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幻記 ―越中秘儀始末―  作者: 炎 立見
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 翌朝、結局美祢を抱いてしまった勘次郎は、早くから起きだして小猿を一匹提げて帰って来た。


 猿も立派なももんじである。


 勘次郎が戻って来た物音に目覚めた美祢は、起き抜けに渡された小猿の皮を剥ぎ、血抜きのために頭を落として逆さにぶら下げた。


「この辺にゃ野蒜くらいしかないからあまり上手な臭み消しは出来ないけど、お汁の具にはなんとかなりそうだね。」


 本来なら一刻以上逆さにしたまま血抜きをするところだが、二人共ももんじは食べ慣れていたので、生姜と葱の代わり野蒜を入れて朝から猿鍋を掻き込んだ。


 いつもよりかなり豪華な朝餉を食し終えると、二人は地蔵堂の背中合わせになっている善根宿をきれいに片づけ、次の者のために割り貯めた薪を土間の片隅に積み上げ、長柄杓を天井に戻し、残った味噌や米を床下に下ろした後、箒で埃を掃き出して戸を閉めた。


「猿は体が温まるって言うけどさ、これから歩くのに何だってこんなももんじを食べさせたのさ。」


「お前ぇの体を元に戻すにゃ、これが一番なんだよ。」


 街道を歩きながら、勘次郎は美祢を振り返りもせずにそう呟いた。


「そんなに気を使わなくたって、あたしゃ大丈夫だよ・・・。」


 気遣われたことが少しばかり気恥ずかしくなって、美祢も小声で呟いた。


「おいら、女の身体の事ぁさっぱり分からねぇ。だからよ・・・。」


 労り合いか腹の探り合いかは判然としないまま、二人は先を急ぐ風もなく歩き続けた。


 熊谷宿から次の鴻巣の宿までは長丁場で、その間四里六町余りの距離がある。


 二人は至極のんびりと景色を眺め、一里塚では休憩を取りながら三刻ほどの時間をかけて歩き切った。


 朝方六つの頃合いに善根宿を出て、鴻巣の宿場町に着いたのは丁度昼の時分時だった。


 街道を行き来する旅人を一目で眺められる茶店の床几に腰かけた二人は、うどんを食べつつのんびりと熊谷の方を見ていた。


「来た。」


 美祢が小さく呟くと、勘次郎が驚いた顔になって言った。


「お前ぇ、おいらなんぞよりゃよっぽど感が良いのかもな。」


「そりゃどうか知らないけどさ、、お前さんが落としたはずのおっかないのが、こっちに近づいて来るよ。」


「ありゃ、簡単に落とせるようなモノじゃねぇやな。一時だけ離しただけさ。」


「じゃぁさ、元通りあの手代の背中に乗っかってるのかい。」


「そういうこった。」


「可哀想だねぇ、あの手代。まだ若いのにさ。」


「仏心を出すのもいいがよ、生半可な気持ちであれを落とそうなんて考えてると、こっちに乗り換えられちまうぜ、まったくよ。」


「そんなにしぶといのかい、あいつは・・・。」


「しぶといなんてもんじゃねぇ。ありゃ、自分の代わりを探してるのさ。」


「自分の代わり・・・。」


「あぁ。」


「意味が分からないよ。」


「聞きてぇか。」


「なんだよ、何かあるのかい、ヤバそうなことがさ。」


「大有り名古屋のこんこんちきだと来たもんだ。」


「あたいに分かるように教えとくれな。」


「あれはな、自分が成仏したいが為に身代わりになる魂を探してるのさ。」


「えっ・・・。」


「関わり合いになっちゃいけねぇって言った訳がわかったか。」


「じゃぁさ、もしあの手代が憑り殺されたって、また次の身代わりが要るってことかい。」


「そういうこった。」


「じゃぁさ、いつまで経っても終わりがないんじゃ・・・。」


「よくそこに気が付いたな。」


「あぁ、やだやだ。そんなのと関わりになりたかないね。」


「こきゃぁがれ。駄目だってのをお前ぇがなんとかしろって言ったんだろうが。」


「だってさ、あん時ゃ知らなかったんだよ、あたいは何も。」


「知らないからって、ああいう妖は待っちゃくれねぇやな。」


「どうしよう、どうしたらいい。」


「ほらほら、もうそこまで来てるぜ、あの手代さんがよ。」


 きゃっ、と叫んで昼日中、衆人が見る中で美祢は青くなって震えながら勘次郎に縋り付いた。


 茶店の看板娘か、まだ未通女おぼこの風情の娘がそれを見て、顔を赤く染めて俯いてしまった。


「仲がいいのは結構だがさ、ここは天下の往来だよ。ちっとは遠慮ってもんが・・・。」


文句の一つも言ってやろうと奥から出てきた婆さんが、美祢に近づいたところへ熊谷の方から徒ならぬ気配が漂ってきたのに気付いたのか、言葉を飲み込んだままこれもその場で動けなくなってしまった。


「こいつはマズいな。」


「何がだよ、お前さん。」


「深谷の旅籠で、半端な坊主に経でも読ませたんだろうが、それで却って怒り狂ってやがるぜ。」


「まさか・・・。」


「おぅ、そのまさかよ。おいらとお前ぇの気を感じ取ってこっちに来やがったぜ。」

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