、男を運び、正味体力の限界も既に近い。枯葉を避け、3つ程取った時点で指先がズキズキと痛んだ。


土のついた葉はむしり取り、リュックの中へフキノトウを入れた。ついでに中を確認する。


タラの芽。

アミガサタケ。

ハルシメジ。

そして今取ったフキノトウ。


名前こそ聞き覚えのある物だが、正直言われなければ食える物とは思えない。


タラの芽も青い。

アミガサタケは見た目が蜂の巣のようで、そもそもキノコと教えて貰わなければ分からなかっただろう。

色もすごい。天辺から根元に向かって青から黄色へと変わるグラデーションカラーになっている。

ハルシメジは形こそ良く知るキノコだが、カサ部分が淡いピンク色だ。


やはり抵抗感が拭えないが、魔界ではこれが普通なのだ。いつか俺にもこれらが美味そうに見える日が来るのだろうか。


ピロン

『見た目は兎も角、栄養価は人間界にある類似品と変わりない。人間界の食べ物で育ったお前には少々大味に感じるかもしれん。しかし節約したいのならば致し方あるまい。と監視者が溜息を吐いています』


────来ないかもしれない。

魔界出身の筈なのに、魔界の食べ物に不満があるような発言に俺の希望は砕かれた。

いや、監視者は人間界の食べ物を知っていて、尚且つそれを口にする機会を選べるから舌が肥えているだけかもしれない。

そう思っておこう。


「まあ、節約生活もそう長くはないですよ。魔物に荒らされなきゃ、確実に収穫日に収穫出来る訳ですし。それより、そろそろ戻りましょうか。果物でもあれば、と思ったけどなさそうだし。ノックノック達も戻って来てるか、も……────」


リュックの口を縛って立ち上がり、背負い直そうとした時に偶々少し下の景色が目に入った。


「……あれって、竹藪?」


木々の間から幾重もの竹が見えた。青色ではあるが、形はどう見えても竹だ。


ピロン

『お、良い所を見つけたではないか。と監視者が花丸を書いた札を掲げました』


「竹があるって事は……」


『あるって事は……。監視者がわくわくして言葉の続きを待っています』


俺は坂を下る。どれだけ心が急いても落ち着いて行動しよう。でなければ、文字通りに足を掬われるだろうから。


木の根や滑りやすい落ち葉、雑草に隠れた石などを越えて、青々とした竹藪へと辿り着いた。

真っ直ぐと天に伸びる竹。天辺の方は柔らかく曲がり、空を隠すように笹が重なり合っている。


隙間から注ぐ日光が、青い竹を神秘的に輝かせていた。


しかし用があるのは空ではない。

俺はすぐに竹の根元に目を凝らす。



「あった…!」


『監視者が”おめでとう”と書かれた横断幕を掲げています』



いや、分かってたんなら教えろ。と思いつつも、体が先に動く。

しゃがみ込んで枯れ笹を手で払う。

土から少しだけ覗く穂先。


そう、タケノコだ。


母が生きていた頃、春になると採れたてのタケノコ(今思えばどこから貰って来ていたのだろう)で炊き込みご飯を作ってくれた。

ほんのりと色づいたツヤツヤした米に、鮮やかなにんじんのオレンジ色、醤油とダシが染み込んだ鶏肉。茶碗を差し出す姿や「おいしい?」と尋ねてくる母の笑顔まで思い出される。


