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15 小さなもの

一応は自分の家と言っても良い場所なのに、端に歩くだけで何十分もかかる。

西と南に大鷲の石像を置いて戻ったら、既に1時間半過ぎていた。しっかりと農作業用の装備を整え、畑へと向かう。


「またクワ入れないと駄目だな、これ」


昨夜のクマの爪痕が深々と残る畑を前に、俺は土を手で掘り返してみた。根っこも茎も葉も混ざり合い、そのままでは種を植えられない。

地道に広げた27マスの畑。一気に戻すことは今の俺では不可能だ。


しかし嘆いていても始まらない。


クワを握り締めて、10マスを耕し直した。本来なら今日は8マスだけ耕すつもりだった。昨日、7マス耕したから。しかしそれは、カマを同時に使う事を考慮したやり方だった。


今日ばかりは畑の修復を優先だ。


とは言え、クワのみの使用でも10マスが限界だった。微かな腕の怠みに危機感を覚えてやめた。倒れるのは時間の無駄だから、どんな状況でも無茶はしないと決めている。


ふかふかに戻った土に、買い直したじゃがいもの種を植えながら、俺は愚痴をこぼす。


「これ以上デリバリーに頼りっ切りじゃ、マジで金がなくなるって」


目の端でいつの間にか集まっているノックノック達も、各々しゃがみ込んで土を弄っていた。彼らは小さ過ぎるので、手元まではよく見えないが、昨日よりも距離が近くなっている。邪魔にならない所で遊んでいる辺り、知能が高いのだと分かる。


彼らは好きにさせ、顔を上げた。


「なあ監視者様、川で釣りが出来るって言ってたよな?」


こうなったら畑と並行して釣りを始めようと思った。

食糧になるのなら何でもいい。俺の知る魚ではない可能性も大いにあるが。

今はとにかく節約だ。


ピロン

『監視者がギクッと身を固めました』


「え?」


思わぬウィンドウの表示に目を丸くした。監視者は釣り好きで、釣りをゴリ押ししていたのに、急にどうしたのだろうか。

ウィンドウは消え、それから暫く何も表示されなかった。


「釣竿をくれるって、……言ってませんでした?」


ウィンドウは開かない。


「………ええ?」


ピロン

『実を言うと、お前用の釣り竿を作って貰っている所なのだ。お前は釣り初心者なのだろう?それに釣り竿も魔力を使う。だから初心者でも扱いやすく、少ない魔力でも十分に釣れるように…。と監視者が難しい顔をして言っています』


「はあ…それはどうも。助かります」


そこまで言って、またウィンドウは消えて静かになった。


「監視者さ」


ピロンと言う音が、呼びかけに重なる。


『だが満足のいく釣り竿が来ないのだ!!ただ初心者用が欲しいのならばわざわざオーダーなどしないと言うのに!奴らはすぐ楽な方にいく!最初など、カタログにも載っているような超初心者向けの釣り竿を寄越して来た!客を舐めているとしか思えん!こういう所だぞ魔界の住民達!こういう所だ!!と監視者が憤っています』


「お、おお…なんか、大変そうだ」


『釣りとは奥深いものなのだ!針を垂らせば魚が来るものではない!!魔神と名乗れないのをいい事に適当な仕事を……!!と監視者の怒りが上昇しています』


「………」


名乗れないのは魔神側の都合で、向こうは知らないのだし───と思ったが、それならそれで、やはり仕事は適当なのだろうか。


それとも、監視者が実は我儘な客になってしまっているのだろうか。


分からないから、黙っている事にした。

監視者は暫くウィンドウに凄まじいスピードで怒りを流していたが、その内落ち着いて来た。

ハアハアと荒い呼吸が聞こえてきそうな程揺れているウィンドウ。汗のエフェクトまでついている。細かいな。


ピロン

『そう言う訳で釣具が来るまで、もう少し待っててくれ。と監視者が汗を拭っています』


「………でも、それじゃ俺の食糧問題が解決しないんですが」


『解決策ならば、もうひとつある。採取に行くのだ!と監視者が提案しています』


「………採取って、どこに?………まさか、森に?」


『そうだ!この山は豊かだ。旬の物が何かしら生っている。森に行こう!と監視者が拳を握りました』


「昨日あんな目に遭ったのに?俺、森から家までダッシュで帰れる自信ないぜ」


『攻撃的な魔物は殆どが夜型だ。昼の内ならばそうそう遭遇する事もあるまい。と監視者が自信を持って言っています』







.

.

.








