第九話 化け物なう
プロローグ最終話です。
拙い文章ですが、よろしくお願いします。
(い、何時の間に回り込まれていたんだ?)
目の前が真っ暗になるほどの絶望が俺を襲う。
いや、落ち着け。まだだ。まだ終わったわけではない。
どうすればいい。どうすればこの状況を切り抜けることができる?
熱と寒さ、そして全身を蝕む痺れに苛まれながら、俺は鈍い頭にムチ打って相手を観察する。
目の前に立っている化け物は、先ほどまで追いかけてきた化け物と少し違う。
醜悪な顔であることに違いはないが、追いかけてきた化け物よりも幾分人間に近い。
身長は先ほどの化け物が120センチほどであったが、この化け物の身長は150センチほど。
ほかの化け物は汚れた布を体に巻きつけていただけだったが、こいつは黒いローブに身に付けている。
そのシルエットを見る限り、体格もよさそうだ。
何よりも、身にまとっている雰囲気が違いすぎる。目の前にただ立っているだけなのに、今すぐにでも回れ右して全力で逃げ出したいほどに。
痺れて動かない身体にムチ打って立ち上がろうとするが、すぐに両腕に力が抜けてしまい、前のめりに倒れてしまう。顔面を擦ってしまったが、不思議と痛みはない。ああ、もう痛みを感じられないほどに体が麻痺しているのか。
(だからと言って、諦めるわけにはいかない)
再び立ち上がろうとしたその時、俺の目の前に立つ二つの陰に気付いた。
ぐるるるる……!
ふぅーっ、しゃーっ!
子犬さんと子猫さんだ。毛を逆立てて化け物を威嚇している。俺を守るように化け物の前に立ちふさがっている。
子狐の姿が見えなかったが、子狐は倒れている俺の顔に近寄ると、必死に顔を舐め始めた。
(そんなことをしている場合じゃないだろ)
「何をやっている。逃げろ」
毛玉たちの行動は泣きそうになる位うれしかった。しかし、その行動は間違っている。
動けない俺のことなど見捨てて逃げるべきなのだ。たかだか数時間しかかかわってこなかった関係だ。毛玉たちの命を懸けるほどのものじゃない。
必死に俺の顔を舐める子狐。幼いながらも凛々しく相手を威嚇する子猫さんと子犬さん。
駄目だ。話を聞いてない。
俺は二匹の前に立ちふさがり、その隙に毛玉たちを逃がそうと、両腕に力を込めて這おうとした時、子犬さんと子猫さんがヤツに向け飛び掛かった。
しまった。俺の動きが場を動かしてしまった。悔やんでいる暇はない。すぐに立ち上がって助けにいきたいが、体は言うことを聞いてくれない。
化け物に飛び掛かった子犬さんと子猫さんの動きは、やはり俊敏だった。ものすごい速度で接近すると一気に喉元と足首に向けて噛みつこうとする。が、襲いかかった場所にヤツはいなかった。
目の前にヤツは居た。
(いつの間に動いた!?)
全く見えなかった。二匹が襲いかかったときには数メートル離れていたはずだ。なのに瞬き一つの間だけで、俺の目に前に立っている。目の前で起きている現実に、俺の頭が理解できない。
ヤツは俺を見下ろしている。俺はその視線に負けないように殺気の篭った目で睨み返す。
『毛玉たちに手を出したら、殺す』
呆然としていた子狐さんが、慌てて威嚇しようと身構えたその時、ヤツのローブに隠れていた獲物を一閃させた。
刀だ。先ほど襲いかかってきた化け物の持っていた武器と比べること自体が馬鹿に思えるぐらい上等な刀だ。その刀を一閃させた。
(あ、死んだ)
顔に熱い液体がかかるのを感じた。
と同時に、俺の体の周りに何かがが落ちてきたのかが、音で分かった。
俺は落ちてきた物体を見て俺は目を見張った。蛇だ。俺の太ももぐらいの太さを持つ蛇が輪切りにされていた。
「ぐぎぎぎっ」
何だ。何が起こったんだ?
理解できない。ヤツが刀を一閃させたら蛇が輪切りにされていた。この蛇はどこから現れた? ヤツは俺に襲いかかった蛇を輪切りにした? つまり、俺を助けた? それとも、自分に襲いかかった蛇を殺しただけ?
わう! わう!
にゃー! にゃー!
「ぐぎぎ。ぎゃらぎゃぐぁー」
わう?
「ぎゃあ。ぎぎぐぎぎぎぐぅぐぁ」
みううぅ
「ごぁ」
呆然としていた俺は、いつの間にか、ヤツが俺のすぐ脇にしゃがみ込んでいたことに気付く。
慌てて離れようとするが、動けない。いや、動かない。気が付けば、指一本動かせないほどに体が蝕まれていた。
睨み付けることも、毛玉たちに逃げるように言うこともできずに、ただヤツと視線を合わせることしかできなかった。
その時になって、俺はようやく気が付いた。
ヤツの表情は醜く、凶悪そのものだったが、その目には、理性の光があった。俺に対する悪意や殺意の色はない。
すでに動けないために、毛玉たちの様子をうかがうことはできないし、化け物に話しかけることもできない。もっとも、話しかけたところで言葉が通じることはないだろうが。
目で語るしかない。
『よう、化け物』
『食うだけなら、俺だけで充分だろ』
『煮るなり焼くなり犯すなり、好きにしろ』
『抵抗はしない』
『だから、こいつらのことは見逃してくれ』
『頼む』
ああ、視界がかすんできた。ヤツの姿がぼやけてしか見えない。
意識が奈落の底に吸い込まれようとしている。それを自覚しながらも、目で訴えるしかない。
『頼む』
「ごぁ」
ぼやけた視界の中で、ヤツが頷いたような気がした。
ごめんな、毛玉たち。助けることができなかったよ。
ヤツが理性を持っている存在だと思うのは俺の思い込みでしかない。
期待や不安、罪悪感や後悔で目が曇っていたかもしれない。
でも、今の俺にはそれを信じることしかできなかった。
例え、ヤツが見逃しても、ほかの化け物どもがすぐに来るだろう。ほかの奴らが毛玉たちを見逃すなど考えられない。
祈るしかない。
化け物どもが、俺を貪り食うことを。
貪り食うことによってできた隙に、毛玉たちが逃げてくれることを。
信じてもいない神に祈りながら、俺は意識を手放した。
今まで読んでくださり、ありがとうございます。
これにてプロローグ終了です。
拙い文章でしたが、いかがだったでしょうか。
次の章では、新たなもふもふ達や作者待望の主人公以外の人間(?)が出てきます。
楽しみにしていてください。
ご感想をお待ちしています。