メインクエスト1
幼い頃、ふと見上げた夏の空を思い出す。あの分厚い入道雲の中には、巨大な城が浮かんでいるんじゃないかと思ったことがある。
掃除に使っている箒に跨れば、教室の窓から飛び立てる気がした。
帰り道に見つけた夕暮れ時の路地裏の先は、別の世界に繋がっているんじゃないかと思ったし、眠りにつけばいつだって誰も見たことのない世界に旅立てた。
けれど、夢はいつか覚める。夏の青空を見上げることも、箒に跨ろうとすることも、夕暮れ時の路地裏が気になることも、壮大な冒険を繰り広げた夢を見ることもなくなる。
それでも、ふとした瞬間に思い出す。いつか見た、ここではないどこか遠い世界を。夢の続きを見たいと、そう願う。
◇◇◇
「残念ながら、あなたはお亡くなりになりました」
赤に青、黄色と桃色、きれいな花が咲き誇る庭園で、青年は灰色の死亡宣告を受けた。
「お……おおお」
うなだれ、低く唸る様は、悲しみに明け暮れているからだ――。
青年にご臨終を告げた女性は、少なくともそう思ったし、彼女でなくともそう判断しただろう。だが、実際は違った。
「おおおおお、うおおおおお――っしゃああああああああああああ!!」
青年は俯けていた顔を勢いよく上げ、やったりましたぜ! と両腕を高々と突き上げたのだ。
「え?」
それを見た女性は当然目を丸くする。死んだっつってんのに、なんでこいつ喜んでんだよ、と。
しかし死を告げられ、気が動転しているのだろうと思い、女性は構わず話を続けることにした。
「ここは死した魂が集う楽園。あなたは生前の功績により、この楽園に招かれました。あなたが望むのであれば、永遠の安息地として、ここで魂を休めることができます。しかしもし、まだ生への未練があるというのであれば――」
女性はそこで言葉を切り、穏やかな笑みを浮かべる。
「別の世界で第二の生を送ることも、赦されています。あなたには、そのどちらかを選ぶ権利があります」
その言葉を受け、青年は深く頷いた。
「転生、というやつですね」
そして満面の笑みを浮かべた。
「はい。その通りで――」
「それができるあなたは、神様かなにかですか?」
「え、あ、はい」
「ちなみに別の世界というのは、いったいどのような世界で?」
「剣と魔法の世か――」
「!! や、やっぱり、俺の仮説は正しかった!」
何やら一人で興奮している青年を、なんだこいつ気持ち悪いなと思いながら、女性……女神は話を続ける。
「あなたは生前、仮想世界の発明という、人類の文明を一歩推し進める素晴らしい発明をしました。しかし残念ながら、わずか25歳という若さでトラックに撥ねられ死亡。天界はその功績と不憫さを考慮し、あなたに転生というもう一つの道を提示することにしたのです」
仮想世界。
S〇Oやベーカー〇の亡霊に出てきたような完全なバーチャルワールド。それを作り上げたのが、今ここにいる青年だった。
仮想世界の開発には、語り切れないほどの苦難があった。資金不足、技術的課題、産業スパイ……すべてを途中で投げ出したくなるほどの苦難だったが、青年はそれらを乗り越えた。それだけの信念と理由があったからだ。
彼は剣と魔法のファンタジー世界に憧れていた。剣戟が交わされ、魔法が飛び交う、夢の世界に。そんな子供じみた、けれど愛してやまない理想を実現させるために、彼は仮想世界を実現させたのだ。
だが、それはどこまで行っても造り物。紛い物の世界だ。現実ではない。青年はどうしてもファンタジー世界に行きたかった。電子の海に造られた偽物の世界ではなく、確かにそこにある現実のファンタジー世界に。
だから彼はファンタジー世界に……異世界に行く方法を研究し始めた。当然、多くの人間が、お前は気が狂っていると言われた。だが青年はそれらを屁とも思わず、研究を続けた。
そして青年の狂気と天才性に満ちた頭脳は一つの結論を導き出したのだ。
人類の技術レベルを塗り替えるような発明をし、その功績を手にした上で、あの日、あの時間帯にトラックに轢かれれば、こうして神のもとに案内され、そこで異世界行きの切符を手に入れることができる、と。