「……タケノコ好きなんだ。炊き込みご飯が一番いいけど、きのこと炒めるだけでも美味いだろうし」


嬉しくて土を掘る。地下に張り巡らされた茎が見えてきた。

そして俺は、ある事実に気付いて、四つん這いで項垂れた。


「……素手じゃ取れねぇんだ」


山菜ときのこは無理やり引き千切ったが、タケノコはどう頑張っても素手では無理だ。

これも人間界の物より一回りから二回り、大きく見えるし。


ピロン

『監視者がこそこそと横断幕を隠しています』


絶望に打ちひしがれている俺だったが、いつまでもこうしている訳にもいかない。

諦めて身を起こすと真横にノックノックが1匹立っていた。

俺はビクッと肩を跳ねさせる。


「……来てるなら来てるって、言ってくれる?」


「コンコン!」


静かに驚いている俺の事など気にせず、ノックノックはその短い手を挙げた。その手が背後を指す。


「あ、もしかしてカタログ持って来てくれたのか」


「コンコン!」


タッと身軽に走り出したノックノック。慌てて立ち上がり、追いかけた。しかし、足が重いの何の。走れない。

踵を引き摺るようにして、時折振り返って待ってくれるノックノックの道案内を頼りに、パッド達の山小屋へと戻った。


相変わらず踏む度に不安になる階段だ。

ドアを開けると、中では予想もしていなかった事が起こっていた。


パッドが父親を背に、ノックノック達と対峙していたのだ。

絵本を片手で振り上げている。


「あ!おにいちゃん!!なんか変なのがはいってきた!!」


パッドと、突っ立っていたノックノック達が一斉に振り向いた。

笑う場面じゃないんだろうが、父を守ろうと絵本で戦おうとするパッドと、困惑気味のノックノック達が愉快……いや、微笑ましく思ってしまう。


「大丈夫、俺の友達なんだ。少し頼みごとをしてて」


「……と、ともだち?」


ノックノック達が足元に集まり、足の後ろからパッドを見詰めている。

絵本を振りかざしていたパッドの手が下りていく。

それでも警戒心は解けていない。足の後ろに隠れるノックノック達もそうだ。


小さい物同士が互いを警戒している。


「ん、友達。お父さんの調子はどう?目を覚ましたか?」


ノックノックを蹴らないように、ゆっくりとテーブルの方へと向かった。ピッタリと付いてきたり、遅れて付いてきたり、ノックノック達は離れない。


「ううん。起きない…」


パッドは不安そうに絵本をギュッと両手で掴んだ。後ろに眠る父親を振り返った苦しげな横顔に、思わず眉が下がる。


ピロン

『心配するな。あれからちゃんと水を与えていたのだろう。先程よりはマシだ。と監視者が頷いています』


父親の上に重なるように、ウィンドウが目の前に出た。答えられないので頷いて返す。


「大丈夫だよ。パッドのおかげで持ち直したみたいだ。ここからはもう、良くなるだけだ」


こちらを振り向いたパッドは、ほんの少しだけホッとしたような顔をした。ほんの少しだけ。

俺は出来る限り優しく見えるように微笑んで(上手く出来てるかは知らん)リュックをテーブルに置くと、足元のノックノック達を見下ろす。


「カタログは分かったか?」


今室内にいるノックノック達は手ぶらだ。

もし分かってなかったら、どうしようか────と思ったが、室内のノックノック達が一斉にドアを振り向く。

全員に見守られながら、家の外から1匹のノックノックがカタログを掲げて現れた。


心なしか誇らしげに見える。


まあ、俺の視点からではカタログの方が大きいので殆ど見えないが。


「……どうやって持ち上げてんだ。あれ」


よく考えれば、ノックノック達の手は短い。なんと自分の頭さえ超えられない短さだ。

しかしカタログは頭上にある。


しゃがみ込んだ所で、カタログノックノックが走り出し、目の前に来た。

カタログが近付いてくる。ふよふよと宙に浮かんで。

思わず手に取ると、運んでいたノックノックが汗を拭う仕草を見せた。かいてるように見えないが。


ピロン

『妖精は魔力が潤沢で器用だ。勉強する知能と、戦う力を持ち合わせていない事が残念でならない。と監視者が悔しがっています』


それらを合わせると、クマやゴブリンのような魔物にならないか。

監視者の独り言は無視して、足元のノックノックに言う。


「ありがと。何かお礼しないとな」


ノックノック達は顔を見合わせ、急にわらっと走り出した。足元をくるくると。

どう言う意味か全くわからん。喜んでいるのだろうか。


とりあえず、ノックノックはほっといてカタログを開く。パッドはずっと不審そうに俺を見つめている。


「パッド、今から俺は1人で喋るかもしれないけど気にしないでくれ」


「え?」


戸惑うパッドに背を向け、こそりと口を開いた。


「父親に飲ませる薬は何がいいと思います?」


ピロン、と監視者が答えてくれる。


『薬は必要ない。エナジードリンクで十分だ。と監視者が首を振っています』


「ああ、あったな。エナジードリンク」


検索欄に入力する。パラパラと勝手に捲れるページ。ずらりと並ぶエナジードリンクの缶。銀の箔押しで大きくEと書かれている。缶の地の色だけ違うデザインは、人間界でも有名なエナドリの缶を彷彿とさせる。


