表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/88

13~危険思想の黒魔術師

 

 ノーラ達が、魔物を撃退してからすぐ――。


 谷の上に黒い影が揺らいだ。


 黒いローブ。

 顔の半分を覆う仮面。

 長い前髪が風に揺れ、その隙間から、底の見えない瞳が覗く。


 男は、ゆっくりとこちらを見下ろした。


「…………」


 ぱち、ぱち、と。

 場違いな拍手の音が、谷間にひびいた。


「――あの編成軍と戦い、誰一人死ななかったのか。ククク……それもまた面白い」


 低く笑う声は、どこか楽しそうでさえあった。


「お前が……統率してたのか」

 ジンジャーが歯を食いしばる。


「質問する前に、まずは礼儀として自己紹介といこうか」

 男はひょいと片手を上げる。


「私は黒魔術師クリオ。召喚士とか禁呪使いなど呼ばれるが、名などどうでもいいこと。まあ好きに呼んでくれて構わんよ」


 ノーラが睨み上げた。


「……ここで何してるの。死体と魔物を動員して、遊んでるだけって顔には見えないけど?」


「遊んでいる? フフフ……」


 クリオは仮面の下で笑った。


「人が倒れる瞬間の音、聞いたことがあるか?

 骨が砕ける音、息が途切れる音、喉が押しつぶされる音。

 家が焼け落ちるときの、あのミシミシという悲鳴。

 畑が燃える光景、家畜がひざから崩れ落ちて、目だけで助けを求める顔。

 ――ああいうのは、何度見ても飽きない」


 ソルトの背筋に冷たいものが走る。


「研究より、そっちの方が楽しくてな

 闇術の実験はついでだ。

 死ぬ者、泣き叫ぶ者、焼け落ちる家々――

 それら全部が、どこまでやれば、壊れるかを教えてくれる」


「……最悪」

 ミントが小さく吐き捨てる。


「それに」

 クリオは、谷底の一行へと手を伸ばした。指先が、ゆらゆらとフレアリスの方を指す。


「君たちのようなまだ壊れていない者の顔を見るのも、好きなんだ。強がって、肩を並べて、仲間ごっこをしている顔。――その顔が、いつ歪むのか。どこまで追い詰めれば、泣き叫ぶのか。その限界値を知りたくてな」


「……あら、趣味がよろしくなくて?」


 フレアリスが扇子を広げ、冷たい笑みを浮かべる。


「この高貴なるフレアリス=ヴァン=ルクレールに下卑た視線を向けるとは。火葬場送りにして差し上げますわ」


「クク……」


 クリオは、そのままフレアリスを、指でなぞるように指し示した。


「それでは次はどんな編成にしようか。もっと強力な獣人が良いと思うのだが、いかがだろうか?」


 言葉こそ丁寧だが、その目は完全に獲物を見ていた。


「今は強気だが――」


 仮面の奥で、唇が嗤う。


「全員力尽きて一人になった時、

 お前はきっと私に命乞いをし、赦しを乞うだろう。

 仲間ごっこや友情など、命の危険の前には安いものだ。

 私はその追い詰められた時の人間の本性が見たいのだ」


 フレアリスのこめかみに、青筋が浮かんだ。


「……言ってくれますわね」


 扇子の先端が、ビリ、と小さく火花を散らす。


「わたくしが命乞いを? 笑わせないで。

 ルクレール家の名にかけて、お前のような下種に膝を折るくらいなら、

 舌を噛んで死んだ方がマシですわ!」


「その台詞いいね」


 クリオは心底楽しそうに言った。


「そうやって虚勢を張ってくれると、折り甲斐がある……フフフフ」


「……あんた、本気で言ってる?」


 ノーラが低く問う。


「本気だとも」


 クリオは指を鳴らした。


 その足元に、黒い魔法陣が浮かび上がる。

 先ほど倒したはずの獣人たちから、薄緑の光が糸のように立ちのぼり、

 再びその身を縫い合わせようとする。


「さっきは、様子見程度の編成だった。今日は初期調査ということで、このくらいにしておいてあげよう」


「調査?」


 ソルトが眉をひそめる。


「君たちが、どこまで生き残るか。

 どの程度の痛みで折れるのか。

 どれくらい壊せば、周囲の村に波紋が広がるのか――

 知りたいことはいくらでもある」


 クリオは、錆びた鐘楼の縁を軽く靴で叩いた。


「ここはいい場所だ。

 忘れられた廃教会、名も消えた墓標、帰る家のない死者。

 燃やしても、壊しても、誰も本気で止めに来ない」


 ノーラの灰のローブが、風に揺れた。


「……さっきから聞いてれば」

 

