聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。3
ディアーナは、一つ年下の従姉妹であるイライザの事を思い出していた。
ディアーナの父である、ディングレイ侯爵と、その実弟にあたるヒールナー伯爵は兄弟仲が悪かった。
互いをライバル視しており、その影響で娘であった私達も互いを嫌っていた。
幼い頃から王族であるスティーヴン王子の婚約者に選ばれていたディアーナは自身を勝ち組だと誇示し、イライザの事を負け組だと見下していた。
「……ほんとにアホだなぁ…ディアーナ…お前自身には良いトコ生まれ以外の何も価値ねーだろうよ。」
ディアーナがディアーナを馬鹿にする。
まるでチンピラのような口調で。
「その従姉妹にしたら、今回の第二王子との婚約は、さぞ自慢したいだろうな…今のディアーナになら尚更に。」
苦笑しながらディアーナを優しい眼差しで見詰めるレオンハルトにディアーナが頷く。
「わたくし、大人ですからね。もう、神の御子の妻であり、創造主の娘ですもの。何を言われてもスルーしますわよ。」
え、それは無理じゃないか?と、レオンハルトが言いかけて言葉を飲み込む。
自称大人なディアーナが俺にキレそうだ、と。
「……サイモン……お兄様が……」
「お兄様?」
ディアーナの呟きに、眉間にシワを寄せ怪訝そうな顔をする。
レオンハルトは、ディアーナの前世である香月の兄の廉だった為に、兄と言う言葉に敏感である。
ディアーナの口から出た『お兄様』に、あからさまに不機嫌な表情を見せた。
「ディアーナは、サイモンお兄様を蔑んでましたわ。…あの人は養子だったと思う…。叔父様のお手付きの女性に生ませた子だとか、没落貴族の子を買い取って来ただとか…あまり良い身の上ではなかったと…。」
「あ、それで家族に無視されていたと言っていたのか。…だから、オフィーリアが私がいると………え、コイツのルート進んでいたら、ディアーナどうなっていたんだ?」
「それは…そう言えば、どうなのかしら?よく考えたら、蔑んでいた相手が子爵令嬢のオフィーリアとくっつこうが、どーでもいいと思うんだけど?」
二人で首を傾げるが、分からない事は、どう足掻いても分からないので、二人は旅装束に着替えて宿屋の階下にある酒場に降りて行く。
酒場のテーブルには、スティーヴンと顔色の悪いウィリアが居た。
「気持ち悪いですわ…吐きそうです…。」
口をハンカチで押さえたウィリアにディアーナがハッとした顔をする。
「まさかウィリア!あなた…!つわ…」「違うから!」
スティーヴンが被り気味に否定した。早いな。
「飲み慣れないお酒で悪酔いしただけ!……結婚したばかりで、いくらなんでも…私達は、まだレオンハルト殿やディアーナ嬢と旅もしたいし、二人きりの時間もまだまだ欲しいから、その辺は気を付けている。」
気を付けている?どうやって?と聞きたいのを我慢したディアーナ。
「そう言えば…パーティーの衣装はどうする?レオンハルト殿は、私より上背があるから私のを貸すというワケには…。」
テーブルに置かれた朝食を取りながらスティーヴンが尋ねる。
「俺がオフィーリアに見えるのと同じように、幻覚魔法的な業で良くね?何なら、マッパで服を着ている的な魔法だけ掛けるとか…。」
「レオン、全裸になる必要は無いんじゃないの……面白そうだけど……。」
ニヤリと笑うディアーナを見てスティーヴンが焦る。
それ、パーティーの途中で魔法を解く事前提だよな!
王城で催されるパーティーに、全裸の変態、神の御子乱入とか、国の黒歴史になるわ!
「……冗談だから心配するなよ。」
レオンハルトは、スティーヴンの倒れそうな程に青白くなった顔を見て苦笑する。
「あなた達夫婦は、冗談を冗談だけで済まさない時があるから…。」
胃の辺りを押さえて水を飲むスティーヴンは、ストレス性胃炎持ちの現代日本のサラリーマンのようだとディアーナは思ってしまう。
「衣装かぁ…私はディングレイの実家にあるかもだけど…あの家にある物を身に着けるのは嫌だな…。あ、衣装なら師匠んトコにあるか。」
「あー、親父んトコね…あるな、多分。」
ディアーナはレオンハルトと目を合わせ頷き合うと、朝食を取り始めた。
「王子サマ達は転移して王城に行くんだろ?俺とディアーナは、王子サマと別で王都に行くから、あっちでパーティー前日辺りに合流しようか。」
レオンハルトの提案にスティーヴンが頷く。
スティーヴンの王城への転移は玉座の真ん前なので、その魔法に同行するのは、さすがに避けたい。
「パーティーは五日後だっけ?…一応、人間の方のお父様にも挨拶しとかなきゃかぁ……最後かも知れないしね。」
ディアーナは一年以上、実家には戻っていない。
と言うか、もう戻るつもりもなかった。
本来のディアーナの記憶が戻ったディアーナにとって、あの家はもう、自分の居場所ではない。
「ついでに、クソ生意気な従姉妹にも逢っておこうかしらね?うふふ…」
ディアーナは、悪代官のような笑みを浮かべて笑っていた。
レオンハルトが思わず言ってしまう。
「こっわ!」