「─────って!言ってたよな!言ってたよな!?」





枝や草を掻き分け、前のめりの全速力で走りながら俺は叫んだ。

後ろから思いっきり追いかけて来るのは、青色の肌をした三下の悪魔のような姿をしており、その見た目通りに"青色ゴブリン"と言う名前がついている魔物だ。


ゴブリンらしく、棍棒を振り回している。


ピロン

『もしやお前相当に運が悪いな!!と監視者がまさかの展開に驚きつつ少しワクワクしています』


「俺のせい!?」


「ギイイィィッ!!」


「やめろマジで!!!」


涎を撒き散らしながら、棍棒をぶん回す青色ゴブリン。

出会って数分。肺はもう限界だ。


「おにいちゃん」


「うわっ!?」


シュッと急に横に影が並んだ。小さい影だった。青色ゴブリンもチビだから、一瞬追い付かれたのかと思ったが、それはボロいフードを被った、青色ゴブリンよりも更に小さいものだった。


「こっち」


小さいものは、こんな森の中にも関わらず短パンだ。茶色のブーツも履いている。足は黒いが人間のものに見える。

とりあえず、魔物ではなさそうだ。


しかし腕も振らずに並走してくる小さなものを、人間と判じて良いものか。いやここは魔界だ。そもそも人間は俺しかいない。頭の中は混乱している。


「おにいちゃん、こっち」


小さな手がポンチョの裾から出てきて、指を差す。

そのまま、小さなものは緩やかな方向転換をして、みるみると距離を離して先行する。


ピロンと言う音がした。ウィンドウも視界に見えるが、文字を読んでる余裕はなく、小さなものを信じて追いかけた。


斜面を下る形になって、ほぼ滑る形ではあるが、俺もスピードアップしてるのに────


小さなものを見失った。


あれか、ノックノックとは違う。悪戯するタイプの妖精だったか。今は悪戯ではすまないのだが。


背後を振り返る。

青色ゴブリンも小さなものより足は早くないようだ。

揺れる視界の中、奴が止まったように見えた。


「……?」


諦めてくれたか?

そんな淡い期待を抱いたが、そんな期待は一瞬で崩れた。


青色ゴブリンは膝を曲げた。そして勢いよく跳んだ。


俺に向かってくる。棍棒を両手で振り上げて。やばい。あいつは落下の勢いを利用してぶん殴る気だ。


「おにいちゃん!!!」


近くで呼ばれた。

慌てて顔を前に向ける。



「ぶおっ!!!!」



視界が青一色になり、凄まじい弾力に顔面を跳ね返され、足が浮き、地面に背中から落ちた。

直後、突っ込んできた青色ゴブリンが目の前で同じように青い何かにぶつかり、そのまま後方に飛ばされていった。


打ち付けた背中の痛みも忘れて、「ギャギャギャ!」とジタバタもがきながら小さくなって視界から消えた青色ゴブリンに唖然とした。


「………な、なんだ…」


よろよろと身を起こす。肺も背中も痛いが、また青色ゴブリンが来るかもしれないから立ち上がるしかない。


丁度俺の顔の高さに、木と木の間を渡る蔓の帯があった。一本一本は平たいが、2人分の衝撃を喰らった割には綺麗に張ったままの状態だ。


ピロン

『おお、随分と大きなゴムカズラだな。ゴムのような弾力が特徴の植物だぞ。食糧にはならんが助けられたな。青色ゴブリンは軽いから相当飛ばされたようだ。と監視者がカラカラと笑っています』


「……カズラ…?でもこれ…」


木の幹にロープを巻くように、一本一本が縛り付けられてる。誰かがわざとこの位置、この高さに張ったのだ。


「おにいちゃん、だいじょぶ?」


「うおっ!!」


二度目の喫驚。いつの間にか小さなものが足元に立っていた。顔は見せないようにしてるのか、俯いているがフードから茶褐色の髪が見えた。くりくりとした天パのようだ。


長めの髪だ。女の子か?


