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(2)井伊谷

  5月19日。朝から騒々しい。飯を食っていると、馬場が来て、既に先手衆は出発したと言う。

 朝日が差す頃に、外に出て馬に乗った。今日の一番の心配は乗馬が上手く出来るかどうかだったが。案に相違して何の不都合もなかった。この勝頼の体が馬の扱いに慣れていたので、問題は自分の気持ちだけで、それも、次第に慣れてきた。

 乗本と言う所までゆっくりと馬を進めていく。対岸の山の上に 君ヶ伏床砦があり、未だ旗指物が立っている。その下の台地には中山砦、鳶ヶ巣砦等から撤退した守備隊が集まりつつあるようだ。一方、川のこちら側は人馬が充満してとんでもない渋滞状態になっている。ツゲ川に入るには先ず宇連川を渡らなければならない。渡河地点の近くの高台から見ると、川に橋が二本掛かっている。一本は従来からの物で、もう一本は夜中の内に新たに掛けた物だ。流石、武田の黒鍬衆は大した物だ。


 漸く、旗本の順番となり、馬に乗って橋の傍まで下り、下馬して橋を歩いて渡った。馬は下人が二人掛かりで川の中を引いていく。

 対岸に着くと又乗馬する。しかしツゲ川沿いの道も狭い。一時間余り川沿いの狭い道を進むと、漸く開けた場所に出た。下吉田と言う所らしい。右手前方の山の上から煙が立ち上っている。「あれは?」と指さすと、「山縣が敵の城に火を放ったようです。」と馬場が説明してくれた。何でも、前回、山縣が通った時も同様に城攻めして焼き払ったそうだ。何だか敵の城主が可哀想になった。

 ここで、後備衆の到着を待つことになった。半時程たってから、後備の河窪叔父と三枝兄弟が本陣に来た。長篠城の様子を聞くと、「城兵は兵糧も尽きて、とても追撃する力はありません。織田、徳川勢は依然として設楽原にとどまっています。」とのことだ。どうやら逃げ切る事が出来そうだ。


 下吉田を出て峠を三つか四つ越えて、仏坂と言う所に出た。三方ヶ原の合戦に際して、山縣は此処で伊平城から出撃した井伊谷衆と合戦して勝利したそうだ。そこからは、何事もなく、明るいうちに井伊谷城についた。途中の住人は山に上がったり、谷奥に潜んだりしていたようで、ほぼ無人であった。井伊谷城の麓にある居館も無人で、ここが今日の宿舎になった。未だ木の香も新しい館である。先年、山縣が焼き払ったそうだから、新たに作り直したのだろう。

 誰も居ないと待っていたら、龍譚寺の和尚が来訪した。目的は「放火、乱暴狼藉を禁ずる」禁制の制札だった。丁度退屈していたので、部屋に呼んで少し雑談をした。それと無く、井伊家の事を聞いてみたら、何も知らないと、とぼけている。それでも、面白い話を色々聞けたので、奮発して「禁制の制札」を十枚ほどタダで渡すと、とても喜んで帰っていった。しかし、後で跡部にタダとはもっての外だと、小言を言われた。


 今日は兎に角、平穏無事で良かった。信長を出し抜いて逃げ切る事が出来た様だ。

 


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