聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。8
イライザが部屋から出て行った後、ベッドの上で溶けかかって軟体動物のようになったレオンハルトを引っ張り出し、ヒールナー伯爵邸を出る事にした。
伯爵家の豪華な朝食は名残惜しかったが、それどころではなかった。
「いつまでスライムみたいになってんのよ!レオン!」
「……目眩がする……いや、もう……何て言うかもう…」
ヒールナー邸を離れて街中に来たディアーナとレオンハルトは、休憩場所らしき小さな水場とベンチのある場所に来た。
レオンハルトはベンチに腰掛けると背もたれに身体を預け、真上にある太陽を見ている。
眩しくないのだろうか…。目眩がするのは、そのせいでは?
「イライザが言っていた……サイモンが呟いたって言葉……俺が、スティーヴンに懐いてるディアーナを初めて見た時に思ったのと同じだった……。」
「……へー……じゃ、サイモンお兄様が、自分をレオンハルトって言ってんの、ただの思い込みや間違いってワケじゃないんだ?レオンと同じ感情持ってるんだし。」
ディアーナは不思議そうな顔はしているが、そう深刻に捉えている様子も無く。
「ねえ、言っとくけど私にとってはサイモンお兄様はサイモンお兄様でしかないし、レオンハルトは目の前に居るレオンでしかないの。乙女ゲームの攻略対象だろうが、レオンハルトの感情を持っていようが、それは変わらないわよ?」
「それは分かっているが…何しろ俺だからな…本当に俺と同じ感情持ってるなら、諦め悪いし!ディアーナ溺愛してるし!そんな俺がガキの頃から好きだったディアーナを簡単に忘れるハズが無い!」
だから何だ。知らんがな。
ディアーナは面倒臭くなった。
「本当にレオンは、私に関する事にはヘタレよねー…そんなにサイモンお兄様を私に近付けたくないなら、オフィーリアになって誘惑してしまえばー?」
「そんな事して、オフィーリアに惚れたら惚れたで面倒な事になるじゃないか!」
「チッ…ヘタレめ…グダグダとウッゼエ。」
本音を呟いて、ディアーナはレオンハルトをベンチに残したまま、スタスタと商店街の方に向かう。
離れた場所からレオンハルトが声を掛ける。
「ディア?どこへ?」
「お腹空いたのよね!私!何か買って来るわよ!おとなしくしてなさい!」
ディアーナは、ひと気の無い路地裏を歩いて行く。
歩いて街など出る事など滅多に無い貴族令嬢のディアーナであったが、こんな裏路地が商店街までの近道だと覚えがあった。
「……私、この道知ってるわ……子どもの頃………」
「ああ、二人だけの秘密の隠れ家への道だからな…ディア。」
背後から包むようにフワリと腕が回る。
マズイ!!
サイモンお兄様はサイモンお兄様でしかない。
自分をレオンハルトだと名乗ったところで、無視すりゃいーんだろ!そんなの!
と思っていたのに!
「……サイモンお兄様……いいえ、…レオンハルト……」
自分の口から漏れた僅かに熱を持った声に、頭の中の私が突っ込む。
━━━おいい!待て待て!レオンハルトちゃう!レオンハルトはベンチでスライムになっとるアレだ!━━━
「ディア…思い出してくれたんだな…俺を…」
「レオンハルト…」
━━━思い出してくれたんだな?どこのウチのレオンハルトだ!それ!我が家のレオンハルトと絶対違う!待て待て待て!自分を取り戻せ私!━━━
「……っサイモンお兄様、わたくしにとって…レオンハルトは特別な人です。……それはお兄様ではな…く…」
緩く背後から回された腕が離れ、両肩を掴まれた瞬間、今度は正面から抱きすくめられた。
「俺以外の誰だって言うんだ!!前世で、誓い合った!」
どの前世だろうか?
いや、私の前世で『次は結ばれましょうね』なんて誓ったものは無いはず。
完全に、レオンハルトの存在をド忘れしていたから、スライムレオンハルトは1000年も困っていたワケで…。
……………パパ?…おとん?……創造神様。
えー加減、説明してください。
でないと私、サイモンお兄様をチカン扱いして殴ってしまいそうです。
あるいは今の私を見失って、ディングレイ侯爵令嬢のディアーナにもど………絶対イヤですから!!
私が今の私を手放すのだけは、絶対にイヤ!




