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17~紅蓮の女王、魔法の安全講習に参加する

 ギルドの喧騒が一段落し、酒場の席が埋まり始めた夕刻。


 ホールの隅で休んでいたノーラたちのもとへ、受付のルカが書類束を抱えてやってきた。


「そうだ、フレアリスさん。あなたにだけお知らせがあります」


「だけって何ですの? 特別扱い? 栄誉ある表彰状か何かかしら?」


 期待に満ちた目で胸を張るフレアリス。ルカは苦笑いを隠しもせず、一枚の紙をテーブルに置いた。


「――魔法使用者向け安全講習への参加命令です」


「……はい?」


 紙には、くっきりとした文字でこう記されていた。


《ジルコール支部内外における火属性魔法の安全運用に関する講習会》


「対象者:フレアリス=ヴァン=ルクレール。

理由: 街近くの森において、中級以上の火魔法を無許可で使用し、周辺植生および同行者に危険を及ぼした疑い」


 ソルトとジンジャーの視線が、同時にフレアリスへ向く。


「完全にあの森の件ですね……」


「疑いっていうか、ほぼ黒だよなぁ……」


「ちょっと! あれは正当な決闘ですわ! それに火事にはなってませんでしょう!? このわたくしの高度な制御能力が――」


「シオっちの上着が綺麗に炙られたけどね」


 ミントの一言が突き刺さる。


 ルカは淡々と続けた。


「講習は一時間。強制参加。拒否した場合、火属性魔法のギルド登録を一時停止――つまり、ギルド依頼中は火魔法禁止です」


「そ、それは死刑宣告に等しいですわ!!」


 フレアリスの顔から血の気が引いた。


「……仕方ありませんわ。高貴なる身でありながら、庶民の教習など受ける屈辱……ですが、寛大なわたくしは許してあげます。参加して差し上げますわ」


「最初から大人しく行っときなさいよ」


 ノーラは肩をすくめた。




 その日の夜、ギルド二階の訓練室。


 粗末な机と椅子が並べられた部屋に、火属性魔法持ちの冒険者が十数人集められていた。前方には「安全な火魔法の心得」という、退屈そうな題目が板書されている。


 講師役の中年ギルド職員が、低い声で読み上げる。


「――市街地・森林地帯において、中級以上の攻撃魔法を使用する場合は、原則ギルドへの事前申請が必要である……」


「ふあぁ……退屈……」


 フレアリスは頬杖をつき、上品な欠伸をぐっとこらえた。


(こんな条文を聞くために呼びつけるなんて……。

 火の魔女は燃えてこそ価値があるというのに)


