聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。17
「フガ…フガ…!」
ディアーナに前髪を掴まれたまま、リジィンは声にならない声をあげる。ジャンセンに助けを求めているようだが、折れた鼻が痛く鼻血が喉にも流れ込んだ様で上手く声が出せてない。
「気の強い女が好きなんでしょう?屈服しがいがあるんでしょう?お兄様わたくしも、お前みたいなクズをとことん叩き潰して屈服させるのが大好きなんですのよ…フフっ…」
リジィンがディアーナの笑顔に怯える。
「ひ、ヒイイ!!た、たす、たす…!」
まともに声の出せないリジィンに、ジャンセンが囁く。
「このお嬢様は貴方の手には負えないでしょ?だから、私が欲しいと言ったんですよ。…それなのに、ディアーナを俺のだなんて欲深い事を言うもんだから…ふふ……ハッハッハッ!ザマァねぇな!」
ジャンセンはパチンとマジックのように指を鳴らし、リジィンの姿を空のグラスの中のアリに変えた。
二人でしばらく無言で、グラスの中をツルツル滑るアリを眺める。
「…………師匠、なぜアリに…?」
「……さぁ…なぜですかね…アリにしようと思ったワケではなかったのですが…。先ほどディアーナが言った、ミジンコに転身、が頭の片隅にあったせいかも……」
「……だから、ミジンコでなく、アリンコで…?」
「まぁ…うるさかったんで…しばらくアリンコでいて貰います。事が済めば人間に戻しますよ。」
ディアーナはジャンセンを見る。
その、ミジンコに転身の話が両親の居る部屋で出た辺りから、ジャンセンは妙に機嫌がいい。
「師匠、何かいいことあった?」
ジャンセンを眺めるディアーナと視線を合わせたジャンセンが、ニコリと微笑む。
「俺もレオンハルトと同じく、嫉妬していたからね。父親として……ディングレイ侯爵に。」
ディアーナは、ジャンセンの意外な答えに目を丸くする。
「えー?うっそ、師匠が嫉妬ぉ?あの、父親に?」
「ディアーナはさっき、俺の事をおとんと呼び、侯爵の事をあんたと呼んだ。それが、嬉しくてね。」
いつもは、おとんと呼ばれるのを嫌がるのに…意外に可愛い事を言うんだな、とディアーナも笑顔になる。
ニコニコ…何か大事な事を忘れてない?私……………
「っ!ちょっ…!!おとん!殿下を殺害って…!!」
「あ、やっと気付きました?」
クスクスと笑うジャンセンの様子から察するに、スティーヴンの安否を気にする必要は無いと判断。
「最近、殿下を狙う輩が居ると聞いてましたけど、まさかの師匠ですか?」
「ちょっと違いますね。そういう輩がワラワラ現れたので腹が立ったので…だったら俺が、そんな輩の大元から叩き潰したるわと思って…。暗殺者として名乗り出ました。どうせ、普通の人間なんかに殿下は倒せませんし。」
そりゃまあ……おとんからしたら、レオンと私のお世話係のスティーヴンが命を狙われるなど、私達が命を狙われるより腹立たしいらしいし。
「姫さん達は守らなくても勝手に過剰防衛するからな。」
おっしゃる通りで!
「あ…殿下は、サイモンお兄様を疑っていたのですよね…なぜかしら?」
ジャンセンは特に答える様子は無く、微笑んでいる。
「ちなみにスティーヴンとウィリアは、シャケです。」
師匠…また、意味の分からん事を!!
時を少し遡る。
王城は、厳戒態勢を敷き、王族の守りを固めて不測の事態に備えていた。
謎の黒い魔導師が公の場でスティーヴン王太子の命を狙ったからである。
そんな厳戒態勢を嘲笑うかのように、夜が明けると王太子夫妻は自室のベッドの上で二人、息絶えていた。
「あ、兄上!兄上ーっ!!」
冷たくなった兄の骸を前に号泣する弟ピエールと、目頭を押さえて震える国王。
「すまぬ…一人にさせてくれ…。」
国王はフラフラと自室に向かい、誰も入れぬよう施錠をしてから笑い出した。
「なまぐさっ!創造……いや、ジャンセンよ、あれは無いだろう!!ナニに使われるかも知らずに鮭を用意した私が言うのも何だが!!」
更に時を遡る。
「殿下、ちょっと相談」
「「………………」」
ジャンセンは、深夜のスティーヴン夫妻の寝室にいきなり現れた。
夫妻は今から夫婦の時間を楽しもうと、ベッドに入った所だった。
もう、狙ったとしか思えないタイミングで現れたジャンセンに苛立つスティーヴン。
「分かっていて来ましたよね!?今!これからって!」
「おや、あと一時間位、後の方が良かったですか?」
シレっと言ってのけるジャンセンに、スティーヴンが唇を噛んで唸る。
「ぐうぅ!一体!一体何の相談なんですか!あなた、そう言って現れる時はろくな相談じゃないんだから!!しかも、真っ昼間の国王と謁見中に、いきなり襲い掛かって来ましたよね?何なんですか!」
ジャンセンはニコリと笑って、嬉しそうに言った。
「大したことじゃないんですが、死んでください。」
ベッドの中で、スティーヴンとウィリアが固まる。
「……えぇ?何で?」
説明するのが面倒臭いジャンセンは、首を傾げる。
「殿下が死んで喜ぶヤツが居るから…そこはもう、悟って下さいよ。」
「あのっジャンセン様、死ぬと言うのは仮死状態になってとか、死んだふりですか?死んだ事にして姿を隠せと言う意味ですか?」
ベッドの中からウィリアがシーツで大きな胸元を押さえながら挙手して質問をする。
「あ、その辺の説明ね!偽物の死体を用意しますよ。さっき、国王に頼んで来ました。何でもいいから、死んだ身体を二つ用意して下さいと。それを二人の姿にします。で、貴方達は創造神界にご招待します。」
スティーヴンとウィリアは黙りこんでしまった。
言いたい事はたくさんある。
そもそも死体なんか用意しなくても、世界を創った貴方なら偽物の死体位、簡単に造れるでしょうよ!とか。
その死体の用意を国王に頼んでしまうとか、どうなの?とか。
その理由の全てが、面倒臭いからですね!?で終わる御仁。
それと…気になるのが、
人の身でありながら、簡単に招待されていいのか?神の世界!
「いいんですよ……最終的には、そこの住人になるんですから…。」
スティーヴンとウィリアには聞こえない位の小声で呟き、ほくそ笑むジャンセンがいた。
「ナニも無いけど、思えば何でも現れるので!思う存分乳繰り合って下さい!好きなだけ!では、どーぞ!!」
ジャンセンはシーツごと二人を創造神界に送った。
一時間後、誰も居なくなったスティーヴン夫妻の寝室に、大きなシャケを2体抱えて国王が現れた。
国王の目の前で、ベッドに横たえたシャケをスティーヴンとウィリアの姿に変えるとジャンセンと国王は大爆笑した。
「「なまぐさっ!」」




