聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。16
久しぶりに逢った娘に、開口一番それですか?と思うものの、まあ自分も似たようなものか、と納得したディアーナは腕を組んでウンウンと頷く。
「お久しぶりですわ、お父様お母様。残念ながら、わたくしも捕らえられた身ですので、ここを出る方法は分かりませんわ。それより…」
ディアーナは改めて両親を見る。広い豪華な部屋で、何不自由する事無い状態で監禁されている。
ひどい扱いを受けている様子は無いので、その辺りはホッとした。
ジャンセンの仕業なのか、お陰なのか……まさか優しさ…ではあるまいが。
「それより、何で、あんな頭の悪そうなスケベ男が、わたくしの兄を名乗ってますの?グイザール卿って、誰なんです?」
「逢ったの!リジィンに!」
ソファーから立ちあがり、食い付くように質問してきたのは母親の方だった。
「逢ったの…と言いますか、我が家の主みたいな顔をしてますけど?使用人も誰一人、逆らえないようですし…あ、何か知らない使用人が増えてましたわよ、見るからに胡散臭いのが何人か。」
「騙したのね!!ひどいわ!!」
ワアッと泣き崩れた母に目も向けず、父親のディングレイ侯爵はディアーナに唾を飛ばして怒鳴り散らす。
「なぜグイザール卿の名前が出て来る!なぜ卿の名前をお前が知ってるんだ!」
ディアーナは、両親共に鬱陶しいなぁと思ってヒステリックな二人の言葉を無表情で多少聞き流していたのだが、父親の一言にディアーナがピクリと反応し、引き攣った笑顔を作る。
「…はぁ?お前だあ?誰に向かってモノ言ってんだコラ…」
とてもじゃないが、娘が父親に言って良い言葉ではない。
と言うか、令嬢どこ行った。
お貴族様のご令嬢や淑女の世界では絶対聞かないような言葉に、父親と母親が完全に固まってしまい、微動だにしなくなった。
「この際だから、言ってしまうけど私、もうあなた方の娘だった記憶なんて、ほぼ無いのよね!つか、お父様は私が誰と共に旅に出たのか知ってるでしょう?……なのに、まだ自分は私の父親で、私を娘と言う名の支配下に置ける者だと思っている。」
神の御子に選ばれた聖女。
ラジェアベリア国王でさえ認めた、その立場を父親は未だに理解していなかった。
「もう、この家とは縁を切るからあなた方がどうなろうと知ったこっちゃないんだけど!あのリジィンとか言うアホが私の生家の当主になるのもムカつくから、最後に娘としてあのアホを追い出してやるわよ!」
母親はディアーナが旅に出た理由も、同行者が誰かも知らなかったようで、説明を求めるように父親に目線を送る。
それに対し口に出すのも腹が立つのか、だんまりを決め込む父親に侮蔑の眼差しを向けたディアーナが母親に応える。
「私は、この世の創造主の娘で、神の御子の妻。月の聖女と呼ばれているわ。………もう、人ではないの。…神に近い者だから。」
母親は……無表情だった。
ナニ言っちゃってんの?この子みたいなオーラを感じる。
そりゃまぁ…見た目が変わったワケでもないし、信じられないわよね。
前世の世界では、いきなり私みたいな事を言い出す奴は、いわゆる厨二病とか…言われてたものね。
もう、説明するのも面倒だから放っておく。
「…グイザール卿については、叔父様のヒールナー伯爵から聞きましたわ。リジィンが、お父様お母様の婚前に生まれた息子で、世間体が悪いから出生を隠していたけど正式な侯爵家の跡継ぎだと。……で、それを証言したのがグイザール卿だとか。」
「そんな馬鹿な事があるか!!」
激昂する父のディングレイ侯爵の隣で、母親が再び泣き崩れる。
「卿は、わたくしが今から跡継ぎを作るのは大変ですわと言ったら、リジィンを紹介してくれて…!」
それは……子作りしたいマダムに、浮気相手を斡旋してくれたのだろうか…。
「わたくし、断りましたのよ!お酒の席での戯れ言ですもの!そのようなつもりではございませんと!そうしたら…黒い髪の魔導師が現れて…わたくしをこの部屋に…!そして主人も…!」
黒い髪の魔導師は、師匠だってワカル。
私の関係者だとか、実は神だから何でもアリとか置いといて…。
強い魔導師ならば、記憶の改竄など容易に出来るのだろうか?