 前の方では、見知った顔もちらほらいた。


 鍛冶屋兼冒険者の火属性使い、炎呪を得意とする傭兵風の男――そして、先ほどギルドで遭遇したライバルパーティ《ダスト・ファング》の女魔術師リナも席に座っていた。


 リナが振り向き、ニヤニヤしながら小声で囁く。


「まさかルクレール嬢がここに来るとはね。

 高貴なる炎も、ギルド規約の前では庶民と一緒ってわけ」


「誤解なさらないでくださる? これはギルドが、わたくしを模範として他の者に見習わせようと――」


「はい、そこのお嬢さんたち。私語は控えるように」


 講師の声が飛び、フレアリスは慌てて扇子で口元を隠した。




 座学が終わると、最後に「実技確認」の時間がやってきた。


 訓練室の隅には、砂を敷き詰めた簡易炉と、水を張った大きな鉄鍋が置かれている。


「では、各自、初級レベルの火球で焚き火程度の発火を行ってもらう。

 範囲は狭く、出力は低く、制御を重視すること。暴発・過出力は減点だ」


 講師がそう言うと、順番に冒険者たちが前へ出ていった。


 小さな火球がぽっと灯り、薪代わりの木片に優しく燃え移る。

 中には少し炎が大きくなりすぎて、講師に水をかけられてしょんぼりする者もいた。


 そして――フレアリスの順番がやってきた。


「次、フレアリス=ヴァン=ルクレール」


「お待ちかねですわね」


 フレアリスは堂々と立ち上がり、炉の前へ進む。

 他の受講者たちの視線が集まり、ささやきが広がった。


「ルクレールって、あの没落貴族の?」

「火の魔法がすごいって噂の……」


 フレアリスは扇子を閉じ、右手を軽く掲げた。


「初級の火球など、瞬きほどのもの。

 ご安心なさいな、講師殿。わたくし発の炎は――」


「いいからさっさとやるように」


「……了解しましたわ」


 小声で咳払いを一つ。


 彼女は詠唱もそこそこに、指先に魔力を集めた。


「《ファイア・スパーク》」


 ぱち、と赤い火花が生まれる――はずだった。


 しかしその瞬間、彼女の中に染みついた「いつもの火力調整」が顔を出した。


(……少しだけ、見栄えを良くしておきましょうか)


 魔力の出力を、ほんの少しだけ上げる。


 結果――


 ボウッ!!


 炉の上に、予定の三倍はあろうかという火柱が立ち昇った。

 焚き火用の木片は一瞬で炭と化し、上に置かれていた鉄鍋の水が、ぼこんっと音を立てて沸騰する。


「わっ、熱っ!」


 講師が慌てて後ずさる。周囲の受講者たちも顔を覆い、悲鳴とも笑いともつかぬ声が上がった。


「ちょっ、フレアリス!? 焚き火程度って聞いてた!?」


 リナが呻き、部屋の隅で見学していたソルトが、真っ青になって叫ぶ。


「お湯が飛んできま――」


 その時、扉際に立っていたノーラが片手を上げた。


「刹那立つ水のとばりよ盾となれ、ウォーター・シールド!」


 薄い水の膜が空中に広がり、鉄鍋から跳ねた熱湯をすべて受け止める。

 しゅう、と水蒸気が上がり、訓練室は一瞬で湯気に包まれた。


「……ふぅ。ギリギリセーフね」


 ノーラは肩をすくめる。


 講師は額の汗を拭いながら、震える声で言った。


「フ、フレアリス嬢……今のは、初級の出力ではありませんね?」


「え、ええと……少しばかり、華を添えましたわ……。

 炎は高貴であるべきですから」


「高貴とかはどうでもいい! 狭い場所での出力制御が課題ということで――」


 講師はガリガリと書類に何かを書き込む。


「火属性魔法の使用許可は継続。ただし、

 ――ギルド依頼中、市街地および森林地帯において、中級以上の火魔法は隊長の許可制とする」


「隊長ってことは……ジンジャーさんかノーラさん?」

 ソルトがぽつりと言う。


 フレアリスは愕然と目を見開いた。


「なっ、ななな、何ですのその屈辱条項は!?

 わたくしが、庶民の許可を得なければ魔法も撃てないだなんて……!」


 ノーラはのほほんとした顔で近づき、フレアリスの肩をぽんと叩く。


「良かったじゃない。これで勝手に森ごと焼かれる心配は減ったわ」


「心配って何ですの!? わたくし、そんなつもりは一度たりとも――」


「あるから講習になってるんでしょ」


 ミントの低いツッコミが飛ぶ。


 訓練室のあちこちから、くすくすと笑いが漏れた。

 ポンコツだが腕は確かという、妙な評価が広がっていく。


 フレアリスは顔を真っ赤にしながら、扇子で自分の頬をぱたぱたと扇いだ。


「……いいですわ。よろしい。

 わたくし、いつかこのギルド全体を見返して差し上げます。

 その時には、フレアリス様、どうか火力をお恵みくださいと土下座しても――」


「はいはい、そこまで。講習は以上。解散」


 講師の声が冷たく遮り、フレアリスの決意表明は途中で打ち切られた。



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