聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。22
夜の帳が降り、大きな月の輝く星空の下。
楽しげに魔獣を狩りながら森の中を縦横無尽に駆け回るディアーナと夫のレオンハルト。
「レーオーン!」
駆け回る途中でディアーナはタックルする勢いでレオンハルトの首に腕を回して抱き着く。
「わ!急に…!!」
急に飛び付かれディアーナを抱き止めたまま草むらに倒れたレオンハルトは、空高く輝く白い月を見上げる。
「どうしたディアーナ、俺の愛しい月の聖女はとてもご機嫌だな」
レオンハルトの肩口に頭を預けるようにしてレオンハルトの隣に身を寄せたディアーナは、同じように月を仰ぐ。
「なあんか、スッキリしちゃって!ずっと、引っ掛かってたの!」
仲が良くなかったとは言え、自分を育ててくれた両親が幸せとは言い難い環境にあった事、跡継ぎの居ないディングレイ侯爵家の今後や、叔父のヒールナー伯爵との不仲など。
もう、聖女になった自分には関係無いと切り捨てたつもりでいても、ディアーナの胸の奥底に残っていたわだかまり。
「スッキリしちゃって……」
ポロポロとディアーナが涙を流す。
「……ディアーナ、頑張ったな……」
レオンハルトは月を見上げ寝転んだまま、優しく笑って胸の上に顔を乗せるディアーナを撫でる。
「寂しくないの!ただ、ただ…!良かったなぁって思っただけなの!」
「分かってるよ。」
レオンハルトは何度もディアーナを撫でた。優しく優しく。
少し寂しいけど辛く悲しい別れではない。
決別と言うよりは、巣立ちに近いのだと
ディアーナもレオンハルトも理解している。
「家族なんだから、もっと甘えてくれていいよ。俺にも…………少しだけなら親父にも…」
「これ以上甘えたらドロドロに溶ける…」
「トロけたら?俺は嬉しい。」
月の淡い光に包まれて、微笑む二人が口付けを交わした。
婚約御披露目パーティーから一年。
ディングレイ侯爵家には嫡男が生まれていた。
ディヴッドと名付けられたディングレイ侯爵家の跡取りは両親に溺愛され、邸の使用人達からも愛されており幸せそうだ。
ラジェアベリア第二王子のピエールとイライザは、来年正式な夫婦となるとの事。
イライザはピエールにたくさん愛されて、たくさんいぢめてもらい、サイモンにツラい態度を取る暇が無くなった。
サイモンは王城に勤めている中で、女性にはモテてはいるが今はまだ仕事に邁進したいと誰も相手にしていない。
サイモンに師匠と呼ばれるジャンセンが、恋をしたら?と勧めても「彼女を越える女性が現れたら」と笑って答えるらしい。
ディアーナが従姉妹であった記憶は消えつつあっても、恋い焦がれた初恋の相手は忘れられないようだ。
「ディアーナを越える…居るんですかね、あの馬鹿を越える女性。」
ジャンセンがそう答えたら、サイモンは笑ったらしい。
「いますよ、きっと。」
彼は彼で、ちゃんと前を向いて歩いて行けるだろう。
捕らえられたグイザール公爵は、爵位を剥奪された上で毒酒を渡され、賜死となった。
グイザール公爵とその庶子によって身内を殺されたり財を奪われた者達は、卿の公開処刑と斬首を要望したがスティーヴン王太子が反対した。
賜死とし、自らの手で毒杯で命を絶つ事によって、卿の犯罪を知らなかった家族や、幼い庶子などを全て無罪とした。
卿と共に二人の貴族籍の者と、一人の庶子が同じように賜死となった。
リジィンを含む捕縛された庶子らは、貴族らと共に牢にいれられた後、厳しい地域へと移送された。
10年、労働者として従事した後は解放されるとの事。
貴族籍は剥奪されているので、解放された所で厳しい事に変わりはない。
恨みを抱いて、スティーヴンに報復を考える者も居るかも知れない。
「「「「そんな奴がいたらプチ決定」」」」
スティーヴン夫妻と、国王、ジャンセンが声を合わせる。
報復を考える者が現れた所で、ナニも起こらなそうだ。
「………とまあ、こんな感じにまとまったワケだな。」
「ほう…こんな感じスか。」
ジャンセンからの報告を受けながら、ほうと頷くディアーナは森の中、川の近くで昼食中で、カレーが入った皿を持っている。
「みんなが、それなりに幸せそうならいいわよ。カレーも美味しいし。お米どうしようかと思っていたけど、殿下の機転に万歳だわ!」
創造神界でカレーを完成させたスティーヴンは、何にも無いけど望めば現れる世界で、ディアーナ嬢の…いや、ディアーナ嬢の前世、カヅキと呼ばれた少女の居た世界でのカレーに欠かせない物を幾つも所望し、ライスを導き出した。
最後に
「私に作らせなくても、この世界で華麗が食べたいと望めば良かったのでは?」
と、スティーヴンに言われたが、無理を承知で作らせてみたかったのだ。
スティーヴンオリジナルカレーを!
次はスティーヴン軒ラーメンを頼もうと思っている。
「親父、それより気になる事があるんだが…」
カレー皿を持ち、スプーンでジャンセンを指すレオンハルトが尋ねる。
「あの、乙女ゲームってスティーヴン、サイモンの他にも攻略対象居たよな?もう、断罪シーンから2年は経ってるワケだし大丈夫とは思っているが…また、ややこしい縁「えにし」を作ってないだろうな。」
「………………ええ、大丈夫よ…多分…。」
ジャンセンはミァに変わり、汗をだらだら垂らしている。
「師匠……ミァちゃん?えー加減にしときなさいよ?鼻の穴にカレー突っ込むわよ?」
ミァはスカートを翻し、フワリと浮かぶと「えへ」と笑う。
「何かヘンな事に、なっちゃったらゴメンね!!」
舌を出し、ウインクをしたミァは、そのまま姿を消した。
「「バカーーーっ!!!」」
カレーを持ったまま、ジャンセンの消えた空間に向かって叫ぶ二人。
「まぁ…誰が、どんな風に現れた所で渡すつもりはない…ディアーナ…。」
レオンハルトが皿を地面に置き、ディアーナを背後から包むように抱き締める。
「……レオンハルトが私を渡さない…と言うよりは、私がレオンハルトを取られないようにしないと…かもね。基本、主人公はオフィーリアで、攻略対象はオフィーリアと結ばれるんだし。…ね?癒しの聖女オフィーリアさん。」
ディアーナはニヤリと笑ってレオンハルトを見る。
攻略対象の男性達と、レオンハルトを巡って恋敵となるディアーナ。
それはそれで、楽しそうだと。
「勘弁してくれ……。」
レオンハルトは頭を抱える。
ディアーナは笑う。
「私のレオンハルトですもの、誰にも絶対に渡さないから大丈夫よ!!!」
深く愛し合う二人の間には誰も入れない。
物理的に割り込んでくるジャンセン以外は……。
━━━終━━━




