聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。21
「あ、ディングレイ侯爵夫妻に、跡継ぎが出来たようですよ。」
宿屋のベッドに腰掛けたジャンセンがサラリと言う。
「はやっ!!まだ、私達が実家出てから一時間経ってないじゃん!」
宿屋の一室で、ディアーナが思わず大きな声を出す。
「夫妻には6年経過してますがね。」
ジャンセンが笑って答える。
「最初の2年はろくに会話もしない状態でしたけど…あの夫婦には互いを知るいい機会だったのかも知れませんね。互いの本音をぶつけ合って、後は頑張ってくれましたし。」
「16歳年下の弟かー」
ディアーナは少し考える素振りを見せ、ベッドのジャンセンの隣に腰掛けてジャンセンに寄り掛かる。
「私には、レオンハルトが居て…師匠もいる…私にとってディングレイ侯爵家の家族はもう必要ないわ……と、言うよりは、あの家族に私の存在は必要無いと思う。」
ジャンセンはレオンハルトと目を合わせ、互いに頷く。
ディアーナを挟むようにジャンセンの反対側に腰掛けたレオンハルトが、ジャンセンに寄り掛かるディアーナの頭を自身の方に傾けさせ、ディアーナのつむじに口付け尋ねる。
「ディアはもう、ディングレイ侯爵令嬢はやらなくていいんだな?」
「聖女となったディアーナが深く関わった国王とスティーヴンから記憶を消す事は出来ないのですが、他の者からはディングレイ侯爵令嬢ディアーナの存在を無かった事にしましょう。」
ディアーナを自分の方に寄せた、レオンハルトの小さなジェラシーに笑ってジャンセンは答えた。
「うん、ありがとう!おとん!」
翌日
ラジェアベリア第二王子ピエール殿下と、ヒールナー伯爵家令嬢イライザの婚約御披露目の舞踏会が開かれ、ディアーナとレオンハルトは聖女の姿、御子の姿でそれに参加した。
確かに正装ではあるが、二人ビミョーに光を放っている上に人間離れし過ぎた神々しさがあり、主役の二人より目立つ。
普段のスティーヴンならば、「ちょっと…」と文句のひとつも言ったかも知れないが、今回に関しては衣装を変えて欲しいなんて言ったら「じゃあ、マッパで参加する」と答えそうなのでスルーした。
舞踏会の前に、国王とスティーヴンにはディアーナがもう、ディングレイ侯爵家の名を無くした事、二人から娘が居た記憶も消した事を告げた。
その場にはピエールにも居て貰って事の成り行きを説明したのだが、脳筋の彼には難しかったようだ。
ずっと笑っていた。
「では、舞踏会に参加した者達に、二人を神の御子とその妻の聖女だと言ってしまっても良いのか?」
ジャンセンからもお許しが出ているので、尋ねる国王に親指を立てる、中身は残念だが見目麗しく神々しい聖女。
「OKっす!」
会が始まり、ピエールとイライザが挨拶をし会場を回って行く。
二人がディアーナの前に立ち、イライザがカーテシーをする。
「神の御子様、月の聖女様、この度はわたくし達の会にご参加頂き……」
顔を上げたイライザとディアーナの目が合う。
「誠に光栄………お姉さ…ま…?」
ディアーナがディングレイ侯爵家の者だった事実を無かった事にした為に、イライザにはディアーナと従姉妹だった記憶が無い…ハズ。
「イライザ、婚約おめでとう!」
神の力を以てしても、人の記憶や思考は全て思い通りに動かせるとは限らないのだったわねと、ディアーナは苦笑する。
記憶に無くても、私をお姉さまと呼んだイライザは、本当に私を好いていてくれたのだろう。
イライザを抱き締める。そして耳元で囁いた。
「ちゃんと、ピーちゃんに可愛がって貰って…たくさんいぢめて貰うのよ?…お兄様とも仲良くね…。」
「!!!はぅん…はい…」
腰の砕けたイライザを抱きかかえるようにして、ピーちゃんは笑いながらディアーナ達から離れて行った。
何で笑ってんだ…。
「イライザの伯父にあたる、ディングレイ侯爵夫妻も参加しているようだが挨拶しなくて良いのか?」
レオンハルトに尋ねられ、ディアーナは頷く。
「さっき、姿を見たわ。年をとってから出来た第一子に嬉しそうだった。生まれるのは跡取りの男の子だし、私みたいな扱いは受けないでしょう?夫婦も仲良かったし…幸せになってくれればそれでいいわよ。」
あの父が妻を連れてパーティーに参加し、仲の良くなかった叔父のヒールナー伯爵や、他の貴族と楽しげに談笑する姿など初めて見たディアーナは、もう自分の知っているディングレイ侯爵は居ないのだと微笑む。
「姫さん」
黒い装束姿ではなく、ラジェアベリア国の紋章が胸に入った正式な騎士の衣装を身に着けたジャンセンが声を掛けてきた。
何で、まだ城で仕事してんすか、師匠。創造神よ。
「サイモンがモテモテでな、側に居ると俺にまで女が寄って来る。めんどくさい。」
「あら、良かったわね…そういえばサイモンて、あまり良い身の上ではなかったと記憶しているのだけど…ヒールナー伯爵家の跡取りにはなれるのですの?師匠の乙女ゲームのメモでは後の伯爵になってませんでした?」
「サイモンはヒールナー伯爵の嫡男ですよ。私が彼らにサイモンを預けたのですから。ただ、力の配分間違えて…幼い頃のサイモンは、ミニレオンハルトだったので…回りには危なっかしく見えたらしく…しばらく実家から離されていたのですよね…。」
ミニレオンハルト?