両親が、リジィンを実子だと思い込んで跡継ぎとしたならば、父が亡くなれば次期ディングレイ侯爵はリジィンだ。
ディアーナは軽く舌打ちした。
「チッ…あの気持ち悪い男、私を旅に出さないとか屈服しがいがあるだとか…私をモノにしてやろう的なナメた事を言ってやがったわね…。私も含めて、この家を乗っ取るつもりだったのかしら?ぶん殴るだけじゃ、収まらないわね…。素っ裸にして、門扉に括り付けてやろうかしら。」
「いや、それしたらディングレイ侯爵家の恥になるでしょ?駄目だよ。」
ディアーナと両親の視線が声のした方に集まる。
ドアの前に、執事の姿をしたジャンセンが立っていた。
ディアーナが萌える。
「お前は何者なんだ!こんな場所に我々を閉じ込めて!ただじゃ済まさんぞ!!」
愚かな父親が、世界の頂点をお前呼ばわりした上に喧嘩を売っているのを見て焦るディアーナは、ソファーに置かれたクッションを侯爵の顔面に押し付け無理矢理黙らせた。
「おとんにそんな口をきいて、ただじゃ済まんのは、あんたの方だ!このボケぇ!!この世から消されても、ミジンコに転身させられても、文句言えないんだからね!」
「…いくら何でも…ミジンコに転身はさせないけど…めんどいし。」
ジャンセンは、珍しく優しい笑顔をディアーナに向ける。
そんな、いい笑顔をして…何か企んでるんじゃないかと勘繰ってしまうのは、師匠の日頃の行いのせいだ。
「……お嬢様、リジィン様がお呼びです。」
「……そう、参りますわ……。」
リジィンに雇われた魔導師であり、執事に扮しているジャンセンに、ディアーナもそういう相手に対する態度を取る。
つもりなんだが。
「お嬢様…あまりくっつかないで下さい…。」
「くっ!おのれ!このような身体から力の抜ける魔法を…!」
グネグネの泥酔状態のようにジャンセンに寄り掛かるディアーナに、仕方なく肩を貸すジャンセン。
「いや、せめて自分の足で歩いて下さいね…貴女、足腰だけは格闘家並に目茶苦茶強いんですから…。」
グネグネのディアーナを再びリジィンの居る応接間に連れて来たジャンセンは、グネグネのディアーナをソファーに座らせて部屋を出て行った。
「フははっ…どんな魔法か知らないが、力が出ないようだな…これなら…」
ソファーに横たわるディアーナに近付いたリジィンは、傾けた顔をディアーナに近付け唇を重ねようとし、ディアーナの頬に触れようと手をのばす。
「なぁにが、これならだ!萌え魔法ナメんな!!」
上半身を起こす勢いで、近付いたリジィンの顔面に思い切り頭突きを喰らわす。
「師匠の執事服に萌え!お前なんぞが相手で腰が砕けるか!」
「ぶふぁっ!ああ!ああ!」
鼻が曲がったのか、鼻血と涙とヨダレをボタボタ垂らしながら、呻くリジィンにディアーナは高笑いする。
「オーホホホ!良いザマです事!実の兄とやらが実の妹に手を出そうとするからですわ!!………実の兄でも、私に手を出していいのはこの世にただ一人、廉お兄ちゃんだけなんだからね!!あんたはプチ決定だわ!」
ディアーナはリジィンの前髪を掴んで顔を上げさせる。
ディアーナが何の力も無い普通の少女なら、この男の毒牙にかかっていたのだと思うと、更に怒りが沸々とわく。
「使い物にならなくなるまで、蹴り上げとこうかしら。」
「…どこを……」
いつの間にか部屋に居たジャンセンに、てへっと笑って「さぁ?」と誤魔化す。
ジャンセンは小さくため息をついてから、ディアーナに前髪を掴まれ鼻血をボタボタ垂らしているリジィンの前に膝をついた。
「リジィン様、お喜び下さい。たった今、スティーヴン王太子の殺害が完了致しました。」