常人からすれば何をどう考えればそんな結論に辿り着くのかはさっぱり理解できないが、しかし実際に彼は神の御許へ行き、こうして異世界に行ける権利を手にした。
頭のおかしい青年は歓喜に叫んだ。
「計算通りだ!」
「……計算、通り?」
青年は満面の笑みだった。だが、それとは反対に顔を顰めたのが、彼の目の前にいる女神だ。それに気づかず、青年はヒートアップする。
「あの時トラックに突っ込んだのは正解だった! いや、通り魔に刺されるという方法もあったにはあったが、そうそう出くわすものでもないし、通り魔に刺されて異世界転生する確率が50%なのに対してトラックにひかれると90%だという計算結果を導き出した俺のIQ三万の頭脳はやはり間違っていなかったのだ! 俺は、ファンタジー世界に、行ける!!」
熱に浮かされたどんどんテンションが上がっていく青年に対し、女神の目つきは、どんどん目が冷めていく。
「トラックに、突っ込んだ……?」
しかし青年は、やはりそれに気づかずに自分の世界に入り込んでいく。
「いや、待てよ? この流れはもしかして転生特典とやらもあるのか。だったら俺はイケメンにしてほしい。誰もが羨み百人中百人が見惚れるイケメンに――女神様! もし転生特典があるのであれば、俺をイケメンにしてください!」
「……それはつまり、転生の道を選ぶ、ということでよろしいでしょうか?」
「はい! なのでイケメンを!」
「……いえ、あの、あなたが言うように転生の特典があるとして、たとえば……すごい魔法を使えるようにしてほしいとか……そういうのでなくていいんですか? そういうファンタジーっぽいのが好きなのでしょう? それこそが、あなたが望んでいたことなのでは?」
「それはナンセンスというものです。自分が願い、自分が欲した物は自身の力で手に入れてなんぼでしょう」
「そ、それは立派な考え方ですが……」
だがしかし、顔は……顔だけは。
「顔だけはどうしようもないので、イケメンにしてください。神の後光さえ霞む圧倒的イケメンに!」
生前は容姿に恵まれず、異世界への行き方なんてものを研究していたようなとち狂った青年だ。当然気味悪がられて女の子にモテたことなど一度もなかった。
だから彼は一つの決心をしていた。
もしファンタジー世界に行けたのなら――そこで可愛い彼女をつくって童貞を捨てよう、と。
彼にとってファンタジー世界は夢の世界なのだ。剣と魔法と童貞卒業という夢が詰まった世界なのだ。
「だから神よ、どうか俺にイケメンを」
「……これまでの言動を鑑みて、あなたには遠慮する必要がないと判断したので、率直にお答えしますね。無理です」
「……え」
「無理ですね」
「な、なぜですか神よ!」
「神の力を持ってしてもあなたをイケメンにすることはできません。あなたのその顔は、もはや呪いです」
「神よ、それはいじめと言うのです!」
「そもそも第二の生か楽園か、それを選べるのがあなたへの特典のはず。そこにさらにおまけを、というのは都合がよすぎる話です。いえ、私も初めは、若くして亡くなってしまったあなたを不憫に思い、おまけくらいは許してあげようと思っていましたが……あなたは、こう言いましたか?」
――自分からトラックに突っ込んだ、と。
あ、やべ、と青年が思った瞬間には、女神の雷が落ちた。
「自殺は神の掟に反する行い! ましてや何の罪もないトラックの運転手に自分をひかせるなど言語道断! トラックの運転手は一切の罪に問われないよう干渉しておきます。あなたは――生前の輝かしい功績に報いて、第二の生を望むであれば貴族の家系に転生させようと思っていましたが、やめです。あなたは孤児として第二の生をスタートし、清貧の中で己を見直しなさい! 顔? ええ、もちろんブサイクなままですとも!」
「そ、そんな! 神よ!」
縋ろうとする青年に、しかし女神はそっぽを向き、そのまま歩き去ってしまう。
そして青年の視界は真っ白に染まり、次の瞬間――。
「おぎゃあ」
と、新たな世界で、彼は産声を上げたのだった。
顔面も醜ければ心も醜い、そんな彼の名は、シンクゥ。
のちに世界に変革をなす、ブサメンである。
◇◇◇
ガン!
薄暗い工房に鈍い音が響く。
ガン!
