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04. 捕らわれの私と、聖女の話

 契約は、3ヵ月。

 解呪が叶わなくても、それ以上の継続はなし。

 それが、私と神殿との間で結ばれた契約。




「契約期間は神殿敷地内にご滞在くださいね~」

 という、ユージェニア高位巫女様のお言葉通り、神殿内に監禁――― もとい、部屋を賜って、早1週間。

 ここでの生活は、思っていたほど悪くない。

 本は山ほどあるし、部屋は明るく清潔。うん、研究所の自室より遥かに快適だ。特に部屋が。

 何より、食事が美味い。

 正直、ここが一番心配だったのでほっとしている。

 何故、私が憂慮していたのかというと、それはこの神殿の最高位に在する〈聖女〉の存在にあった。



 この世界には、神がいる。

 それは、純然たる事実。何故ならば、その声を聞き、その奇跡を人々にもたらす存在がいるのだから。


 ――― それこそが、聖女と呼ばれる人。


 聖女は人より生まれるが、ただの人ではない。

 彼の人は、生命を体現する者。

 聖女を身籠った女性には刻印が現れ、確認され次第、母体は神殿へと誘われる。その後、母たる女性は神殿の聖域にあるという〈命の泉〉の聖水だけしか口にすることを許されず、生まれた聖女も誕生直後から生涯に渡り、聖水で命の糧を得て生きるという。

 生命を象徴するという観点から、王侯貴族や神官との婚姻、および出産は認められる。

 実際、王族には聖女の血を受け継いだ者が多いと聞くし、今代の王が女王でなければ輿入れが望まれただろうとのことだ。

 他の生命を屠った食物は一切食さず、他の生命を絶つことを禁じられ、ただひたすら清らかに、神に近く――― つまり聖女とは、この世で最も穢れなき存在。

 だから当然、彼女に仕える神殿の人間たちも粗食を心掛け、精進潔斎に努めていると思っていたのだが……。



 私は今、目の前の光景に呆れ返っている。


「あら? お姉さま、召し上がりませんの?」

 直前まで高速で動かしていた手を止め、ユージェニアが不思議そうな表情で首を傾げた。

「いや、食べるけどさ」

 すっかり敬語が抜けきった会話は、この1週間でお馴染みだが。

 だが。

「あんた、食べ過ぎじゃないの?」

「んー、そうですか? いつもこのくらいですけど」

「いつもって…… 異常だろう、これ」

 今、私たちが使っている食堂テラスのテーブルは、4人掛け用。その上一杯に並べられた大量の料理の向こうで、きょとんとしている美少女。

 草みたいな食事ばかりだったらどうしよう、と心配していたが、杞憂で終わったのは良かった。

 食堂には日替わりから選択メニューまで、結構豊富にある。どれを選ぼうか、毎日悩むくらいだ。

 だからって、全種類頼む阿呆はこの女だけに違いない。

 ユージェニアは美しく、この上なく清らかに微笑んだ。

「ご飯が美味し過ぎるのが悪いんです。最近、すっごくお腹すいちゃうんですよねー」

 うふふ、じゃないって。うふふ、じゃ。

「それ、全部食べる気か」

「もちろんですわ。他の生命を供し、己の命を支える糧として頂いているのですもの。残すなんてこと、できませんわ」

 淑やかに胸に手を当て、いかにも神殿の人間らしい答えを返したユージェニア。その姿はいっそ神々しいほどだ。

 次の瞬間、マナーもへったくれもない仕草で食事をかき込み始めなければ、だが。

 姿勢は良い。しかし、食器の使い方が全くなってない。文字通り、ガツガツと効果音が付きそうな食べっぷりだ。

 今もフォークでパスタを食べているのだが、握り方がおかしなせいで上手くパスタを巻き取れず、結局皿の端に掻き寄せて口に運んでいる…… 壮絶的に酷い。なまじ美少女なだけ、余計に。下町育ちの小さな子供でも、もう少しマシではなかろうか。

 一体、親に何を教わって来たのやら。

「ほら、口元拭きなよ。ソースだらけじゃないか」

「ありがとうございますわ。手持ちがなくて」

 ハンカチを差し出すと、お礼とともに顔を突きだされた。目を閉じたまま、じっと何かを待っている。

 私はたっぷりと溜息をついたあと、やや乱暴に彼女の口元を拭ってやった。

 呆れた顔をしている私を余所に、もう一度ありがとうと返したユージェニアは、本当に可愛らしく微笑う。

 無表情鉄壁女と呼ばれる私には一生出来ない表情だ。少し眩しく思った。

「よっぽど周りに愛されてきたんだろうね、あんた」

「否定はしませんわ」

「そこはちょっとさ…… まあ、いいけど」

「お姉さまも、遠慮なく愛してくださっていいんですよ?」

「それは拒否しとく」

 調子に乗るな、巨乳美少女め。

 むぅ、と花色の唇を尖らせて怒っても可愛いだけで怖くない。ふんっ。



 滞在時の世話係とは名ばかりなゴキゲン美少女と別れ、仕事部屋として与えられている一室へと戻る。

 飴色の鍵を取り出し、鍵穴に入れた。古びた鍵は開けにくいが、コツを掴んだ今では造作もない。

 ドアを開けた先は、すっかり目に馴染んだ部屋。

 広くも狭くもない空間は執務室に相応しい仕様で、持ち主だった(、、、)者の意向か、非常に簡素な家具で纏められている。

小さな寝台と壁一面の本棚、そして中央には大きな書斎机。それだけだ。

 机上には、図書館地下室で保管されているあの箱から模写した紋章式の写しと、その分析解を書き殴った紙が、先ほど見たままに散らばっている。

 そのうち何枚かの資料を取り上げ、しばし見直したのち、私は壁際の本棚へと足を向けた。

 別に、参考資料を得ようとしてそうしたわけじゃない。

 本棚に移り込む、自分の陰。きっちりと並べられた本の列を、指先でなぞる。

 こんなに沢山の書籍が目一杯並べられているにも関わらず、それらはきちんと分類分けされ、作者や基礎言語順に整えられていた。

 その様子が、研究所にある自分の本棚とどこか似通っていることに気付き、少し気分を害する。

 もっとも、私の部屋はこんなに綺麗じゃないけどね。

「…… あんた、何を鍵にしたのよ」

 返事をもたらすはずのない、もう帰って来ないこの部屋の主に向けた問いを、私は唇に乗せた。


 ここは、聖女直属の近衛騎士団上役の為に、特別に用意されている部屋。

 死んだ、異母弟の部屋だ。




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