12~魔物の連隊
忘れ谷の奥は、奇妙なほど静かだった。
風が止み、木々のざわめきすら消えている。
遠目に見えていた廃教会は、今では手を伸ばせば届きそうな距離にあった。
崩れかけた鐘楼。
ひび割れたステンドグラス。
その足元には、獣の骨や割れた墓標が無造作に散らばっている。
「……嫌な空気ね」
ノーラが足を止める。
「死んだ者が全部、同じ方向を向いてる感じがする」
ミントが小さく頷いた。
「さっきからずっと、戻りたいって声がする。
帰る場所を失った死者が、無理やり引っ張られてるみたい」
「その引っ張ってるやつが、ここにいるってわけか」
ジンジャーが剣の柄を握り直した。
その瞬間。
谷底に、金属のこすれる音が響いた。
ガシャリ。
前方の茂みを弾き飛ばすように、赤ずきんを被ったゴブリンが踊り出る。
丸鍋のような盾を前に突き出し、ショートソードを振りかざす。
「ギィエエエエッ!!」
奇声とともに、両脇の茂みからも次々と赤ずきんゴブリンが現れる。
三体、四体、六体と――数は増えていく。
「……弓兵だ! ワイルド・ホルダー!」
ジンジャーの怒声が響く。
教会の周囲を取り巻く崖。その上に、たてがみを持つ獣人型の魔物が姿を現した。
弓を構える者、斧を担ぐ者。革鎧に覆われたその群れは、炎のように揺れる鬣を風に煽られ、不気味に光っている。
「数が多すぎる……! まるで軍隊編成じゃない」
ミントが眉をひそめた。
そこで――谷が揺れた。
ドン……ドドド……!
木々をなぎ倒し、巨体のオーガが姿を現す。
三メートルを優に超える緑色の肉体。鉄兜に隠された目がぎらりと光る。
肩に担がれた斧は、教会の扉ですら一撃で粉砕しそうなほどの質量を感じさせた。
「ひ……ひぃ!? あれ、ボスクラスじゃん!」
ソルトの顔が青ざめる。
「こっちはゴブリン多数に獣人5体、オーガが1体……上等じゃない」
ノーラが息を吐き、即座に声を張り上げた。
「前衛はジンジャー! 援護は私! フレアリスは――」
「全面焼却、承りましたわ!」
フレアリスが扇子をぱんっと鳴らし、一歩前へ出る。
「いいですこと、皆さん。ここは焼却場ですわ!」
「やめて。その文言、教会の近くで言うのやめて」
ノーラが即座にツッコミを入れる。
だが、ゴブリンたちは待ってはくれなかった。
雪崩のように押し寄せる赤ずきんの群れ。
「ジンジャー!」
「任せろッ!」
ジンジャーは前へ出て、大盾を叩きつけるように構えた。
正面のゴブリンの剣を受け止め、火花が散る。
「軽いッ! 力はない――なら押し通す!」
短剣で喉元を突き、一体を沈める。
だが、すぐ背後からもう二体が飛びかかってきた。
その頭上から、矢の雨が降る。
「――回避陣展開ッ! 持ってくれよ!」
ソルトがツボ状の魔道具を取り出し掲げた。
風籠りのツボが唸りを上げ、空気の壁が矢を逸らす。
何本かは空を裂いて通り抜け、地面や岩肌に突き刺さった。
「時間稼ぎは任せる。――目は潰す!」
ノーラの指先から、ウォーターボールが連射される。
水弾がゴブリンの顔面を打ち抜き、目を灼くように潰す。
悲鳴。盾と剣が乱れ、前線にわずかな隙間が生じた。
しかし――
ゴブリンの目から、黒い糸のようなものがじわりと溢れ、
潰れた眼球の奥で、緑がかった光が再び灯り始める。
「……え、今、再生した?」
ソルトが息を呑む。
「やっぱりここでも核か……」
ノーラの目が鋭く光った。
「フレアリス!」
「分かってますわ!
咲きなさい――紅蓮の爆華!(グレン・インフェルノ)!」
高密度の炎が空から降り注ぎ、谷間が一瞬で火の海と化す。
ゴブリンたちは燃え上がり、獣人たちも毛皮を焦がされて悲鳴を上げた。
――だが。
「……まだ動いてる」
ジンジャーが低く唸る。
炎の中から、オーガが姿を現した。
焦げた肉の臭気を撒き散らしながら、なお歩みを止めない。
焼け爛れた腹部の内側で、緑黒い結晶がどくん、と脈動していた。
「ッ――!」
ノーラが目を細める。
「核の位置、腹部中央……ジンジャー、右足を止めて!」
「よし来い、デカブツ!!」
オーガが斧を振りかぶり、標的はノーラへと向かう。
瞬間、ジンジャーが割り込んだ。
「ノーラ、下がれぇぇッ!」
盾ごと体当たり。
オーガの足に剣を突き立て、巨体をよろめかせる。
その隙を逃さず、ノーラは地面にルーンを走らせた。
「ルーン展開――水竜よ穿て!《ウォーターガン》!」
轟音とともに、水の奔流が撃ち出される。
圧縮された水の槍が腹部を貫き、むき出しになった核を露出させた。
「今よ、フレアリス!」
「承知しましたわ――《熱界焦断》(バーン・ブレイク)!!」
炎の槍が核を狙って一直線に突き刺さる。
爆音。緑黒い結晶が砕け散り、オーガの巨体が崩れ落ちた。
同時に、燃え残っていたゴブリンや獣人たちも、糸が切れたかのように動きを止める。
「……ふぅ。核さえ潰せば、どうにかなる」
ノーラが息を吐いた、その時だった。
――ぱち、ぱち、ぱちと拍手のような音が響く。
この場においては違和感しかない音に、ノーラ達は頭上を向く。
崖の上。
廃教会の鐘楼の縁に、ひとつの人影が腰掛けていた。
黒いローブ。
顔の半分を覆う仮面。
長い前髪が風に揺れ、その隙間から、冷えた色の瞳が覗いていた。
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