聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─は乙女ゲーム。18
「兄上を…!義姉上を殺した賊を俺は許さん!見つけ次第、俺の剣の錆にしてやる!!」
ピエールは涙に濡れた顔を怒りに歪ませ、腰に携えた剣に手を掛ける。
「え?剣のサバ?」
「父上!ふざけてる場合じゃありません!!」
涙目のまま吹き出しそうな口元を隠して、嘆くふりをしている国王は、息子を騙している後ろめたさを感じるものの、創造神が関わっているのだから仕方がないという諦めにも似た開き直りによって、ピエールには暫く悲しみ苦しんでいて貰おうと決めた。
「…いずれ、ピエールにだけは創造神の存在を知らせたいが…許してはくれぬだろうか…。もう、あんたら出回り過ぎて隠すのしんどいわ。」
この世界の、国々の頂点に立つ者だけが知る創造神と、その御子の存在。そして、御子が妻に迎えた少女の存在。
国王が本音をぼやき始めた。
王太子夫妻が暗殺された事は、すぐに万民が知るところとなり、第二王子の婚約御披露目を前に国内は大変な騒ぎとなった。
グイザール卿と呼ばれる、グイザール公爵が自身の息の掛かった貴族達を連れて城を訪れるのは思いの外早く、スティーヴンの死去した翌日、まだ王太子殺害の犯人も見つかっていない状態であるにも関わらず、国王に進言した。
「陛下!殿下の死を悲しむお気持ちは分かりますが、悲しみに暮れている暇はございません!我が国の未来の為です!こうなった以上は、次期国王はピエール殿下だと公言して戴きたい!」
「卿!な、何を言う!!まだ兄上を殺した賊を見つけてもいないのに!!ふざけてるのか!」
ピエールはグイザール公爵の時と場所をわきまえない発言に顔を赤くして怒り、怒声を発する。
「ピエール殿下、気が動転しておるのは分かります!殿下は我々がお支え致します!分からない事があれば何なりと!」
国王は冷めた目でグイザール公爵とピエール王子のやり取りを見ていたが、ふ、と気付いたように貴族達の一番後ろに居る赤茶の髪をした見慣れない青年を指差した。
「そなたは…?素性の分からぬ者を勝手に城に入れたのか?」
「陛下、この者はディングレイ侯爵の嫡男、あのディアーナとかいう、殿下に国外退去を命じられた娘の実の兄に御座います。…正式なディングレイ侯爵家の当主に御座います。」
次期当主では無く、当主と言い切ったグイザール公爵に気味の悪さを感じると共に、スティーヴンが死ぬ事の必要性を理解した国王は小さく「なるほど」と呟いた。
「ディアーナとかいう娘…か。息子のスティーヴンに国外退去を命じられた…か。卿の中では、そんな立場の娘なのだな…。」
「はぁい、そうなんですよ。俺の妹は。ムカつくでしょ?プチっとしたくなりますよねぇ?」
プチしたい相手が誰とは言わないが、自身の前髪をクリクリいじくるアホっぽい赤茶の髪をした青年の言動に、国王は口元を隠して笑いそうになるのを押さえる。
「み、御子…ッぷ…!いや、いや、その者がディングレイ侯爵だったとして、ディアーナ嬢はどうする気だ?今、この国に帰っているそうだが…。」
国外退去を命じられた者が、国に帰って来ている。
その事を卿はどう、捉えているのか?