打撃音が鳴る度に、暗闇に火花が飛び散り、それがわずかに彼の顔を照らし出した。
鎧戸が閉めきられ、ランプの灯りのみが頼りの空間で、一人の少年が一心不乱にハンマーを振るっていた。
見た目は十代前半。大ぶりなハンマーを握る手は褐色で、それが振り下ろされるたびに揺れる髪は、金塊のような黄金色。ハンマーを振り下ろす先を見つめる瞳は、血のような赤色と、まるで漫画のキャラクターのような容姿だ。
だがその顔面は――圧倒的ブサイクだった。
彼がこの世に生を受けた時、天が泣き(大雨)、大地が悲鳴を上げた(大地震)ほどのブサイク。世界に拒絶されしブサイク。神さえも匙を投げるほどの――ブサイク。
その顔面の持ち主こそが、この世界に転生してきた青年であり、現世においてはシンクゥと名付けられた少年だった。神に孤児院送りにされた馬鹿野郎でもある。
彼は右手に持ったハンマーを作業台の上の剣に打ち付けていた。しかしその剣は、只の剣ではない。柄はまるで金属質の懐中電灯のようで、一般的な剣の柄とは異なって見える。
だが、何より驚きなのは、そこから伸びる刀身が、金属の刀身ではないことだ。そこに伸びていたのは、なんと一メートルほどの眩い閃光を放つ雷の刀身だったのだ。
枝分れする幾筋もの雷条を束ねるように、雷光稲光る刀身に向かって、ひたすらハンマーを打ち付けていた。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
鈍い打撃音の中に、コンコンと扉をノックする音が混じった。
「……入れ」
そう答える彼の態度は、年に見合わない横柄なものだった。扉を開け、姿を見せたノックの主は、その態度に苛立ったらしく、少し顔が引きつっていた。
「シスターリリー、か。ふん、こんな穴倉に何の用だ?」
シスターリリー。シンクゥが所属する孤児院のアイドル的シスター。綺麗な金髪をウィンプルで覆った十代後半の可愛らしい少女であった。
シンクゥはそんな彼女にちらりと、一瞬視線を向け、すぐに作業台の剣に戻す。
まるでお前には興味がない、とでも言いたげなク〇ウドのごときスカした態度と、年上に対する口の利き方とは思えない尊大な物言い、ついでに名前を読んだ後に一拍置いてから加えられた「か」の言い方にシスターリリーは内心でイラっとしてしまった。そこで区切る必要ねぇだろ、と。
「……マザーからの伝言です。北側の廊下の窓が割れてしまっているので、直しておいてください、とのことです。工房での作業も結構ですが、そろそろ男爵様がお見えになる時間ですので、その前に直しておいてください。みっともないところを見られるわけにはいきませんので」
しかしシスターリリーは、口角をひきつらせるだけで、声を荒げたりはしなかった。
シンクゥの年の頃を考えれば、人前で恰好つけたくなるのは仕方ないことなのだ、と男の子心に理解のあるシスターリリーは思ったのだ。
彼女とて孤児院で働く身。今まで色々な子供を見てきた。彼ら彼女ら、特にシンクゥほどの年頃の少年には、そういった傾向がよく見られた。思春期、というやつだ。
……まぁ、そうは思っていても、傍から見ればイラつきもするし、なぜだか見ている側が恥ずかしくなってくる態度ではあったが。
あるいはシンクゥの顔が整っていれば、多少映える態度とセリフだったのかもしれない。しかしブサメンに許されたものではなかった。さながら不細工なク〇ウドが「興味ないね」とか「フッ」とかやってる感じ。きっと後で思い出すと後悔する、いわゆる黒歴史というやつだ。
そんなブサメンの黒歴史直行の物言いを真正面から受け止めたシスターリリーの二の腕には、ブツブツと鳥肌が立ってしまった。ほんの一言で人に嫌悪感を覚えさせる男、それがシンクゥという男だ。
さりとてその相手をするシスターリリーは、敬虔な神の信徒として、この孤児院兼教会で働く者の責務として、このうざったらしい孤児の世話をしなくてはならない。だからこうして多少嫌でも話かけるのだ。
「確かにお願いしましたよ」
「チッ、面倒な……まぁいいだろう」
シンクゥは苛立たし気に頷いた。しかしこれはポーズだ。むしろ女の子に頼られて嬉しいい、くらいには思っている。なぜなら彼は童貞だから。女の子に頼られると嬉しくなっちゃう。