ノーラが、静かに口を開く。

死者も、生きてる人間も、あんたにとってはいい絵になる素材ってだけね」


「そうとも」

 

クリオはあっさりと認める。


「倒れた人間の目に映る炎、

 燃え上がる家の縁に立つ人の影、

 畑が焼け落ちる光の中で、膝から崩れ落ちる農夫の姿。

 どれも、美しい――君も見ただろう?」


 その言葉に、ノーラの喉がぴくりと動いた。


「十年前か、十一年前か……似たような炎が、ある村を包むのを遠くから眺めたことがあった。あのとき、灰色の布を被って逃げる小さな影がいた」


 クリオの視線が、灰のローブに落ちる。


「……あの夜の続きも、そのうち見せてほしいものだ」


「――」


 ノーラの指先が、無意識に水魔法のルーンを描き始める。


「今、ここから撃ち落としてもいいけど?」


 ノーラが低く言う。


「その仮面ごと、吹き飛ばしてあげるわ」


「やってみるといい」


 クリオは肩をすくめた。


「お前たちがどこまで本気で足掻くかは興味がある」


 黒い魔法陣の光が強まる。


「だが、今日はもう十分だ。

 君たちはここまで生き残った。

 叫びも泣き声も、まだそこまで歪んでいない――だから、次だ」


 仮面の奥で、目が細められる。


「次は、もっと良い編成で来よう。

 もっと賢い獣人、もっとしぶといオーガ、

 もっと逃げ場のない地形でまた会おうか」


「誰がそんな遊びに付き合うか」

 

ジンジャーが吐き捨てる。


「付き合わされるさ」


 クリオは愉快そうに笑った。


「君たちが歩くところに、火を撒き、罠を撒き、悲鳴を撒く。

 その先々で、人が倒れ、家が燃え、畑が黒く染まる。

 それを追いかけるようにして――お前たちは、いつか立ち止まらざるを得なくなる」


「その時、誰が命乞いをして、誰が仲間を捨てるのか、私が見たい景色はそういうものなのだ」


「見せてやるものですか!」


 フレアリスが吠える。


「皆まとめて、焼却処分して差し上げますわ!」


 その横でノーラが無詠唱で、ウォーターボールを崖上に向かって飛ばした。

 これ以上、喋らせない。そんな気迫で放たれたウォーターボールは、当たると骨くらいはきしませる威力が込められていた。


 クリオが指を弾いた。


 黒い霧が鐘楼に噴き上がり、一帯を覆い尽くす。

 視界が真っ暗になり、耳鳴りのような低い音が谷間に満ちた。


「その台詞、忘れないでおくよ」



 数秒後、霧が晴れる。



 そこにはもう、黒魔術師の姿はなかった。

 鐘楼の縁には、黒く焦げた魔法陣の痕跡だけが残っている。


「……逃げたか」

 

ジンジャーが奥歯を噛みしめる。


 ミントは、腕を押さえながら小さくつぶやいた。


「人が壊れるところが見たい……あいつ、本気でそう思ってる」


「そういうやつが、一番危ないのよ」


 ノーラは灰のローブをぎゅっと握る。


「理屈も大義名分もなくて、ただ壊すのが好きなタイプ。

 こういうのは、早めに元から断たないと、被害ばっかり増える」


 フレアリスは、まだ燻る獣の死体を睨みつけたまま宣言した。


「――次に会ったときは、問答無用で火葬ですわ」


「その時は、核までちゃんと焼きなさいよ」


 ノーラが肩をすくめる。


「当然ですわ! 高貴なる焼却処理をお見せして差し上げます!」


 風が谷を抜け、焦げた匂いを遠くへ運んでいく。

 その奥では廃教会の入り口は、静かに口を開けて佇んでいた。

 

閲覧いただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