63# 瀧川廉と瀧川香月
レオンハルトは、緩くディアーナの背に手を回し、あやすように優しく撫でる。
それは、幼い妹を守る兄の手だ。
「ごめんな……香月の事、苦しめるつもりは無かったんだ…」
優しい優しい声。いつものレオンハルトではない……何かを諦めた声だった。
その声に、ディアーナをディアーナと呼ばないレオンハルトに、ディアーナの中で激しく警鐘が鳴り出す。
━━━止めなきゃいけない、今の私なら止められる!
今の私ってなに?もう失えない、失わせてもいけない。
ああ、この人…私を置いて砕け散るつもりなんだわ!━━━
思考をフル回転させる。
混乱している頭を無理矢理整理してゆく。
「やめて!お兄ちゃん……」
香月と呼ばれた自分を思い出したが、香月ではレオンハルトを救えない。
兄妹では愛し合えない。
もう一人、私が居た…。
とても美しいけど、口の悪い私。
白い世界のディアーナ。
あれこそが、本当の私自身だ。
頭の中のパズルがカチッと嵌まったような気がした。
「レオン……」
緩く抱き合ったレオンハルトの身体がピクッと跳ねる。
「ディア…?」
少し身体を離し、互いの顔を見詰める。
━━━翡翠の瞳…ずっと、ずっと待ってた…思い出したわ、私達の運命を━━━
レオンハルトは創造主によって生み出されてから、死ねない身体で世界の歪みを修正してゆく。
肉体が死なない彼は、人間とは違い治療を施す事が出来ない。
傷と痛みを身体に蓄積させながら、神と呼ばれた創造主に与えられた修復人という名の(この世界の不具合を直す医者)をやり続ける。
そして私は、彼を長持ちさせたい創造主の気まぐれから生み出された勇者の身体を癒せる唯一の聖女。
ただし、彼と同じ器を与えられなかった私は人間となった。
私が生み出されてすぐ、創造主である父の前で精神体で出会わされた私達は互いに惹かれあい、愛を誓った。
「ディアーナ、必ず君を見つける」
「私を見つけて愛を囁いて…そうすれば私、きっと今日、この時を思い出すから…」
身体と心が重なり合う刻、ディアーナは勇者レオンハルトと運命を共有し、聖女となりレオンハルトと同じ永遠を歩む者となる。
「だったら、なんで香月に愛してるって、自分はレオンだって言わなかったの?……思い出したかも知れないじゃない!」
「俺はレオンハルトだが、瀧川廉でもある……妹の瀧川香月を苦しめるような事を言える訳がない……兄に抱かれてくれなんて…。」
ああ、そうだ…レオンハルトという男は、私にだけ優しさを与える事を止められない。
自分が苦しんでも、世界中の人が悲しんでも、ディアーナにだけは…。
「今まで、男同士、女同士、年老いた育ての母と養子、その他にも…ディアーナが生まれた場所に俺は転移し続けた」
「レオン…」
涙が止まらない。
「どの姿でも、どんな時でも、ずっと…想っていた…」
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
レオンハルトは、どれだけ永い間、届かない、届けてはいけない想いを抱き続けたのだろう。
ディアーナの魂は、生まれ変わる度にレオンハルトとの邂逅を待つが、それが叶わないと今生の人生に早々に見切りをつけ、肉体を捨て無理矢理人生の幕を引かせる。
ディアーナの死をもって。
そしてレオンハルトはディアーナを追って砕け散る。