そしてシスターリリーはそれを見破っている。ブサメンの声のトーンが少し上がったのだから、見破るのは簡単だ。
そういうところが傍から見ていて恥ずかしいのだ、というシスターリリーの内心は、しかしシンクゥに届くことは、ない。
とは言え、たとえシンクゥに指示を出したのがむさくるしい男であっても、シンクゥはその指示に従っただろう。
何せ彼女の言う「男爵様」とは、この辺り一帯を治める男爵位にある貴族であると同時に、この孤児院の子供たちが飢えないように資金を提供してくれている出資者でもあるからだ。
何より、孤児という身分でありながらシンクゥが、この「工房」を持つことができたのは、その男爵のおかげなのだから。
「……それと、男爵様のためにバザールでお茶菓子でも買ってきてください」
「やれやれ、相変わらず人使いの荒い。この俺に馬車馬の如く働けと言えるのは、世界広しと言えど、マザーくらいなものだろう」
「……」
あまりにも気取った言い方に、シスターリリーは思わずげんなりしてしまった。だってそうだろう、と彼女は思う。彼女はシスターといえど、恋に恋するお年頃。隠れて恋愛小説なんか読んじゃったりもするわけだ。
その恋愛小説の中には、確かにブサメンのような物言いをするキャラクターがいた。けれどもその人物はイケメンで、貴族で、何より創作物の中の存在だ。現実の、孤児の、ブサメンがこんな言い方をしていれば、誰だってドン引きする。
しかしそんな彼女に構わず、ブサメンことシンクゥはハンマーを机の上に置くと、お金の入った革袋を手に取り、工房内をわずかに照らしていたランプの火を指ですり潰すように消した。
シスターリリーは思った。息を吹きかけて消せよ、と。わざわざそんなかっこつけた消し方する必要ないだろ、そんなんだから孤児院のほぼ全員から嫌われてるんだよ、と。
しかし、心の中で悪態を吐くだけで、シスターリリーは……あるいは、たとえこの場に他のシスターや孤児がいたとしても、その誰もが、シンクゥに強くあたることはできなかっただろう。
なぜならば、彼は孤児であり弱者の立場でありながら、他人とは一線を画す能力を持った存在――魔法使いなのだから。
◇◇◇
只人種、と、かつてそう呼ばれた種族が、この世界には存在した。
彼らの他に、天体種、妖精種、森人種、人魚種、鉄火人種、獣人種、その他多くの人類種がいたが、それらの種族は只人種にはない特別な異能をもっていた。
それがスキルと呼ばれる力だ。スキルは、自ら鍛え上げた力が、あるいは生まれついての才能が、超常の力となって発現したものだ。
剣の腕を磨き続けた剣豪に発現したのは、この世のすべてを斬るスキル。炎の精霊に愛された子供に与えられたのは、念じるだけで炎を発生させる発火能力。スキルの種類や質に差異はあれど、多くの種族がスキルを保有し、操ることができた。
只人種を除いて。
只人種は――歴史上誰一人として、スキルを保有することができなかった。読んで字のごとく、只の、なんの力も持たない人間だった。その代わりに他種族と比べても数は最も多く、知性に優れていた。だからと言ってスキルを持つ他種族への羨望が消えるわけではない。只人種はスキルを持った他種族に憧れ、嫉妬したし、逆にその他の種族は、只人種を無能と嘲笑った。
だがある時、彼らに転換点が訪れる。歴史の転換点と言ってもいい、大きな出来事だ。只人種はその知性を活用して、スキルを研究し、それを模倣することで超常の現象を起こす学問を編み出したのだ。
それが、それこそが――魔法だ。
体系化された学問である魔法は、習得条件・発現条件が曖昧なスキルよりもはるかに習得しやすかった。だからこそ、多くの只人種が、魔法の力を手にすることができた。
魔法という力を手に入れた只人種は、他種族の嘲笑を退け、外敵を恐れなくなり、あらゆる環境に適応し、人類の中で最も勢力を拡大させた。それ故に、彼らはもはや只人種ではなくなり、自らを、魔法を使う人類――魔人種、と、そう呼ぶようになった。
Tips 魔法
神秘を暴いた神秘。只の人間を魔人と名乗らせるに値する絶大な力。それこそが、魔法である。魔人種の優位を確保するため、魔法は魔人種のみが学ぶことを許され、他の種族には一切学ばせないという決まりがある。故に他種族には一人も魔法使いは存在しない。
毎日17:00くらいに投稿できるように頑張ります。