「…これって、色で効果が違うとかあるんですかね」


『ないな。味が違うだけだ。白は白葡萄、オレンジはオレンジ。今季フレーバーのピンクと白の缶はさくらんぼだと。と監視者もカタログを開いて説明しています』


「へえ、フルーツ系なのか。美味そうじゃん。……飲みやすいのは白葡萄かな?スタンダードっぽいし」


エナジードリンクは18,000円(送料込み)だ。飲み物だぞ。一本だぞ。


初見の時と全く同じ感想を抱きつつも、白いエナジードリンクを購入した。

数秒後にパッと目の前に現れた白い缶を手に取る。


カタログを閉じてテーブルに置き、缶を片手に振り返る。


パッドが怪訝そうに固まっていた。

やっぱり独り言が怖かったのかと思ったが、その目は握られた缶を凝視していた。

何が起こってるのか分からないのかもしれない。


「……あれ?カタログも見た事ない感じか?」


「かたろぐ?」


「うん、カタログ。これで買い物が出来るんだ。これはお父さんが元気になる飲み物」


カタログと缶を交互に見せて、パッドの元へと向かう。訝しげな様子は変わらないが、そっと場所を譲ってくれた。


父親の呼吸は浅く激しい。じわりと滲む汗も変わらない。ただ口元は潤っていた。パッドがしっかりと水を与えていたのが分かる。


「上手に水あげてたみたいだな」


俺の言葉にパッドは目を丸くした。その後、嬉しそうにはにかむ。


「ぱぱ元気になる?」


「なるよ、パッドが頑張ってくれたから」


正直、俺自身に確信がある訳ではない。だが監視者が大丈夫と言っているのだし、きっと大丈夫だろう。


とりあえず、エナジードリンクで体力と魔力を復活させよう。


「でも無理に飲ませるの危ないかな。お父さん、聞こえますか?」


肩をゆすってみる。微かに眉を寄せた。反応ありと見て良いのか。


「頭を起こしますよ」


首に腕を突っ込み、上半身を起こした。父親の瞼がピクリと動き、ゆっくりと目を開く。

パッドが気付き、握りしめていた絵本を放り投げて父親に縋りついた。


「ぱぱ!」


「…………パッド」


父親は返事をするが生気はあまりない。朦朧としているのが分かる。だが意識が戻ったのなら良かった。


「お父さん、今からエナジードリンクを口に入れます。少しずつ入れますので、飲めるだけ飲んで下さい」


俺の声に虚な目が動いた。返事はない。視界が霞んでいるのだろうか、目を凝らすように眉を寄せていた。

パッドに缶の蓋を開けて貰い、ゆっくり傾けて口に含ませる。


少しだけ間を置いて、ごくりと嚥下の音が小さく聞こえた。


そのまま、複数回に分けて少しずつ飲ませた。父親は抵抗なく、何なら自ら飲みたがる素振りを見せた。


途中で監視者が『ある程度の量を飲まないと効果が出ないぞ』と遅い忠告をしてきた。だから先に言えとあれほど…いや、口に出して言った事は少ないか。


丸一本飲み終わると、明らかに呼吸が変わった。滲むような汗も引いたか。


「大丈夫ですか?」


顔を覗き込む、父親はチラリと俺を見た後、腹に縋りついて見守っていたパッドを見下ろし、頭を撫でた。

そのまま、ふーっと息を吐くと再び瞼を閉じた。


「………寝た?」


ゆっくりと深い呼吸を繰り返す父親の胸。そっと頭を下ろし、顔を覗く。穏やかな寝顔に見える。


ピロン

『体が無理をしていて休めていなかったのだろう。体力も魔力も戻っている。寝かせてやれ。お前も少し休んだ方が良い。と監視者があなたを労っています』


ウィンドウから出た手のアイコンが、俺の肩をポンポンと叩いている。感触はないが気持ちは伝わってくる。

密やかに頷いて、パッドへと顔を向けた。


「パッド、お父さんはもう大丈夫。ただ起きたら何か食べた方が良いと思う。いくつか食糧を置いて行くから、目を覚ましたら」


カタログとリュックが置いてあるテーブルを振り返りながら、立ち上がろうとしたが、グンッと袖が掴まれた。


「やだ!」


「え?」


「行かないで!」


パッドは泣きそうな顔で袖を強く引っ張る。


「ぱぱまた寝ちゃったよ。おにいちゃんはどこ行くの。おれはどうしたらいいの」


ぐいぐいと両手で引っ張られて、立ち上がるのを諦めた。俺はもうヘトヘトだし、必死に引き止める子供を諭す言葉も思い付かない。


パッドの背を優しく叩きながら、俺は言った。


「パパが起きるまで一緒にいるよ」


ぎゅうと掴んでいたパッドの手の力が緩んだ。見上げてくるゴールドの目がうるうるして、丸いほっぺに涙が落ちた。涙を袖で拭うが、次々と落ちてくるのでキリがない。


ずっと気を張っていたのだろうな。


こんな健気な子供を見捨てては、俺の健全で健康な牧場ライフに翳りが出来る。

俺はもう一度はっきりと口にした。


「一緒にいる」と。


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