「幼い頃から大人の持つ剣を振り回してましたし…魔法は使えましたし…よく、プチプチ言ってましたし…成長と共にレオンハルトのパーセンテージ下げて行きました。」
「「……………」」
そのまま成長していたら、本当にレオンハルトが二人になっていたかも知れないのか…何か色々危なかった…のか?
「私のちょっとした、可愛い失敗のせいで、ディアーナには迷惑を掛けてしまいましたが…これでもうサイモンも、自身で人としての人生を歩んでいけます。僅かにあった、レオンハルトとしての記憶も消えつつありますし…。」
可愛い失敗?可愛くはねえよ!!とディアーナとレオンハルトは叫びたかったが、我慢した。
「ねえ、レオンハルト……私……あの……」
ディアーナはレオンハルトのマントの端を掴み、熱のこもった瞳で見詰める。
「……ディアーナ……我慢出来ないのかい?…」
「ええ…もう…私…」
レオンハルトはディアーナの頬に手の平を当て、腰を抱き寄せると身体を密着させる。
「こんな所で、そんなおねだりをするなんで…可愛いディアーナ…。」
神の御子と聖女が抱き合うように互いを見詰める姿は、どんな宗教画や彫刻よりも美しく、神々しく、舞踏会に参加した者達の視線が集中する。
「さあ、言ってごらん…俺のディアーナ…。何を求める?」
唇が重なる程に顔を近付け問うレオンハルトに、回りの者達も唾を飲み、美しい月の聖女のおねだりを待つ。
「わたくし…私、ぜんぜん暴れ足りなくて!!!もっと暴れたいのよね!!」
「だよな!俺も!」
二人は歯を見せてニカッと笑い、レオンハルトはディアーナを横抱きし、ホールのシャンデリアが輝く一番高い場所まで浮かび上がる。
「陛下!殿下!ごめんなさいね!私達、また旅を続けるわ!このまま魔獣でも探してぶん殴って来ます!」
「俺も暴れ足りなくて身体がなまっちまいそう!だから、行くわ!」
宙に浮いたまま二人は旅人の装束に変わり、ディアーナはレオンハルトに横抱きされたまま両手でたくさん投げキッスを飛ばす。
「みんなが幸せになりますよぉに!」
やれやれと苦笑する国王と、その隣で無表情になっているスティーヴンとウィリア夫妻。
「はぁ~…ディアーナ嬢、神の世界に華麗が用意してある。腹が減ったら温めて食べてくれ。」
スティーヴンがディアーナに声を掛けると、隣のウィリアも声を掛けた。
「わたくし達も、すぐ追い付きますわ!しばらくは、お二人で旅を楽しんでいて下さいませ!」
「ありがとう!殿下!ウィリア!じゃ、また後で!」
レオンハルトとディアーナが光の粒子を散らしながら姿を消すと、辺りがざわめき立つ。
「本当に神の御子?」「本物の聖女?」「神の御子と対等に話す殿下は…」
その場に残った創造神本人は、騎士の姿のまま唇の前に指を一本立てる。
「もう、この先殿下を軽んじる者は出ないでしょう。…ウィリア、あなたの両親も安らかに眠ってくれると思いますよ。」
「…何か結局、いつも貴方達の手の平の上で転がされてるんですよね、国もひっくるめて私達は……ジャンセン、この野郎…。」
スティーヴンはジャンセンに向かい聞こえる声でぼやき、ジャンセンは笑って拳を握ってスティーヴンを殴る仕草をする。
「違いますよ、私もひっくるめて、遊ばれているんですよ。馬鹿息子と馬鹿娘の馬鹿夫婦に。」
「ディアーナ嬢に頼まれ作ってみたのですが…………ジャンセン、華麗食べます?」
「………この世界初のカレー誕生ですね。」
後に、この世界でのカレーの生みの親となるラジェアベリア国の王太子、スティーヴン。
この日の婚約御披露目パーティーはカレーの匂いに包まれていたと、後の歴史に語られる。