「あ、ああ、大丈夫だ。えーと……わざとここに俺を呼んだのか?」


小さなものはこくん、と頷いた。


「これがあるから?」


ゴムカズラを示すと、また、こくん、と頷いた。

すぐ後に「あ、」と小さく呟き、何やら戸惑っているのかフードが揺れる。


「……おにいちゃんも転ぶとは思わなくて」


「あ、」


今度は俺の口から漏れた。

ピロンと音が鳴る。


『その子供は木の根元に隠れていた。前を見ていればお前も避けられたものを……。と監視者が情けなさにしくしく泣いています』


「待て監視者様。全速力で走って、背中を殴打したにも関わらず、俺は元気だ。これは快挙だと思う」


『監視者がますます悲しげに泣き出しました』


「生きてるだけで儲けもんって言葉があるんだぜ」


とは言え、まだ心臓はバクバクしてるし全身が痛い。座り込みたくて思わず膝に手をついた。

小さなものが顔を上げていた。


最初に目に入ったのは薄褐色の頬に這う、黒いトライバルタトゥーのような模様だ。

よく見ると衣類から覗く手首や脛にも模様が入っている。


小さなものが魔人なのか、妖精の類なのか、模様は民族的ななにがしなのか、それとも魔界では普通の事なのか。

何も分からない。偏見も良くない。

俺はそっとタトゥーから目を離す。


顔立ちは綺麗だ。性別はどちらにも見える。

幼稚園児くらいか。

少し浅黒い肌に映えるゴールドの目。


不思議そうに小さな眉を寄せて首を傾げている。


「………だれかいる?」


「え?」


小さなものはきょろきょろと俺の周りを見回した。


ピロン

『因みにウィンドウは魔神の子でなければ見えん。と監視者が泣くのに飽きて涙を拭いました』


先に言ってくれよ、と心の中。


小さなものは不審そうな顔をしていた。

そりゃそうだろう。1人で喋っているのは気味が悪いものだ。おまけに内容はアホみたいだったし。


「……ちょっと混乱してたみたいだ。怖がらせてごめんな。それから、遅くなったけど、助けてくれてありがとう」


ゆっくりと腰を落として、目線を合わせた。小さなものは一瞬身構えたが、その時その腹がぐうと鳴った。

あんな目に遭った直後に余裕があるものだ。


「腹減ってるんだな。じゃあ…」


採取物を入れる為に買った、安物のリュック(デカい巾着袋にしか見えない)を前に回し、中からサンドイッチのパックを取り出した。


「ほら、お礼。食って良いよ」


差し出したパックを見て、小さなものは戸惑っている。だが離れる素振りはなく、そっと鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。頬の模様も相まって、猫みたいだ。


そろりと小さな手がパックを受け取った。


「あ、でも場所は変えよう。青色ゴブリンが戻って来たら怖いし」


呼吸もマシになった。本当はもう帰りたいが、まだ何も拾っていないし、この小さなものを置いていくのも気が引ける。


先程の健脚を見る限り、恐らく俺よりは強いだろうが。


パックを大事そうに抱えた小さなものは、頷いてくれた。


ピロン

『青色ゴブリンは知能が低い。ターゲットを見失ったらもう追いかけては来ない。大丈夫だ。と監視者が断言しています』


俺は今、監視者様に不信感ありますからね。


答えられないので心の中で反論する。


「おにいちゃん、あっち」


小さなものが指を差す。あっちもそっちもどっちも分からないので、適当に頷いた。

監視者がいるので道に迷う事はない。俺の体力がもつ距離なのかどうかが問題なだけで。


牧場を出てまだ数分なのだ。

ついて行っても大丈夫だろう。


「……君はどっから来たんだ?」


小さな後ろ姿を見下ろしつつ尋ねた。

ぴょんぴょんと身軽に根っこや岩を飛び越え、疲れなど一切見せずに小さなものはてくてく歩いている。


振り向かずに答える。


「あっち」


小さな指がまたどこぞを指差す。もう方角も分からないし、当たり前に土地勘もないので、聞いておきながら「そう…」と意味のない声しか返せなかった。


「さっきのゴムカズラの罠は、誰がしたのか知ってる?」


「うん」





───────ズガァンッ!!





突如、銃声のような音がした。

ほぼ同時に耳元で、ヂッと謎の音もした。


正面奥、まだ遠い木の影から男が出てきた。

小さなものと同じ天パの長髪。根元は黒く、毛先に向かって燃えるようなオレンジへと色が変わる。

まるで炎だ。

逆立つように膨らんで見えるのは、単に湿気か何かか?ボサボサで顔がよく見えない。

肌は小さなものより黒く、トライバルタトゥーのような模様もより濃く見えた。


妙に冷静に観察しているのは、殆ど現実逃避だ。


男はその手に、猟銃のような物を握っている。

ガチャ、と乾いた音がした。

下に向けられていた銃口が、次の瞬間にはこちらに向けられ、"ような物"から、即"猟銃"と確定した。



「ぱぱ!」



小さなものがテテテと走り去って行く。

俺は右耳に違和感を覚え、立ち止まったまま触った。血が出てる。

さっきの耳元で聞こえた音は弾が掠めた音か。


男は片手で小さなものを掴むと、守るように後ろに隠した。

その間も銃口はこちらを向いている。




「…テメェ…うちのガキに何の用だ?」




────やっぱもう帰ろうかな。


あまりの恐怖と理解不能さに、慌てるでもなく、俺はただ家が恋しくなった。




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