犯罪者のような扱いではないと、気付いていない程にスティーヴンの死が嬉しいのか。
笑いが怒りに変わり、嘲る嗤いに変わる。
神の一族を敵に回した男の末路を思い。
「妹には、邸に帰って貰いますぅ。今後、王族の方々にご迷惑をお掛けしないよう、俺が邸に閉じ込めてぇ…教育してやりますよ。俺に逆らえないように。いい女ですからね、気が強そうで俺の好みだし。」
「リジィ……、ディングレイ侯爵、何を言っておるのだ!このような場で!」
リジィンはニタリとイヤらしい笑みを浮かべ、グイザール公爵の顔を見る。
「だって、父さん当主になったら家も娘も好きにしていいって言ったじゃないか。バカ娘が王太子の怒りを買うような侯爵家なんか、国王もろくに構いやしないから、バカ娘の両親を消して俺が当主に成り代わっても気にされないんじゃない?とか。」
「そ!そこまでは言っておらん!第一、このような場で父さんなどと呼ぶな!!」
「そこまでは言ってないなら、どこまで言って、どの場でならリジィンが卿を父さんと呼ぶのを許しているのですか?」
銀色の剣がグイザール公爵の首筋に当てられる。
「お答え戴きたいですね、グイザール公爵。私の大切なディ………従姉妹を軽んじ、側妾のように扱おうとした事…俺は許さない。」
黒い影の装束に身を包んだサイモンは剣を構えたまま、憎しみを込めた瞳でグイザール公爵とリジィンを見ている。
「義兄上!?義兄上じゃないですか!」
気が早いピエールがサイモンを義兄上と呼ぶ。
少し、その場の緊張感が薄れてしまった。
近衛兵がグイザール公爵の連れて来た貴族達を取り囲み、捕らえていく。
「スティーヴン王太子殿下暗殺を企み、ディングレイ侯爵家の乗っ取りをも計画していた事!もう全て把握している!この罪は重いぞ!それに……!お前のクソ息子がディアーナにしようとした事を…!俺は許さん!」
怒りと憎しみから歯ぎしりをし、グイザール公爵を睨むサイモンに、卿は「息子?え?」と背後にいるリジィンを振り返る。
背後に居たのはリジィンでは無く、金髪の見知らぬ青年。
そして、国王の背後から不意に現れたグラスを持つ藍色の髪の少女に目を向ける。
「はじめまして、グイザール公爵。リジィンお兄様を連れて来ましたわよ。ほら、お父様と御対面~!」
グラスを逆さにすると中から一匹のアリが落ち、少女はそのアリをダンっと思い切り踏み潰した。
アリはそのまま、ボロボロになったリジィンに変わり、ディアーナに背中を踏まれた状態になっている。
「リジィン!!」「父さぁあん!!いたぁい!助けてくれよぅ!」
ディアーナの足の下で、情けなく泣きじゃくる大の男の余りに悲惨な状態に、サイモンの顔から険が取れた。
「…徹底的…だな…。」
これ以上何かをするのは、あまりにも気の毒ではとサイモンがポツリと言う。
「か弱い少女を毒牙に掛けようとしたのですもの、こんなもの甘い位ですわよ!ほんとにマジで使い物にならない位に蹴り上げて…!」
「……どこを……」
ディアーナに突っ込むと共に、黒いローブを纏ったジャンセンが国王の背後から現れる。
「黒いローブ!貴様!よくも兄上を…!!」
ピエールが剣を振りかぶり、現れたジャンセンに斬りかかる。
キン、と金属の交わる高い音が響く。
「……やめとけ、敵わないから。目を付けられたらオモチャにされるぞ。」
ジャンセンとピエールの間に急に現れたスティーヴンが、剣の先を銀のスプーンで受け止めた。
「あ、兄上!?…無事で!…すごく、いい匂いしてますが…。」
「神の世界で華麗を作っている最中だった…いや、それは置いといて……ああ、やはり貴方でしたか……グイザール卿…。」
白いエプロンを着け、手にはスプーンを持っているが紛れもなくスティーヴン王太子。
グイザール公爵、他貴族達と、国王、近衛兵達の目が信じられないモノを見る目でスティーヴンを注視する。
生きていてビックリより、スパイシーな香りに包まれた上に、その姿、ナニ?で。
「あ、義姉上は!!兄上、ウィリア義姉上は…!」
姿の見えないウィリアを心配してピエールが辺りをキョロキョロとウィリアの姿を探し始めた。
「大丈夫だ!遅れて来るだけだ!い、今…その…エプロンのみ…なので……」
「裸エプロンなの!?あのデカイのが!?やるわね!殿下!見たいじゃないの!」
レオンハルトがディアーナの背後に回り、そっとディアーナの口を塞いでスススーと後ろに下がっていく。
「ここからは、ラジェアベリアの国の問題だからな…侯爵家の話になるまで、お口にチャックな…。」
ディアーナの踏みつけから解放されたリジィンは、よつん這いのままグイザール公爵の足元に縋り付く。
「証人も揃っている事だし、話を進めていこうか、グイザール公爵。」
スティーヴンはエプロンを外し、強い眼差しを卿を含む貴族達に向けた。




