48# ジャンセンはあの子を守りたい【スティーヴン目線】
ディアーナの部屋を出たジャンセンの後を追った私は、宿の廊下でジャンセンを呼び止めた。
「ジャンセン、さっきの回復薬とは何だ!?レオンハルト殿にしか効かない薬とやらを…何故、お前が持っている」
背を向けたまま立ち止まったジャンセンは、ゆっくり振り返った。
まるで、造り物のように表情を消したジャンセンの、黒い目だけが別の生き物のように蠢いて見える。
「それは…殿下が王様になったら分かる話なんで、今は知らなくていいです。」
無機質な声で答えるジャンセンは、ディアーナの部屋に皆と居た先ほどまでの彼と違い過ぎて、その生気の無い人形のような彼の姿に、私は思わずたじろぐ。
「私は、次代の王だ…王だけが知る事を許されている創造主の話に関する事なのだな?」
「知りたがりは身を滅ぼしますよ?でも、まぁ…レオンハルト様も信頼しているあなたになら話をしても良いかも…」
何だか意外な単語を聞いたような…信頼?あのレオンハルト殿が私を?
「不思議そうな顔をしてますね、信頼はしてますよ?憎んでもいましたけど。」
「はぁ!?憎む!?」
サラリと不穏な事を言うジャンセンに、素で声が出た。
「あなた、レオンハルト様が手にしたくて、それでも手が届かなかった女性を、王族という立場だけで手に入れようとしていたんですよ」
「ディアーナ嬢の事か?そ、そんなこと、私の意志とは関係ないじゃないか!第一、私達は、幼い頃に親によって決められた婚約者で…」
ふ、と考える。レオンハルト殿はいつからディアーナを手にしたいと思っていたのかと。
神に名を連ねると言っているのだから、人と同じ時を生きてはいないかも知れない。
「だから何です?彼女に興味無いなんて、言いませんよね?…いや、興味無かったけど、今は別……ですか?」
ビクッと心臓が跳ねる。
昔のディアーナには、確かに興味が無かった。
見た目だけは美しいが、それだけの事。
なのに、共に旅をしてから知る彼女の表情や会話、仕草、全て面白く、楽しい。
ずっと見ていたい。そばに居たい。
そして、あの…砦で見た、女神のような美しい彼女…
もう一度、婚約者になれたら…彼女を手に入れられたら…
「だから、そういう所なんですよ!!!」
ジャンセンが大声で言うと、私の襟首を掴んで高く持ち上げた。
足が宙に浮き、自身の重さで首が圧迫されてゆく。
パクパクと無意味な開閉を繰り返す唇から苦しげな呼吸音が漏れる。
意識が朦朧としかけている私に、人形のように無表情なジャンセンが容赦なく津波のように大きな殺気を放つ。
「あなた今、うまく彼女が手に入る方法ないかなぁって考えたでしょう?口に出さなければ許されるとでも?神でもねぇ、出来る事と出来ない事があって、あの子を守りたくても、貴方みたいに横から手を出すような奴、すべてには対処しきれないんですよ」
首が締め上げられ息が出来ない…ジャンセンの言っている意味が良く分からない。血の通いにくくなった頭で懸命に考える。
「あの子…?ディアーナ……」
「…違います……。私は、私をここに送った方の為に動いてます。たかが、人間でしかない、あなたごときが胸に抱いた感情…捨てきれないなら、私があなたを殺しますよ?あの方と、あの子のために。」
襟首を解放され、ドサリと床に落ちる。
去って行くジャンセンの姿を見送りながら、彼がレオンハルト殿と同じ人外の者だと理解する。
だが、人間臭さがあるレオンハルト殿と違い、人間を見下したジャンセンには恐怖しか感じられない。




